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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
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第142話 花も美男も踏み越えて

 診療所の外にある教会の中庭では、わんこ神は首の後ろをフレッチャにしっかり咥えられてぶら下っている。

捕獲されて、ぎゃうぎゃうと喚いているが、澄ました顔のフレッチャは暴れる彼を決して放さない。


『こやつがアンジェの秘密を知ったから、わしはアンジェを守るために呪ってやったのじゃ!』


いや、あたしを守ってくれるのは有難いけど、そのために呪っちゃダメでしょ。そんなん、あたしが居たたまれないから!


患者が寝ている部屋の窓の外に、壁にもたれるように座り込んだ眼鏡の女性に皆が驚いた。

「サリーナ先生だ!」

「先生?」


急いでメガイラさんが顔を覗き込んで話しかけたが、彼女の眼は光を無くして反応が無い。頭の上にいたヤモリンが、すかさず先生の肩に飛び乗って彼女の様子をうかがった。


『嬢ちゃん、先生は既に心があちらに行っちまったようでゲス』

「あちらってどこでちゅか?」


『先生が望んだものが有る世界でゲス。本人がなりたい自分になれる世界でゲスから、こちらに帰れるか分からないでゲスよ』


 ようするに、楽して思い通りになる世界ということなのね。

悪の結社を作って世界征服だー!とか簡単にできるのか。


面倒な事をしなくても、何の努力も無しに、そうしたいと願うだけで達成できるなら、確かに皆そうしてしまうかもしれない。


フレッチャがわんこ神の襟首を咥えたままで叱りつけた。


『彼女はアンジェの先生よ。いくら何でも先走り過ぎよ』

『ちび丸さん、やり過ぎでゲスよ』

『なんじゃお前ら邪魔をするか!小童(こわっぱ)!お前の為ぞ!』

「誰が先生を廃人にしろにゃんて言っちゃのよー!」


*      *       *       *


 足元の地面を色とりどりの花々が埋めている。遥か遠くにある清々しい蒼さをはらんだ山々は雪を残して輝いている。

足元の花畑に気がついたナディアは、しゃがみ込んで周りの花を確かめた。


この淡い青紫の小さな花はヤマルリソウだわ。

大株に沢山の小花がみっしりと咲いている。小さくて地味に見えるけど、こんなふうに数多いと華やかね。

可愛らしい兎が数匹のんびりと草をモシャモシャと食んでいる。


このピンクはアケボノスミレ、あちらはハルリンドウ、姫小百合にイワキキョウ。花畑の空を仰いだ。

壁瑠璃のどこまでも透明な空が目に染みる。星が綺麗だわ。


………え?………


あれ?なんで昼なのに天の川があるのかしら?

あ!さっきの花も可笑しい。どれも好きな花だけど、日陰の花も日向の花もごっちゃ!季節だってごちゃごちゃだわ!


