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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
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第151話 わんこ神が来たわけ

 屋敷の礼拝室は図書室の中にある。屋敷が改装される以前は、鍵が付いた開かずの間であり、幽霊が出ると敬遠された部屋だ。

図書室の中を区切るように作られていたため、貴族の屋敷にある礼拝室としては小ぶりな作りだ。


 壁に高い位置に額縁に入った神の御姿が祀られ、祭壇には真っ白な百合がいけられ、清らかな香りがこの部屋の静寂をいっそう感じさせる。

廃屋になっていたとき、既にあった神の御姿の入った額縁が、今は新品の額縁に入れられている。


レナート神父は祭壇の正面に(ひざまず)くと祈りを捧げ始めた。異変に気付いたのは、アンジェの痛みの回復を祈っている最中だった。


誰かが祭壇から降り、レナート神父は目の前の革サンダルを履いた足先を見て驚いて顔を上げた。

銀の長い髪の白い僧服の青年、まさか再会できるとは思っていなかった大天使アンジェロ・クストーデの神々しい美しさに、神父は自然と手を合わせた。


「レナート神父、神はあなたをお選びになりました。あなたがすべきことは、アンジェリーチェの運命を見届け、正しく人に語り伝えることです」


「そんな、私は既に老境に手をかけているのですよ?見届けるとはどういうことでしょうか?まるで、あの子は長く生きられないように聞こえますが?」


「ええ、もともとこの世界で生きているのがおかしいのですよ。

唯一無二の創造神が作りし命とは異なる存在、彼女は誤って紛れ込んだ異界の異物。本来居てはならぬもの」


 アンジェロ・クストーデがしごく当然というふうに話すのを聞き、神父は驚愕した。大天使の言葉には何の哀れみも感じられなかったせいだ。


― 生きているのがおかしい?

― 異界の異物? 居てはならぬもの?


確かに彼女には異世界の前世がある。しかし、あまりに突き放した言い方ではないだろうか?こちらに生まれたのは、決して彼女の意思ではない。


 前回、教会で出会ったとき、大天使は慈愛溢れる笑みを浮かべていた。

罪を犯し神の楽園から追放された迷える人間を情け深く見守る神の使い。

神父があのとき受けた印象と、今の大天使はまるで違う。


大天使のことばの節々に不穏な空気が孕んでいる。もしかしたら、神は紛れ込んだアンジェに何かをさせようとしている?


