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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
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第144話 セリオンさんの養子話

 8月も半ばになった頃の夜、カラブリア卿がマルヴィカ領のガエターノ伯爵と共にバッソに到着した。屋敷で美味しい晩餐で手厚くもてなし、その席で、伯爵は漆の生産を上げられる工夫を聞き、とても喜んだ。


「確かに漆は何度も塗っては乾かして、美しい漆器を作るのですが、いかんせん我が領内では、山漆だけなので産出量が少ないのが悩みでした。

なるほど、その地塗りに柿渋という物を混入して使い、表層になるほど漆の量を多くするのですね。


我が領内の化け物を退治して頂けただけでなく、我が領の特産物の工夫迄お聞かせ頂き本当に感謝しきれません」


 伯爵は出されたワインを気に入り、何杯も飲み干して満面の笑みだった。

是非、柿渋の取引をしたいので見学をさせて欲しいというと、甥のレブロスが補足するようにいった。


「アンジェリーチェ嬢の考えでは、柿渋の量を安い商品に応じて入れて、高額商品は地塗り程度にして名を変えて差別化するそうです。

そうすれば、マルヴィカの高級漆器の評判を落とさずに販売できると提案してくれました」


は?と伯爵から声が漏れた。晩餐の席にアンジェリーチェという名の人物がいなかったからである。

同席者は彼らの他はルトガーとカラブリア卿の他にいない。


「はて、ハイランジア卿、アンジェリーチェ殿というのは、確か貴方の小さいお子様ではなかったですか?」


「はい、我が家の跡継ぎ娘です。晩餐会に出るほどの年齢になっておりません。今は子供部屋に、カラブリア卿の次男のデスティーノを婚約者として我が家に引き取りましたので、一緒に仲良く遊んでいる事でしょう」


「さよう、確かにまだ小さい子ですが、大変賢いのです」

ルトガーとカラブリア卿の言葉を聞いて、伯爵は客の前に出られない程の子供が、と驚いている。

レブロスはクスクス笑って彼に話した。


「伯父上、そのくらいじゃ驚き足りないですよ。僕らハイランジア・ネーラの一族は、ずっとおとぎ話のハイランジアの英雄たちの活躍を真実の事と信じていて、人に馬鹿にされていました。

だけど、アンジェリーチェ嬢はハイランジア家初代当主と同じ位凄い子なのです。明日、彼女と改めて会えば分かるでしょう」


 会話が弾む中、一緒にいたカラブリア卿は元気がない。

大事な客の前で、そんな様子はおくびにも出さずにいたが、幼い頃から彼を見ているルトガーは気が付いていた。


― 大丈夫、セリオンなら気にもしませんよ。

心のなかで彼を慰めるように呟いた。


 お客様が寝室に案内された後、パパは子供部屋でお休みの挨拶をすると、カラブリア卿とセリオンさんを交えて、大事な話があると深刻な表情で行ってしまった。


「さあ、アンジェお着替えですよ」


 パパの従妹のセルヴィーナさんはとっても優しい、抱っこして撫でてもらうと凄く落ち着くのは何故だろう。

セルヴィーナさんがあたしの寝巻を整えていると、寝間着姿のディオ兄が心配そうに、ダリアさんと窓から顔を出してパパの執務室を見ている。


「お父さん沈んだ顔していたけど、何かあったのかな?」

「いつもと違いまちゅね」

「坊ちゃま、それ、ダリアはスレイから聞いて知っていますよ」


 ダリアさんの話だと屋敷で殺人事件が起こり、大変な騒ぎだったようだ。


「殺人犯はどうやら新入りの下級メイドのようです。

使用人が住む分館の屋根裏部屋で、隣の部屋のメイドを殺し、どうやって忍び込んだのか、本館の旦那様の執務室の金庫をこじ開けて盗みをしたのです」


「まあ怖い。あ、子供達に聞かせて良い話じゃないわね」

「セルヴィーナ様、お嬢様と坊ちゃまは鋼の心臓をお持ちですのでOKです」


 褒められたのか、貶されたのか、わけわかんないです。

心配そうなセルヴィーナさんとダリアさんは、お休みと言うと、子供部屋から出て行ってしまった。子供部屋で聞き耳を澄ませてみたが、パパ達のところまではさすがに聞こえない。


