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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
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第137話 内務大臣は糾弾される

 8月の強い日差しを避け、屋敷の庭の黒々とした木陰の下、セリオンは窓から流れて来る曲の調べに目を閉じて聴き惚れていた。


桜の木にもたれて腰を下ろしていると、セルヴィーナのつま弾くハープの調べとゆったりとした美しい歌声が流れて来る。


濃い緑の枝葉にさわさわと風が鳴り、セリオンの汗の滲んだ額と深緑の髪に涼を運んで通り過ぎた。


― 心地良い歌声だ。


 初めて出会った日、馬車を降りるときにセルヴィーナに手を貸してあげると、はにかんで手をそっと差し出した仕草を思い出した。

アンジェとは、まるで違う淑やかで物静かな女性だ。


― 本当にあいつの実の親か信じられなかった。


自然とクスクスと笑みが零れた。性格は親から貰う訳ではないのだな。


セルヴィーナの歌声が途絶えて暫くすると、今度はサリーナ先生の声が聞こえた。子供達の勉強の時間のようだ。


― 今日は国内の政策だったっけ、ディオとアンジェの授業に付き合わされているフェーデは大変だな。気の毒になる。


 そのとき、セリオンは不意にサリーナが鑑定した魔石のなかの、黒く非常に美しい魔石を思い出した。

見ただけで貴重なものだと判るくらい珍しい。

しかし、何故かわからないが、自分には美しさ以上に気味悪さが先立つ。


どうしても、こんなものをアンジェ達の傍に置きたくないと思うほど、身に迫るほどの嫌悪を感じる。

サリーナ先生の話では魔石としての力は何も無いらしい。あくまで観賞用にしかならないそうだ。


それなら売ろうかとも考えたが、人に不吉なものを押し付けるようで、それも何か気が進まない。

いくら金になると分かっても、人に渡すのも気が引けるのだ。

いろいろ考えあぐねているが、結論がなかなか出ない。


― そうだ、アルバに捨ててしまえば良い。あそこなら、人の手に渡らないだろう。

セリオンはそう思いつくと、やがて午後の気だるさからまどろんだ。


*     *      *      *


 ナディア・サリーナは緊張しながらも胸を躍らせていた。

今日の授業はマンゾーニ卿夫妻が参観することになっている。


次期当主のアンジェリーチェがまだ幼児ながら授業受けていると聞き、是非見学したいと熱望されたのだ。


 サリーナ伯爵である彼女の父は、教師の仕事を認めてくれていない。

未だに、どこぞの後妻にならないかと聞いて来る。


― そうだ、あの子達は御行儀が良いから、いつもより難しい授業でもきっと大人しく聞いていてくれるわ。


マンゾーニ卿は彼女の父と親しい関係だから、これだけ優秀な子供を抱え高度な授業をしていると、感心すれば父親に話すかもしれない。

そうしたら、見直してくれるかもしれない。彼女はそう期待した。


*      *       *       *


 喉が渇いたので調理場に行くとクイージさんが何か作っている。

「じいじ、何ができるにょ?」

そばに行くと小鍋の中を覗かせてくれた。

「今度の出張晩餐会のデザートを考えていたところじゃよ」


おお!カスタードクリームだ!

こちらではそれまで、もっとゆるいクリームしかなかった。

そこで、クイージさんに固めのクリームにするようにお願いしたのだ。


「嬢のアドバイスで、町にも新しいデザートが出来るし、良いことじゃ。

そうそう、今日のおやつも期待していいぞ」


「あい!おいちいの期待していまちゅ」


 クイージさんを激励して、コップにあったジュースを飲んで出て行った。


「変だな?コップにあったワインが消えている?」

クイージさんが何か呟いていたが、授業に遅れるので気にしないでいた。



 今日のセリーナ先生の授業は何故か見物人つきである。

パパとマンゾーニ卿夫妻、そしてセルヴィーナさんだ。


サリーナ先生はマンゾーニ卿夫妻とは顔見知りらしく、授業前に懐かし気に話をしていた。

 

 今日の授業は国と領地間の法的関係、どうやらただでさえ難しい授業なのに、サリーナ先生がギャラリーを意識してさらにレベルを上げたらしい。


タイトルを聞いただけでフェーデ君が白目で仰け反った。頑張れ少年!


