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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第7章 天国への階段
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第16話  廃墟の管理人

 扉を開けて入った部屋には何もなかった、そう信じたい。

信じなければあたしの毎日が落ち着かない、ディオ兄が平気で暮らしているのに、何だって余計なことをきかせるのか。


怖がりに聞かせるなよ!そういう話!! ―泣


 部屋の中は空気が濁るように重かった、このところ雨が多くて風が通らなかったためだろう。かびの青臭いような匂いがしていた。

アゼルさんが今回来たのは再利用するために、放置されていた館の傷み具合を見るためでもあった。


 何も目ぼしいものは無い、破った窓から侵入したのだろう、既に荒らされていて家具も壊されていた。

だが、窓のガラスが割れているのに、床にはガラスの欠片が意外に少ないのが不思議だった、きっと暴徒がこちら側から破ったのだろう。


壁にこの国の宗教のドットリーナ教の絵がA4くらいの額縁に入っている。

教会で見た座像とはちょっと雰囲気の違う絵だった。何というのか、牙のあるエルフみたいだった神様が別人見たいに違って見えた。


 極めて普通の人間に見える顔立ち、銀の髪と金色の目の若く美しい男性だ。

頭の後ろからさす光輪が放射状に広がり、大きな羽が背に描かれていた。

白い花を抱いて微笑んでいる。こちらを見つめている顔に既視感がある、会ったことがある気がする。

見つめているうちに何だかゾワゾワとした気分になり、そっと視線を外した。


何処もかしこも汚されている部屋でこの絵だけが綺麗なままで飾られている。暴徒や盗人もさすがに神様には手を出さなかったのだろうか。


他の部屋も見たが中の家具や装飾品は無残だったが、建物自体の損害は少なかったようだ。ただ長い間手入れされなかったので、屋根や壁、床は手を入れなければならないだろうとアルゼさんが話していた。



「侯爵様に報告後、この屋敷は大幅に改修することになると思うよ。

どちらにしても、君を追い出すようなことは無いと約束するからね」





 アルゼさんとジョナスさんの晩御飯は、バターと小麦粉でシチューにした。具にはジャガイモと玉ねぎに人参、キノコ、塊のベーコンを入れた。


炙ったパンとチーズ、デザートは庭の柿ですと説明して切った柿を出した。

二人とも美味いなあと声を出して平らげたご飯の後に出された渋柿に困惑した。


「え!あの庭の木の?これ物凄く渋い果物だよ!食べられないよ!」

「この果物は工夫すると食べられるようになるんですよ。まあ、ちょっと食べて見て下さい」


アルゼさんは恐る恐る口にすると噛み締めた途端に大きく目を見開いた。


「え?これ僕がたべた時とは全然違う!甘い」

「おお!本当だ!お前がカメリア様に騙されて食べた時とは大違いだな!」


ジョナスさんも渋柿の甘さにびっくりしている。

ところでカメリア様に騙されたってどういう状況で何があったのかな?


「名付けて酔っぱらい柿です。うんと強いお酒を横に置いて、アルコールの香りにあてると渋みが消えるんですよ。お風呂柿というやり方もあります、入るには少し冷めたお風呂に浮かべると甘くなりますが、そっちは失敗しやすいです」


「そんなことで食べられるようになるのか…今まで誰もそんなこと分からなかったのに…凄いね、君。僕は鳥が食べるだけしか役に立たない木だと思っていたよ」

「うんうん、美味いな本当に」


以前、この柿の木は渋い実しか付けないから、切ってしまえという話があったが、紅葉と実が美しいということで、そのまま切られずに済んだのだそうだ。


 切られずにすんで良かった、柿はとにかく役に立つ木なのである。

それもむしろ渋柿のほうが役に立つ!