そこに、窓からヤモリンが子供部屋に入って来た。今日も虫をお腹いっぱい食べてきたようだ。絨毯に伏せていたわんこ神が顔を上げて出迎えた。


『ヤモリン、厩に行ったんじゃなかったのか?』

『嬢ちゃんに報告したいことが有って来たでゲス』

『なんじゃ、それじゃわしが厩に行こう。フレッチャは寂しん坊だからのう』

お休みと口々に言うと、わんこ神は尻尾を振って消えてしまった。


『嬢ちゃん、パパさん達の様子が知りたかったんでゲショ?あっしが代わりに聞いて来たでゲスよ♪』


おお!ディオ兄と拍手すると、ヤモリンは得意そうに話してくれた。

『黒い魔石とかが盗まれたそうでゲス…』

なんだ、あれならセリオンさんは、今度捨てに行こうなんて言っていたくらいだから、気にしなくて良いのに。

そうだよねえとディオ兄も頷いた。


『そして、セリオンさんが騎士になるそうでゲス。なんでも、養子になって家を継ぐ手伝いをして欲しいとか』


 おお!それはセリオンさんには良い話ではないですか!

「騎士に非ずば 貴族に非ず」という言葉は前世でもこちらでも聞いた。

きっと、騎士になれない女ばかりの家が、セリオンさんを養子で迎えたいと言ってきたのだろう。


 闘えない男がいない家では、当然お金を出して傭兵を雇うことになる。

規律の緩い彼らはしばしば事件を起こすので、もしも無法の行いを、家の証と一緒に暴れられたら家名が傷つく。


それに、戦場に行けない女は、紋章に盾紋章を使うことを禁じられ、ダイヤ型の紋章にされる。

故エリザベス女王が盾紋章だったのは、君主であり、英軍に所属していたからだ。


 こちらの世界では、一家の歴史に盾紋の欠如は不名誉な事だと聞いた。

ちなみにカメリアママは戦場で大暴れしたので盾紋章である。


「そうするとセリオンさんと別れて暮らすのかな?それは、ちょっと寂しい」


「ディオ兄、パパはきっとセリオンさんの幸せを第一に考えてまちゅ。もしそうなったら会いに行けばいいのでちゅ」


「そうだね、俺ら兄弟の誓いを立てた仲だもんね。セリオンさんにも、もっと幸せになってもらえたら嬉しいな」


 パパのことだから、きっと遠くの家には縁組はさせない。そう思うと、ちょっぴり気楽になれて、安心して眠れた。


 翌朝、カラブリア卿はやっと明るい表情に戻っていた。反対にセリオンさんのほうは、どうにもぎこちなかった。


「どうやら盗まれた黒い魔石のことは、問題にならなかったようだね。でも、今度はセリオンさんの様子がおかしいよ?」


ときどき、カラブリア卿が、からかうように彼の肩に手を置いて、何か話している。すると、無表情のセリオンさんの頬に薄く赤みがさした。


え?何それ?何言われたのかしら?

問い詰めたいが、今日も別行動、おまけに、最近わんこ神があたしに憑いているせいか、わんこの関心のない話は聞こえない。


まあ、後で聞けばいい。明日はパパとレブロスさんの頼みで、マルヴィカ卿を柿渋の工房に案内することになったので、ディオ兄と頑張って柿渋をアピールしよう。


 ここのところ、事件続きで目まぐるしかったが、夏は柿渋の発酵も大忙しで人手が足りないくらいだ。


 受刑者の人達が柿渋で染めた漁網を洗濯紐にかけて干している。

ガイルさんの話だと、待遇が良いので脱走しようという気配が少しも出ていないそうだ。お陰で、見張りの警邏兵を減らすことが出来て良いことづくめ。


マルヴィカ卿とレブロスさんはバッソの新しい産業に興味を示し、精力的に見て回った。そして、柿渋の購入をその場でパパに約束してくれた。


「なるほど、柿渋というもので染めると網に撥水加工ができ、網が丈夫になる上に、海から引き上げるときの網の重さも軽減されるのですね。これは凄い、きっと領民も興味をひくと思いますよ」