パパ達も授業のお題を聞いて、驚いて顔を見合わせている。

サリーナ先生は、国はそれぞれの領主に独自の運営を許し、完全自治を認めていると説明した。


そのため、どうも王と、総裁、内務大臣と外務大臣だけで、国の政策を主に決めているようだ。


ざっくりし過ぎている気がするが、その大臣の下にいろいろな組織があるし、領地のことは領主に任せているので、こんな単純な構造でも国はまわるらしい。


それにしても、内務大臣の仕事内容が多すぎる気がする。一体どんな人だろう?

終わった途端にマンゾーニ卿が朗らかに言った。


「素晴らしい、子供達がこんなに難しい授業を勉強している。

そうだ、わしが代わりに聞くから、内務大臣の仕事内容について意見を言っていいぞ。小さなことでも参考になるかもしれん」


「まあ、素敵、皆さんのお話が聞いてもらえるかもしれませんよ。どんどん意見を発表しましょう」


 そういうサリーナ先生も、まさか討論会になるとは思っていなかっただろう。

しかし普段、国のやり方に疑問を持っていたあたしと、ディオ兄がヒートアップしてしまった。


「救貧法で、貧民の救済を領地の自治権に丸投げしたのは、国の失策だとアンジェは思うのでちゅ!」


「そうです!お義父さんは、国の政策の救貧法を黙って守り救済のお金を出しています。

でも、評判を聞いてドンドンそういった貧しい人が集まって来たら、福祉に手厚い領地はたまりません」


「困ってる人に税制優遇する領地があるなら、みんなそこを目指ちまちゅ。

パパは優ちいから絶対拒否しないでちゅ。

貧民を救済するための資金を、領地の住民から補わせるという救貧法の考え方がおかしいのでちゅ。飢餓革命の起因のひとつでちゅ」


パパがなぜか慌てだし、一方、どういうわけかマンゾーニ卿がちょっと怒り気味に反論した。


「救貧法は飢餓革命の前に施行したが無関係だ。あれは一部の貴族が民の土地を取り上げたのが原因だ。民から救貧法の不平は出ておらんと聞いておる!」


「うんにゃ!上から眺めているだけでは民意はわかりまちぇんよ。だいたい市民が文句も言えないから革命が起こるのでちゅ!」


 なんか自分でもわかんないけど、興奮しているような気がする。

ドキドキするし、まわりがふにゃふにゃして見える。

なんか気が大きくなって、矢でも鉄砲でも持って来―い!って気分である。


額に青筋を立てたマンゾーニ卿が小さい声でパパに迫っている。

「おまえか?おまえの教育か?こんな生意気な幼児になったのは?」


おい!うちのパパに因縁つけるんじゃありません!爺ちゃん!

パパが青い顔で胃をさすっているじゃないですか!