青柿で染料と防水剤になる柿渋が作れるし、熟した実なら、お酢の柿酢ができる。そして、干し柿と柿の葉茶、もちろん、ちょっと手をかせば美味しい甘い柿に変身するのだ。


アルゼさんはなるほどねと喜んで甘い柿を食べていた。


 護衛のジョナスさんは食べ終わると警護のため見回りを始めて、そのままアルゼさんが翌日に帰るまで姿を見せなかった。




 翌日の朝ごはんは庭でベーコンエッグと酢漬け野菜、キノコと干し野菜の炒め物を美味しそうに食べて平らげると、アルゼさんとお茶を飲んだ。


「これは何の野草茶なの?昨日と違うけどこれも美味しいね」

「今日はビワの葉茶です」


「昨夜、僕に用意してくれた棒とロープで組んだベッドも凄かったね。

あんなもので、ベッドを作れるなんて。凄い工夫だよ。」


 アルゼさんに提供したのは、英字のAの横棒がない状態にロープで組んだ棒を2組用意して、上に横棒を渡した構造のベッドだ。

横たわる部分は、2本の棒の間にロープをグルグルと巻き付ける。

できたベッド部分を上から挟んで出来上がり。椅子の代わりにもなるので便利。


ベッド部分の棒がA型の外になるようにいれるので、身体の重みで下にずれることは無い。

セリオンさんが来た時に手伝って貰って組んでおいたので、2人分ある。

アルゼさんは凄い、凄いと面白がって泊まってくれた。


 まあ本当はベッドと言わず、キャンプに使うコットというのだけどね。


床に毛布を敷いているだけだと、とても湿気と底冷えで眠れないけど、これなら体が床に熱を奪われないので良く眠れる。それに虫が顔を這って来ない!



「君は庭で煮炊きしてたけど、中ではしないの?」

「火事になったら大変なので。雨の日は残り物を食べています」

「そうか、それなら台所と仮でも君の住んでいる部屋の手入れを先にしてもらうようにお願いしておくよ」


 良かった、これから本格的な冬になる前に家の心配をせずに済むのは有難い。ああ、そうだとアルゼさんは付け加えた。


「借家代として管理人をやれというのは、おかしいからね。

これからはちゃんとした代金を払うから、だけど、まだ侯爵様の決定が出てないから、これは僕から今月分は払っておくよ」


ディオ兄の手に握らされたのは銀貨だった。


 この世界では鉄、銅、銀、金の種類で貨幣がある。

1スーが粒鉄、10スーが鉄貨、穴の開いた貨幣はみな5がつく。

穴鉄貨は50スー、次が小銅貨の100スー、穴銅貨は500、大銅貨は1000、

穴銀貨が5000スー、銀貨が1万で、金貨は10万スーになる。


 ようするに、ディオ兄は住んでいるだけで1万スーを貰ったのだった!

月5万スー稼げれば最下層家庭なら、月極めの安部屋を借りても何とか一家4人が餓死せずに食べて行けるくらいの稼ぎだ。

頂いた銀貨1万スーは、子供が、ただ、そこに住んでいるだけで良いというには破格の金額だった。


あわあわと焦るディオ兄に、アルゼさんはみやげに甘くなった柿をくれと言い、8個の柿を手土産にさっさと帰り支度をしている。


「アルゼさんこれは、ちょっと多すぎて申し訳ないのですが…」

「君も今日は出勤だろう?市場に遅れるなよ」


 はっとしたディオ兄を置いて、アルゼさんはいつの間にか手を振って、ジョナスさんが手配した迎えの馬車にさっさと乗り込んで去って行った。


 

その日の市場の昼下がり、ディオ兄は携帯用の簡易竈(かまど)を使ってお昼ご飯を作っていた。フルタイムで働くようになって、昼もいて欲しいというふたりの要望で、昼食をここで作れば別料金を払うと頼まれて、ディオ兄は張り切ったのだ。


 今日のメニューは、ジャガイモと干し野菜のソーセージポトフを煮込む、煮込んでいる最中にソーセージから美味しい出汁が出るし、干し野菜にした人参、大根、玉葱、キノコなどから旨味が溶け込む。