マルヴィカにも売るとなると、渋柿の植え付けをもっとしないと間に合わないかもしれない。フォルトナの土地を借りて渋柿を植えることも考えた方が良いかも。


 ぼんやり考えていたら、じっと見られている気がして振り返った。

マルヴィカ卿が後ろに立っている。


「その小剣を見せてくれますか?」

「これでちゅか?」


あたしは、マンゾーニ卿から貰ったロンデル短剣を、鞘に革紐をつけて襷掛(たすきが)けにして身に着けている。それが、彼の興味を引いたようだ。

紐を外して手渡すと、彼は鞘と刀身を確かめた。卿の肩越しにレブロスさんが覗き込んでいった。


「凄いな、一緒に働いていた賊の連中に聞いたんだが、本当にマンゾーニ卿を助けたんだね。卿の紋章が入っている」


「紋章?革の鞘の模様はマーガレットの花と葉の飾りでちょ?」

「あ、いや、この刀身に模様が薄く入っているんだよ」


マルヴィカ卿が屈んであたしにも刀身を見せてくれた。

鞘を半分抜いた場所に目を凝らすと、白い刀身の根元近くに紋章が薄っすらと、小さなタガネの微妙な力加減で打ち出してある。


横向きの不格好な立ち姿で、爪を広げた狼(?)は舌をだらりと出して、こちらに向けた顔は、どう見ても、ギャグマンガに出てくる目鼻の造作が散漫に配置されたマヌケ犬である。


この狼もどきの意匠は他に個人用の盾紋章でも使われていると聞いた。

嫌でたまらない絵柄が、自分と家を表す紋章として使われている。それは腹が立つだろうな。

あたしは描かれている絵柄の感想を率直に言った。


「にゃんか、これアホ犬みたいでちゅね」

「アンジェ、それは禁句だよ…」


 パパが苦笑いを浮かべて窘め、ハイランジア家の山犬の紋章の話をしてくれた。マンゾーニ家と、パパの前の家のオルテンシア家の紋章トラブルは、王と紋章院を巻き込んでこじれにこじれたらしく、それ以来、両家はとても仲が悪くなったと聞かされた。


紋章は、国における自分の家の伝統と格、立場を視覚化して伝える。

それは家にとって大事な誇りなのだ。


「うちの御先祖のせいで紋章裁判になり、その結果、負けたマンゾーニ家は王がデザインしたその狼を、嫌と言えずに使わざるを得なかったんだ」


 王様がアホ犬を描いたせいでうちが逆恨みされちゃったのか。

元はと言えば、へそ曲がりの我が家の先祖の皇太子のせいだけど。

こんな、子供の落書きより酷い絵を、使わざるを得ないマンゾーニ家が、我が家を恨む気持ちが少しは分かるわ…


 屋敷に戻り、庭にダリアさんと涼みに出てみると、セリオンさんが窓の下で佇んでいる。声を掛けようとすると、茂みに潜んでいたスレイさんが、小さな声でこちらに来るように、あたしとダリアさんを手招きしている。


(スレイ、セリオンさんは何しているの?)

(ダリア、お嬢様も静かに見ていて下さい)


やがて、セルヴィーナさんの歌声が聴こえて来た。どうやら彼は彼女の歌を聴きに来ていたようだ。

唄声が止むと、セリオンさんは周りを見回して屋敷のなかに戻って行った。


「本当に美しい歌声だわ。セリオンさんも音楽が好きなのね」

歌声に聞き惚れていたダリアさんが、うっとりとした表情でいうと、呆れたようにスレイさんが溜息をついた。


「ダリアは本当にこういう事に鈍いな…あのな、セリオンは、昔から守ってあげたくなるような物静かな美人が好みなんだよ」

「まあ!そうだったの?」


 何それ、セリオンさんのタイプなんて青天の霹靂なんですが。

しかし、よくスレイさんはセリオンさんの好みの女性を知っているね?


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