どうにも、大事なことを忘れている気がする。悩みに悩んでいると、黒の燕尾服を着た若い執事が現れた。穏やかな微笑みを浮かべて彼女に話しかけた。


「貴女は他国にも知られる魔石の研究者で、王立大学の主任教授。誰もが憧れる社交界の華。麗しきナディア・サリーナ教授です。


家庭教師の職を得る為に、女主人の気に触らぬよう、美貌を隠して愛を捨てねばならなかった貴女、なんてお気の毒なことか。

しかし、わざと野暮ったい服に身を包み、伊達メガネと、ひっつめ髪にして苦労の末に家庭教師の仕事を得たのも、今は昔。」


執事は、「御覧なさい」と彼女に後ろを振り返る様に右手で指し示した。

背後には、どんな女も結婚を望むような、金持ちで身分の高そうな美男達が、わらわらと彼女の周りに集まっていた。


「サリーナ教授の論文を拝見しました。実に素晴らしい!」

「是非、研究資金を提供させてください!」

「サリーナ嬢、どうか結婚して下さい!」


唐突に結婚の申し込みに狼狽えていると、群がる男達が一斉に叫んだ。

「「「「「「「「是非僕と結婚を!」」」」」」」」


サリーナはモテモテだ、胸の内から喜びと興奮がドンドン湧き出て来る。

結婚はとうの昔に諦めて、今まで自分の気持ちに蓋をして、ひたすら頑張って来たのだ。


― 今まで無関心でいたのは、自分の心を偽って来たせいよ。私だって素敵な人と巡り会い幸せになりたいと思っていた。


執事がまた囁いた。

「素直におなりなさい。この美しい世界で、麗しい殿方にかしずかれ愉快に暮らすのです」


― どうしよう?この奇妙な美しい世界は、何もしなくても幸せになれるらしいけど、はたしてそれで良いのかしら?


サリーナの疑問がドンドン湧いてきた。そこに、突如、場にそぐわない太鼓の音が聞こえて来た。

♪ドンドコドン ドンドコドン ドンドコ ドンドンドン♪


あらま、なんでしょう?野性的なドラミングが鳴っている。

すると、周りの色とりどりの花畑が一変して、いつの間にか一面のクローバーとなり、白い花一色になった。


♪ドンドコドン ドンドコドン ドンドコ ドンドンドン♪


クローバーの花咲く場所に、二本足の怪しいピンクの兎が踊っている。

腕をふり、足を力強く踏み込んでノリノリで踊っている。

まるでお嬢様のドンドコ踊りだわ。はて、お嬢様?誰だっけ?


見る見る間に、ピンクの兎は大きくなって雲をつくような大兎となり、こちらを振り返ると花を蹴散らして迫って来た!


「ごらあああぁぁぁ!先生、どこのお花畑に行ってるでちゅか!さっさと正気に戻るでちゅー!」


「ひい!あ!あれ?お嬢様??」

見あげるとピンクの兎は着ぐるみのアンジェだった。


「何だおまえは!みんな!僕らの女神を守るんだ!」

群がる美男子たちがピンク兎のアンジェに飛び掛かるが、所詮相手にはならなかった。


「ぽい!ぽい!ぽーい!」

襲って来る男達を、アンジェはちぎっては投げて、たちまち戦闘不能の山にしてしまった。


「先生はママと同じ位、アンジェの尊敬するカッコいい大人の女性なのでちゅ!こんな所にいたら、先生の過去の努力が水の泡。

アルゼしゃんは、先生のことを自分以上の天才だと言ってまちた」


「私は、ただひたすらコツコツと勉強していただけ。彼はうまれついての才能を持っていたけど、私は寝る間も惜しんでやっと彼の成績に並んでいたのです。全然違いますわ」


「アルゼしゃんの言う天才とは、何が有っても投げずに、愚直に努力し続ける人でちゅ。先生は彼が認める天才なんでちゅよ!

