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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
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第152話 どんどんバレます

 サリーナ先生にあたしに妙な力がバレてから、あの日以来、先生の様子がよそよそしい。そして今、ふたりっきりである。


サリーナ先生は、ディオ兄に「アンジェ様をお借りしますわ」などと、有無を言わさずあたしを自室に連れて来た。御茶とお菓子でもてなされているが、ちょっと落ち着かない気分だ。

わんこ神はあたしにもたれ、膝に顎を乗せて寝ている。


「お嬢様、私の潜在意識の世界に入って、私を助けてくれたんですわよね?」


彼女の真剣な眼差しにちょっと誤魔化せない気がして、素直にコクリと頷いた。途端にサリーナ先生は赤面して頭を抱えた。

やっぱり否定するべきだったのか、無理もない、あたしだったらその場で走って逃げますわ。

はあ、と息をつくと彼女は肩を落とした。


「やっぱりそうだったのですね。お恥ずかしい限りです、殿方にチヤホヤされて喜んでいる、自分の生徒にかくも見っともない姿をお見せすることになるとは…私、辞表を書きたいですわ…」


「そんにゃあ!先生は辞めちゃダメでちゅよ!アンジェだって前世は全然モテなくて、どんだけ頑張ってもろくな男が寄って来なかったでちゅ!」


はたと先生が顔を上げて、ずいっと前に体を乗り出し、あたしの両肩をがしっと掴まれた。逃げられん!


「はい?前世とは?」

あう、しまった。余計な口が滑っちゃった…背中から冷や汗が浮いて来た。

お嬢様、と眼を合わせてグイグイ迫られて、サリーナ先生についに前世の話を白状するはめになってしまった。


「ではお嬢様は18歳で亡くなったときの記憶があるのですか。なるほど、どおりで頭が良いわけですね…」


うう、ついに可愛い幼児が中身は大人だとバレてしまった。

実年齢と精神年齢の乖離(かいり)があったので、18歳の自己申告は揺るぎない。

秘密はお墓まで持って行きます!言うもんですか!


『本当は三十路(みそじ)なんて今更確かに言えんのう。ウハハ』

う!な、なんでわんこ神がそれを知っている?


『憑依したときに違和感があってのう。それに、子供のはずのお前が、わしの祟りを受けたんで分かったわい。眠っている間に意識を探って、お前の実年齢を知ったのじゃ』


『なのに、なんであたしに憑くのよ』

『お前ときたら、見てくれと同じで、子供そのもののお気楽性格。いくら大人の経験値があっても、アホはアホじゃからのう。いやあ、どうりですれた幼児だと…ぐぬぬ…』


 わんこ神の頬っぺたをブニョーンと伸ばしていたら、先生の声がいきなり耳に入って来た。

「聞いていますか?お嬢様」

「あ、ちゅいまちぇん。何でちょう?」


「アルゼさんに話しませんか?お嬢様が前世からこちらに転用できる知識をお持ちなら、どうか彼にもその知識を話して頂けませんか?