干し野菜はディオ兄が家から持ってきたもの、沢山の野菜を貰うので少しでも日持ちさせようと工夫してできたものだ。

今日はそれの試食を兼ねてポトフを作ってみたのだった。


皆の感想が良ければ、ダミアンさんは干し野菜を販売するつもりだ。

一口味見したダミアンさんが感心して言った。


「本当だ、生より野菜の甘みがましている。これ、俺も作ってみるよ」

「本当だ、旨いな。塩味のシンプルなスープなのに」


ダミアンさんとポルトさんが口々に言い、あたしの授乳を終えたサシャさんに食べるように勧めた。木箱のテーブルに椅子を出して、さあ、さあと、ポトフとパンを出した。


「美味しい!3人の(まかない)なのに、あたしまで御馳走になって、申し訳ないわ」


 サシャさんはこの市場では古株のポルトさんの口利きで、違う店の手伝いをするようになった。おかげでミルクを飲む時間が合わせやすくなり、あたしのお腹は充実したのである。


「サシャさんはディオの妹の世話で厄介になっているんだから、これからは一緒に食べて行ってくれよ」

「そうそう、アンジェちゃんが早く大きくなるために、食べてってくれ」


有難う、ダミアンさんもポルトさんも親切だね。

サシャさんは御馳走さまと礼を言って帰りにまた授乳に来るねと別れた。


「2人はゆっくり食べていてください、俺がその間、接客しますから」


「俺はもう食べ終わった。ディオ食え、ポトフよそっておくぞ」


 ダミアンさんが食器を片付けていると、怪しいひとが店の前に来て立っていた。ごつい体の固太りの髭面で背が高くなければドアーフみたいなおじさんだ。

すかさずディオ兄が接客しようとした。


「いらっしゃいませ。野菜の御入用ですか?肉ですか?」

「食わせろ…」

「はい?」


「その干し野菜のポトフとやら、俺にも食わせろ!」

「はあ?あんた何いってんだ?子供に絡むんじゃねえよ。今、俺らが食っているのは俺たちの(まかない)だぞ」


目を丸くしているディオ兄の後ろで、ポルトさんがガツガツと食べながら声を上げた。

髭面の変な客はギョロっとその姿を睨みつけると言い返した。


「だから、その賄を俺にも食わせろと言っている!まだそこに有るのだろう?金は払ってやる!食わせろ!!!」


なんだか分からないが、とにかく、上から目線の聞き分けのない客だった。

ダミアンさんが顔をしかめ、呆れはててしまった。


「分からない人だな、あんたは!俺たちのためにこの子が作ってくれたんだ。あんたに食わせるポトフはねえ!」


「だから、その小僧が作ったポトフが食いたいのだ!食わせろ!!」


「うるせえな、諦めろや!」

「むう、ここまで言っても駄目なのか…」

「当たり前だ、さあさあ、帰った、帰った」


 その時、ちょっとダミアンさんに隙が生まれた。

そのタイミングを変な客が見逃さなかった。

いきなり、横から入って来て、テーブルから離れていたディオ兄のポトフの入ったどんぶりを持って逃げ出した。


「あ!こいつ、待て!!!」

「こらー!!」


 直ぐに追いかけようとしていたダミアンさん達に、どこからか湧いてきた客がわらわらと立ち塞がって来た。

うわー!逃げられちゃうよ!ディオ兄のお昼がーー!!


「すいません、ヒレ肉有ります?ブロックで欲しいんだけど」

「あ、俺は玉葱10個と茄子を一山ね。後は…そうそうブロッコリーおくれ」

「あう、いらっしゃませ、あ!こら(まかない)泥棒!!」


たちまち変な客の姿が、買い物客に紛れて見えなくなってしまった。

お客さんの買い物が終わると、ダミアンさんが悔しそうに振り返ってディオ兄に告げた。


「やれやれ、しょうがねえ。ディオ、金やるから、お前の昼飯は屋台でなんか食ってこい」

笑って大丈夫ですよと言うディオ兄にダミアンさんが、500スーを握らせた。


「今日の賄は材料まで出してもらったからな、さあ、飯に行ってこい」

頭を撫でられてディオ兄は足取りも軽く屋台に向かった。


 ホラー出てくると思った方すいません、今回は複線ですので勘弁してください。

え?期待してなかった? -泣ー


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