こんな所で遊んで無いで、魔石の研究をさっさとやりなちゃーい!!」


― アルゼがそんな事を考えているなんて、全然知らなかった。


黙り込んでいると、ピンク兎のアンジェに大声で叱られた。

「返事!!!」

「は、はい!お嬢様!!」

慌てて返事をしたナディア・サリーナは自分の大声で意識を取り戻した。


*      *       *       *


 まったく油断も隙も無いワンコだわ!あのまま放っておいたら、とり憑かれたサリーナ先生の精神が崩壊するところだった。


先生の頭に触れたとき、わんこ神があたしにくっ付いていたため、彼女の世界が見えてしまった。


人の深層心理を覗くのって申し訳ない気がする。

覗かれたと知ったら彼女も恥ずかしいに違いない。よし、黙っておこう…


「やっぱりお嬢様は…」

ギョッと身を縮めたガイルさんが、万事休すと頭を抱えた。


「それでサリーナ先生はもしかして見たのですか?そのアンジェの…」

言いにくそうに神父さんが言うと、先生の返事に皆の緊張が高まった。


「バッチリ、ハッキリ、クッキリ見ました。お嬢様が不思議な力を使ったのを拝見いたしましたわ」


『やっぱ、廃人にしよう!』

「やめんかどアホー!」

わんこ神のほっぺをムニムニと伸ばして叱っていると、メガイラさん声を震わせて先生に縋りついて願った。


「先生、どうか御内密に。お嬢様の御力を利用しようとする輩に目をつけられたら、大変なのです。どうか、どうか…」


メガイラさんが言い掛けたところで、それを制するように、先生は両の掌を広げて冷たくなっている彼女の手を包み込んだ。


「安心して下さい、メガイラさん。実はお嬢様が不思議なお子様だと少し前から存じておりました」


ええっと皆が驚いて凝視すると、先生は悪戯っぽく笑った。

教育者として、子供を丁寧に観察することをモットーとしていた彼女は、授業以外もディオ兄とあたしの様子を見ていて、妙なことにも黙っていたそうだ。


「私はエルハナス家とハイランジア家のためにお仕えしているのです。

教育者として、子供が危険に晒されるような事を口外するなど決して致しません。


それに、正気に戻れたのは、お嬢様から四つ葉の御守りを頂いたおかげかもしれません。クローバーのお花畑でお嬢様がお迎えに来てくれたのですから」


 クローバーと聞いて、ガイルさんが急に思い出したと言いポケットの物を出した。

「アンジェ、すまん。この間貰った御守りなんだが、こんなになってしまった。せっかく作ってくれたのに、申し訳ない」


ガイルさんの大きな掌には、四つ葉のクローバーの御守りが乗っていた。

渡したときには綺麗な緑だったが、今の四つ葉は枯れていただけではなく、粉々になっていた。


「まあ、婆も頂きましたけど、綺麗なままですよ。ガイルさんのは、虫にでも喰われたのでしょうか?」

「それが分らんのだ。黙っていても悪い気がして、ごめんな、アンジェ」


メガイラさんの四つ葉のクローバーは、台紙代わりの薄い木の板にきっちり(にかわ)で糊づけして張り付けられたまま、綺麗に形を残している。


「大丈夫でちゅ、ガイルしゃんにも新しいのを作るでちゅ」

「他の誰かにも、作り直してやったのかい?」

「あい、セリオンしゃんでちゅ」


ガイルさんはちょっと不思議そうな顔をした。

「セリオンが?それはアルバの帰りか?」

「あい」


「お前の御守りってもしかして本当に力があるのじゃないか?」

まさかぁ!御守りと言っても気休め程度のはずだ。あたしとしては縁起物だから配っただけだから。


「まあ!私のも変だわ!御守りの四つ葉がボロボロになっています。朝見たときには何でもなかったのに」

サリーナ先生が声を上げて、無残にちぎれた四つ葉を見せた。


バラバラの葉っぱは、固定された薄い板の上で、配置を変えて貼り付け直したように形が崩れていた。


『どうりで、こやつの精神の抵抗が高かったわけじゃ。この御守りのせいか』

「偶然でちゅよ…アンジェには分からないでちゅ」


あたしの御守りにそんな力が有るはずは無い。

プレゼントする相手を思って、四つ葉に祈りを込めて踊って歌うのが慣例になっていたが、あくまでノリである。


 アンジェが否定しているとき、ヤモリンは日差しを避けてフレッチャの側にある木陰に隠れてひと息ついた。

本来、夜行性のうえ、瞼のない彼には強い日差しはかなりこたえた。


『暑い中大変ね。ヤモリン、大丈夫?』

『なるたけ嬢ちゃんと一緒にいたいでゲスから、頑張るでゲス』

『最後まで見届けてあげましょう。大天使様との約束だものね』


 アンジェリーチェが天に召されるその日まで。

ふたりは見下ろしているであろう天上の神と、いつか来るアンジェの運命を思って押し黙った。


 先生の苗字はサリーナです。テニスの話題がでるとつい間違えます。UP後書き換えました。

どっかでまだ間違えていそうで冷や汗もんです。

 御読み頂き有難う御座います


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