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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
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第157話 遍歴職人さんがやってきた

 パパはフォルトナに、どうしても行かなければならない用事ができたと、執事のランベルさんと出掛けて行った。

昨日、ダリアさんとスレイさんが、すぐ帰ると、お使いに行ったまま戻っていない。


カメリアママからの伝令があったので、出かけたのはその事かも。

町で何かトラブルに巻き込まれたのか心配だけど、パパが行ってくれたのだから安心だと信じる。


 町で唯一の鍛冶屋さんに、少し前から遍歴(へんれき)職人さんという人が来ている。

パパが「バッソもようやく遍歴職人が来るようになったか」と、感慨深げに言っていたので、サリーナ先生に「遍歴職人制度」の特別授業をしてもらった。


 手工業の職人さん達は、親方のもとで修業して一人前になると、何年かを町から町へと移動の旅に出るので遍歴(へんれき)職人と呼ばれている。

彼ら職人は修業期間を終えたあと、親方に一定額の謝礼を払って、組合に加入する儀式を終えれば遍歴の旅に出るのだ。


職人たちは、自治権のある独特の職業組合を作り、国境をも越える相互扶助の組織網を持っている。

旅先で同じ派閥の組合宿では、仕事が見つかるまで無料で食事と宿、次の町への旅の路銀も提供してくれる。


遍歴を終えると、親方製作という課題を提出し熟練技巧が認められれば、組合から晴れて親方の称号を得られるのだ。

それに、旅先で運が良ければ、跡継ぎの無い親方の娘婿に迎えられる


旅によって、違う町からの技術移転が得られるという利点があるのだが、たいていは、店を持てない職人が流転するだけとなる。


しかし、組合に所属していれば、葬式に至るまで家族のように世話を得られるので、毎年会費を納めるとはいえ、身寄りない遍歴職人には有難い仲間だ。


 そんなさすらいの職人さん達も、バッソだけは寄らなかった。

それまで、該当する組合がない、町が小さくて面白くない、稼げないとか色々あって来てもらえなかったのだ。


 教会学校の時間が終わり、シェルビーちゃんと鍛冶屋に弟子入りした彼女の友達の様子を、差し入れを持って見物に行くことにした。


サリーナ先生から、遍歴職人さんについて、レポート提出の宿題を出されたディオ兄とフェーデ君が一緒に来ている。


「あたい…じゃなくて…ゼッタとは取っ組み合いの喧嘩もしたけど、今は友達なんだ…じゃなくて、なんです」


 シェルビーちゃんがたどたどしくも丁寧に話している。

ダリアさんの指導で、話し方も気を付けるようにしているのだろう。


『シェルビーも大変じゃのう。護衛など強ければ良いのではないのか?』

わんこ神は不思議そうだ。そういう分けにもいかないのよ、シェルビーちゃん頑張れ。


「ゼッタは裏口側にいると思うよ…じゃなくて、思いますよ。まだ弟子じゃないから」

「シェルビーちゃん、話が途切れちゃうでちゅ。今はお友達でちゅから」

「そうだよ、屋敷で奉公しているときは叱られるけど」


シェルビーちゃんは、照れくさそうに後ろ頭をぽりぽりと掻いた。


 みんなで鍛冶屋の裏側にいくと、ゼッタ君が割った薪を工房の壁ぞいに積んでいた。鉄の生産には大量の薪が必要になるからだろう。

*カンカンカン*

工房の奥から、金属を鍛える高い音が響いて、シェルビーちゃんが大声で彼に叫んだ。


「頑張ってる?ゼッタ、お嬢様が鍛冶屋さんに差し入れ持って来てくれたよ」

「おお!有難う。お嬢様、坊ちゃんたちも有難う」


汗だらけになって薪を割っていたゼッタ君は大喜びで、差し入れの包みを受け取ると、工房の入り口に一緒に入って来いと手招きした。


 彼の後ろから鍛冶屋の奥を覗くと、素肌の上半身に、革エプロンを着た引き締まった筋肉の青年が鎌を直している最中だった。

よく発達した肩の筋肉から太い首筋に、汗だくで伸びた茶色の髪が貼り付いている。工房の奥では、親方と頼んだ客さんが仕事ぶりを眺めていた。


「あれは遍歴職人のネモ兄貴だ。親方が感心する程腕が良いんだぜ」


 彼は叩いて鍛え直した鎌の刃を赤く焼けているうちに、左手に握った山羊の角を押し付けて砥ぎだした。邪魔にならないように、黙って若い職人を眺めているうちに、ふと思った。