― どうせ長生きできない異物だからと、利用しようとしている?…

彼は胃の腑が重くなり、背筋が冷たくなった。

そんな彼の動揺を無視してアンジェロは話を続けた。


「大人の記憶を持ったまま子供として生き、我らの神の知らぬ世界から来たアンジェリーチェ。

この世界の神にとって、彼女はたまたま転生してきた異世界の、とても不安定な存在です。そんな彼女のために異界の神が客として招かれました」


彼女の為と聞き、神父は少しほっとした。大天使が異物とまで言い切ったので、アンジェが排除されるのではないかと心配していたのだ。


「はい?異界には別の神がいらっしゃるのですか?」

「あなたは神父ですから、私が教えてやらねば見えないでしょうね」


そう大天使が話すと、レナート神父とアンジェロ・クストーデの間にチョコチョコと歩き回る白い仔犬が現れた。

屋敷の者が粗相を気にしたのか、尻尾を避けるように尻に布が巻かれている。


可愛らしい仔犬だ、子供達が見たら喜んで一緒に遊びたがるだろう。

仔犬は足を止めると、きょろきょろと不安そうに辺りを見回している。


「可愛い仔犬ですね。アンジェのところから迷ってきたのでしょう。どれ、わたしが外に帰しましょう。」

神父が短く口笛を吹きながら、腰をかがめて両手を差し出した。


『なんじゃ?子供部屋にいたはずなのに、わしがいるここはどこじゃ?』


脳内に響いた声に、レナート神父が驚きのあまり前かがみのまま動きを止めた。

「聞こえましたね、神父。この仔犬が、アンジェリーチェの生きた前の世界から招き入れた神です」


「ええ?このオムツをした仔犬がですか?」

*がぶり!*

「あ痛たたたたぁ」

神父が痛がると、噛みついた口を離し、白い仔犬が鼻に皺を寄せて歯を剥きだしてガルガルとわめいた。


『神であるわしに、なんと無礼な奴め!これはアイリスのやつが、わしが腹を壊したと聞いて巻いたのじゃ!わしが屋敷のなかで粗相なんぞするか』


自分の崇める神がわざわざ招いた異世界の神、それを怒らせたと分かり、神父は慌てて頭を下げて手を合わせた。

「異界の神よ、どうか、無礼をお許しください。わたしの見識の狭さから理解が追い付きませんでした」


青くなったレナート神父が頭を下げて平謝ると、不機嫌そうに牙を覗かせていた仔犬は、やっと謝罪を聞きいれて、チョコンとその場に腰を下ろした。

そして、自分を見下ろすアンジェロ・クストーデに気がつくと睨んだ。


『おまえがわしを呼び出したのか。この世界の創造紳の眷属か?もしかして、ヤモリンが言うておった大天使というやつか?』


薄く笑みを浮かべてアンジェロ・クストーデが答えた。

「眷属?まあそういう事ですね。唯一無二の神の他は信じていない神父に、別の神のあなたを紹介しようと招きました」


『子供を護る事は、わしの、神としての役目と心得ておる。そのため、アンジェに憑いておる。それに不服でもあるのか?』


「とんでもない、前世の彼女のいた世界の神よ。異界との狭間から、この世界に呼んだのは我が神です。客人(まれびと)として、アンジェリーチェの運命の日まで、一緒にいてあげてください」


神父は一層混乱しながらも、ふたりの会話に一心に耳を傾けていた。

― 運命の日…


『その運命の日とは何じゃ?ヤモリンから聞いたが、要領が得ん…あ!おい!待て!』

「それでは異界の神、神父よ。あの子をよろしく」

大天使の姿はゆらゆらとした陽炎のように歪み、薄くなって消えた。


『失礼な奴じゃのう!こっちは聞きたいことが山ほどあるのに!』

その場に取り残されて怒りまくる仔犬に、恐る恐るレナート神父が声を掛けた。


「あの…異界の神…貴方はどういう方ですか?」

首を振って地団太を踏んでいた仔犬の神は、ふんと鼻を鳴らすと神父の前に来て座ると、小さな前足をあげて熱く語った。


『わしか?わしは憑神としてアンジェに憑いておる。菅原道真公のような、天神と呼ばれるほどの祟り紳ではないが、祟り神であり、道の神でもあるぞよ』

「はて憑神?祟り紳?」


一神教であるドットリーナ教のレナート神父には、多神教の理解が追い付かず、ガウガウと怒られながら、やっとわんこ神の説明に納得した。


「そうすると、貴方様は里の民を、とくに子供を護っているのですね。

それで、アンジェを護るためにお招きを受けた訳ですか」


『わしはアンジェに憑いているので、他の子供よりも護りを厚くできる。

しかし、人の寿命を延ばす程の力は無い。

お前の話によると、こちらの神は、短命のアンジェの生きているうちに、何かさせようとしているように聞こえるぞ』


「そんな…あの子は長生きできないのでしょうか?」

神の真意が分からずに、アンジェを想って不安になった神父が沈み込むと、仔犬の神は神父の膝に前足を掛けて励ました。


『わしらの世界の神は信仰によって力を溜める。アンジェには特異な能力があるようで、憑いていると力が溜まりやすいでのう。

わしのためにも、アンジェに憑いて護るから安心せい』


「しかし、貴方様の御力は子供のため…あの子は…大人の記憶が…」


『アンジェに前世があるから大人だと言うなら、フェーデとディオなんぞは、分別が有りすぎて枯れまくったジジイじゃぞ。

わしにとってアンジェは子供じゃ。あまり心配するな』


 レナート神父が子供部屋に仔犬の神と一緒に行くと、彼はフェーデとディオに飛びついて喜んだ。その無邪気な姿を眺めながら、神父は異世界に存在する様々な神を知ってみたいと思った。


*      *       *       *


 厩の側に外で働く使用人のための浴場がある。

そこから騒がしい声がする、声の主はダリアとレブロスだ。

風呂場からギャンギャンと漏れ聞こえて来る声を、外でそっと戸口に耳を澄ませているスレイがいた。


「まったく!あんな山の雑木林に入って、マダニを屋敷に持ち込んだりしたら、許さないわよ!坊ちゃまとお嬢様が噛まれたら大変だわ!」


「酷いなダリア、野良犬みたいに…」

「ほら!さっさと脱ぎなさい!服は洗濯しといてあげるから」


ギョッとしたスレイの肩がビクンと跳ね上がる。

そこに、バタンとドアがいきなり開いて、スレイは鼻をしたたかに打ちつけた。


「どうしたのよ、スレイ?」

「あ、いや。俺も風呂に入ろうかなと思って…」

「いまならレブロスだけよ。ごゆっくり」


ダリアはそういうと、何でもない顔でにこりと微笑んで去ろうとした。

「あ、レブロスさんはダリアの許嫁?」

「そんな訳ないじゃない」、と屈託なくダリアが明るく笑いとばす。


 ダリアは侍女用の黒いお仕着せのロングスカートの裾をくるりとひるがえして、否定する手をひらひらと動かして去って行った。

スレイはホッとして彼女の背中を見送った。


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