「あなた子供相手に何を興奮しているのですの?」

お婆さんの方は、小声でお爺さんを(たしな)め、叱りながらお爺さんのお腹の肉をつねっている。結構痛そうだ…


議論が白熱しているところで、フェーデ君が遠い目をしているが、ここは頑張って欲しい。授業参観中だ。

見かねたサリーナ先生が彼の背中をバンバン叩いて気合いを入れている。


「よその領地では貧民の流入を阻止するために、低収入の人に厳しい政策を取って税を徴収しています。


そのうえ、乞食・浮浪児禁止法なんて法があるから、税の払えなくなった親は子供を取り上げられる怖れのある領地から出て行きます。


だから、元から住んでいた人達まで出て行かざるを得ない。

それでバッソに移住してきた友達もいるんです」


ディオ兄の言葉を聞いて、急にフェーデ君が、キッと顔を上げて議論に参加し始めた。サリーナ先生が「がんばれ!」と小さく言って拳を握っている。


「それ俺のことです!俺の父が怪我で働けなくなって、食べるのも困るようになりました。

以前の領地に居たらいつか家族はバラバラにされる危険がありました。

俺の家族はそれでバッソを目指したんです。


俺が来た後も、バッソにやって来た人がとても多かったので、町の予算が心配で申し訳ない気分になりました。


ディオとアンジェちゃんの言うとおり、領民に優しい領主の町が、他の悪徳領主の尻ぬぐいをするなんておかしいです!」


 良く言った!フェーデ君に拍手拍手!

バッソは徐々に新しい産業が収益を生み出してくれそうだが、この勢いだと流入してくる貧民しだいでは、領地の福祉政策を見直さなければならない。

だからこそ、声を大にして国に言いたい。


「だから!貧民救済は、国が指揮して国費を出さないと解決しないと思いまちゅ。

苦しい人は優しい領地に流れてちまい、貧民を出した領地は他領地に押し付けて何もちない!それが今の問題なのでちゅ!」


「ぐう!」

マンゾーニ卿が顔をしかめながら聞き返した。

「ううう、それでお前たち、このさい他に気がついた問題があるか?」


 おお!それならバンバン言っちゃうよ♪

この世界、前世と似ているけど微妙に違う。しかし、悪いところが結構似ているのだ。サリーナ先生のお陰で、そういった相違点も確認できるので、国に改善して欲しいところが一杯分かったのだ。


 こっちの世界では、荷馬車が事故を起こした場合、その積み荷は、事故に合った車が通行していたその土地の所有者の物となった。


“これは「領主の権利」の一部である” という条項があるらしい。


何じゃそれ?と、始め聞いたときは思ったのよ。

だって道路の舗装は領主の仕事なのに、事故が起きたら積み荷は領主のものになるのですよ?


悪徳領主なら、主要道路の道の整備は二の次にして、悪路だらけにしちゃうのでは…


 国民から、生きてるだけで払わなきゃならない人頭税を国が吸い上げている以上、領民が領主に収める各種の税金が正しく使われているか、真面目に仕事しているかを監督する義務が国にはある。


「この悪法を取り下げること!でないといつまでたっても幹線道路と領地間の整備が進まないし、物流が発達しないでちゅ!」


「そうです!アンジェの言うとおりです。

だから街道は盗賊天国なんて言われるようになってしまったのですよ。

内務大臣に考えて欲しいです!」


「う、た、確かに…盗賊が増えすぎて問題になっている…」


「だいたい領主に全部お任せなんてしてるから、やりたい放題のアホが出て来るのでちゅ!領主が全部まじめに仕事すると思っているならお気楽すぎでちゅ!内務大臣仕事しろとアンジェは言いたいでちゅ!!」


 そのとき場がなぜか一瞬にして場が凍り付いた。

パパが胃をさすり、サリーナ先生の笑顔が一瞬にして固まると体が小刻みに震えながら揺れ出した。


先生器用だな…何があったのだろう?

マンゾーニ夫人とセルヴィーナさんだけニコニコしている。なんで?


相変わらず老婦人とセルヴィーナさんは笑顔であたしを見ている。

そして、頭を撫でられて、「良い領主になれるわよ」と、褒めてくれた。

有難うごじゃいます♪

ああ、なんか一杯考えて話したら眠くなっちゃった。ふあぁ。


*クンカ クンカ*

ディオ兄が鼻を近づけてあたしの匂いを嗅いだ。

「お義父さん、アンジェが酒臭い!」と、声を上げたときには、すっかりいい気持で眠ってしまった。


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