 私達は大学時代、彼は飛び級してきた生意気なチビ、私は女のくせに学業をと、みなに敬遠され完全に浮いていましたの。

他に友人が無く、いつも二人で一位を争っているうちに仲良くなりました。

お互いに姉と弟のような気分で、名前など呼び捨てでしたわ。


 確かにカメリア様達が仰るように、問題も有る人ですが、きっと、お嬢様とバッソの発展に貢献してくれると思います」


 先生の言葉は熱をおびて、真剣な眼差しでテーブルの向かいから、手をついて身を乗り出している。アルゼさんはサリーナ先生を、大事な友達だと言っていた。


 なるほど、それもそうだ。彼は、ディオ兄とあたしには今まで良い印象しか残していない。それに、アルゼさんが加われば頼もしい。

サリーナ先生によると、彼女の魔石の研究は、基礎研究のようなもので、実利には結びつかない。

しかし、アルゼさんは反対に、商品化する才能に長けている。


「わかりまちた、パパにお願いしてみまちゅ」

先生はホッとして感謝しますと答えた。


きっと、アルゼさんはあたしにドンドン知識を出して欲しいと願うだろう。

先生も、そこは注意させると言ってくれたが、あたしが目立つことは避けたいしなあ…


 おお、どうして考え付かなかったのかしら、解決策はあるじゃない。

会社を作ればいいんだ!たぶん、この世界初となる会社をバッソに作ろう。


カラブリア卿は既にバッソのために出資の形を取っている。

パパには、借金を配当として返すことを提案しているから、カラブリア卿はもう筆頭株主みたいなものだ。


会社名義で商品を登録すれば、あたしが目立つことは避けられる。

バッソの集団が商品開発したとなれば、領地のアピールもできて、パパの名も上がるだろう。


*     *       *       *


 マルヴィカ卿は、パパと大いに話し合い、親交を深めたことに満足して帰郷することになった。


バッソとの交流関係を強化することを約束し、柿渋の試供品を漆職人に試しに使ってみて貰うことになり、他にもレブロスさんの勧めで芍薬甘草湯の販売も決まった。

バッソにとって大いに実りのある交流となった。


「アンジェ、もう元気になったの?」

カメリアママが抱っこしながら心配そうに、あたしの顔を覗き込んだ。


「あい、もう痛くないでちゅ。御父ちゃま、サヨナラでちゅ」

「うむ、どうやらアンジェも婚約者の自覚がでたようだな」

「ふぁい?」


 カラブリア卿は屋敷での殺人事件が解決に至らず、治安を引き締めるために自領に戻ることになった。

自分の屋敷で雇ったメイドが自分の屋敷で殺人をして金を奪って逃げた。

カラブリア卿は、自分の面子は丸つぶれだと吐き捨てていた。


パパとマルヴィカ卿は固い握手をして別れを惜しんだ。彼はカラブリア卿と一緒にカラブリア領に行き、船で自領に戻ることになっている。

レブロスさんが寂しそうにダリアさんと挨拶をしていた。


「今度会うときはおまえ達の婚約式だな。楽しみにしているぞ」

カラブリア卿の言葉にディオ兄が満面の笑みで遠ざかる馬車に手を振った。

 あう…それがあったっけ…


*     *       *      *


 プロビデンサ王国は国庫に赤字を抱えていたが、国境紛争や内戦に飽き飽きしていた国民は、やっと訪れた平和な日々を堪能していた。

隣国とは和平が結ばれ、貿易が活発になり、これからの暮らしが良くなるという期待が国民に溢れていたのである。


 その活気溢れる王都エルラドに、金持ちの上客しか入れないような治安の良い繁華街がある。

近頃、店構えに大きなショーウィンドウ取り入れる高級店が増えて、侍女や侍従を連れた華やかな上流階級の女性が、そのなかを覗き込んで眼の保養をしながらの買い物を楽しみに大勢が集まるようになった。


 その通りを、ひときわ目を引く若く美しい女が、たったひとりでドレスの裾を摘まんでレティキュール(婦人用の巾着)の紐を片手に通して歩いて来る。


腰のくびれた美しい体型に、藤色も鮮やかな流行りのドレスを着こなし、身体を揺らしながら豊かな胸と同じ位に挑発的な歩き方をしている。


日の光など問題にしない上向き加減の堂々とした顔つきには、自分が真の美人であることを知っている自信に満ちていた。


 侍女を連れた貴族の夫人が、彼女を見てマナーも忘れ、眉をひそめて小さく舌打ちをした。

「奥様…」

「だって癇に障るじゃない。昼間から堂々と恥ずかしげもなく」


 ひとりで着飾って出歩く女の身分を、社交界に生き甲斐を見つけている彼女にはすぐにわかった。

ちゃんとした女性なら、たとえ昼間であろうと供を連れずに、華やかにめかし込んで出掛けることなど決してしない。


社交界の淑女たちが煙たがる裏社交界の女、高級娼婦に間違いない。

その場に居合わせるのも不快とばかりに、貴婦人は侍女を連れて宝飾店にさっと入っていった。


 背筋を伸ばして艶然と微笑みを浮かべて歩く黒髪の女に、ひとりの初老の紳士が馬車から降りて彼女の前に立ち、帽子を軽く上げて挨拶をした。


「こんにちはお嬢さん。失礼ですが、貴方のような綺麗な若い淑女が、ひとりで歩くなど感心しませんね。治安の良い地区といえども、悪い輩がいるものですよ。わたしがエスコートして守って上げましょう」


 彼女はちらりと馬車の金色の大紋章を盗み見て、やっと自分が待ち望んでいた充分な財力のある相手だと確認した。

この日のために、貴族の出入りするあちらこちらの繁華街を歩き、声を掛けられるのを待っていたのだ。


自分の美貌をさらに磨き上げるため、大金を惜しみなく出す相手を彼女は探していた。もっともっと高みにのし上がる為に。

― そのためには、今まで以上に高い踏み台になる男が必要だわ…


「まあ、嬉しい。これからわたしを守って下さるのね」


 そう言って、彼を真正面から直視した。彼女の猫の目のようなパッチリと吊り上がった金色の瞳は怪しく光り輝いている。


もしも、男が彼女の美しい顔にばかり気を取られていなかったら、胸に飾られたブローチの黒い魔石が生き物のように呼吸し、虹色に光っているのに気がついたかもしれない。


しかし、高級娼婦を誘って久しぶりの火遊びを楽しもうと思っていた男は、すでに彼女の抗えない魅力の蜘蛛の糸に絡めとられていた。


女の体からフェロモンが拡散される。脳を痺れさせる匂い立つ色香に、男の頭がくらくらする。彼はすぐに彼女の手を取り、抱え込むように抱き寄せて馬車に乗せると、御者に自分の別宅へと急がせた。


 柔らかな詰め物をした房飾りのついた革張りの座席に身を沈めると、二人は見つめ合った。


「それで、君の名前は?」


「ふふ、新しい人生を手に入れたいの。新しい名前を貴男が付けて下さる?」

甘え声でそういうと、女はしな垂れかかり、男の膝に手を乗せて撫でると、彼の目を見つめて微笑んだ。


 かつて、カラブリア卿の屋敷でリリアと呼ばれた下級メイドは、まんまと新しいパトロンを手に入れて王宮への足掛かりを築いた。


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