― あれ?ちょっと肩越しの表情がスレイさんに似ている気がする。


砥ぎ終えて鎌を冷やすと青年が出来上がりを告げた。

「これで硬くなり過ぎた刃がしなやかになる。あと50年は使えるぜ」

「ありがとうな、兄ちゃん」


青年が誇らしげに差し出した鎌を受け取ったおじさんが、刃を満足そうに眺めて、親方にお金を払って去って行った。


 親方は、あたし達をみると驚いて頭を下げた。

「これはこれは、お嬢様、坊ちゃんまで。このあいだはどうも失礼しやした」

青年も親方にならって、探るようにこちらを見ながら頭を下げた。


皆で元気よく「こんにちは」と、丁寧に挨拶をしたところで手土産を差し出した。

「どうじょ、バッソの名物クリームパンの差し入れでちゅ」

「おお、こりゃ有難うございます」


 ディオ兄が笑顔を添えてお願いした。

「親方さん、遍歴職人の仕組みを先生から教わったので、できれば職人さんからちょっとお話を聞きたいのです。お時間いただけませんか?」


「領地のため庶民の暮らしを勉強ですか、偉いですねえ。おい、あんちゃん。バッソの跡継ぎのお嬢様からの差し入れだよ。坊ちゃま達のお勉強で遍歴職人の話を聞きたいそうだ。

仕事はちょいと一休みして、質問に答えてあげてくれ」


話を聞いていた青年は、あたしを見ると少しびっくりしたような顔をしていた。

「えっと、もしかして男爵様のお嬢様と坊ちゃまで?」


「あい、アンジェリーチェでちゅ。バッソに遍歴職人さんが来ることは稀なので、パパも喜んでいまちた。よくぞいらっちゃいまちた」

「デスティーノです。ようこそバッソへ」


「こりゃどうも。俺はネモです。まさかお嬢様に御目通りできるとは」

え、はて?もしかして、あたしのこと噂になっているのでしょうか?


「バッソには、たったひとりの鍛冶屋さんしかいなかったので、歓迎します」

ディオ兄が笑顔で質問を始める前に、来客の声がした。


「おい鍛冶屋、用事がある。出て来いよ」

鍛冶屋の表からぶっきらぼうな客の声がずっしりと部屋に響いた。

親方はいぶかし気な顔をして、ゼッタ君とネモさんに、あたし達の相手をするように言うと、ちょいと失礼と外に出て行った。


「遍歴職人は特別な旅券があるって聞いたけど、本当ですか?」

ネモさんは左手で体の汗を拭きながらディオ兄に答えた。


「ああ、遍歴旅券といって、領地に留まらない遍歴職人や流れの芸人などは、国が認めた組合に登録すれば、自由に移動できる旅券を貰えるんです」


「何年くらい旅をするのですか?いつになったら遍歴が終わるのです?」


「3年から7年が普通です。組合から親方に相応しい腕があると認めてもらえれば、晴れて親方を名乗ります。

そして、遍歴を止めて、貯めた金で工房を構えるんですよ。それまでは、結婚も許されません。たくさんの厳しい掟があります」


「掟はどんなものが有るんです?」


 ネモさんが答えようとすると、それを打ち消す激しい怒なり声が耳に入った。子供達は、一瞬のうちに驚きと怯えた表情を浮かべて身をすくめた。

男達の騒ぐ声が表から再び聞こえて来た。


「てめえ!‟ソロモンの息子“のくせに、仁義を欠くことをしやがって、かってな真似をしてるんじゃねえよ!」


ソロモンの息子?ああ、組合の名前か。


「覚悟しろ!制裁だ!こんな店ぶっ壊してやる!」

「や、やめろ!やめてくれ!」


人を殴る鈍い音が聞こえた。バキッ、ドカッという物を壊すような音がした。身を翻したネモさんが外に出る。


 うわ、みんなが怪我しないように誘導しないと!

『ディオ兄!みんなが巻き込まれないように裏から避難させて!』


「裏から出よう。フェーデ、みんなと警邏兵さんを呼んで来て!」

ディオ兄に子供達を裏へと誘導してもらい、鍛冶屋から離れるように伝えてガイルさんを呼ぶように頼んだ。


鍛冶屋の外に出ると、荒々しい3人の男がいた。薪を運ぶ木製の荷車が壊れていた。痩せた男が工房の看板を杖で叩き落とし、髭モジャの男が殴り倒した鍛冶屋さんを見下ろしている。


その少し離れた場所で、腰に手を置いて睨みつける、ガイルさんのように筋肉が盛りあがった威圧感のある人がいた。


「鍛冶屋のオヤジはもういい。そのくらいで勘弁してやれ」


鷹の目のような鋭い眼光の赤銅色に日焼けした大男だ。お腹にずしりと響く声も見た目に相応しい迫力だ

どうやらこの人がリーダー格らしい、ネモさんの姿を目にすると地面に落とされた看板に唾を吐いてから叫んだ。


「おまえが掟破りの遍歴職人か!この鍛冶屋は“ソロモンの息子”の所属だぞ。よその組合の店で働こうなんて、ずうずうしい掟破りめ!覚悟しろ、このやろう!」


 ふたりの男がネモさんに襲い掛かって来た。

そのとき、ネモさんの手が身に着けている革エプロンの裏側を探ろうとして、すぐに引っ込めた。何か武器がないか確かめたのだろうか?


こういう場を収めるのも領主の資質として必要だろう。よっし、あたしがこの場に入って丸く…


『バッソを乱す奴らはわしの祟りを受けるがよい!祟りじゃ!ウヒャヒャ!

さあ、アンジェ、拳で悟らせよ!!!』


 またかい!呆れるあたしの耳元で、わんこ神が高らかに笑った。


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