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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
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第130話 新しい親戚

 なんだか寝苦しい夜だ。この世界にタルカムパウダーはないのかな?

肌が寝汗でべたついて寝苦しいと思っていたら、様子を見に来たメガイラさんが、お風呂に入るダリアさんに頼んで、もう一度お風呂にいれてくれた。


「お嬢様、お休み前に昔話でもお話しましょうか?」

あ、そういうことなら聞きたいことがある。


『メガイラさん、ヤモリは神様の罰で仲良しの人間に嫌われたって、そんな話知ってる?』


「ヤモリのお話ですか?これはドットリーナ教の教典から古くからあった話です。とても古いお話ですよ」


お風呂からあがったダリアさんが身体を拭きながら顔上げた。

「ダリアも母からその話は聞いたことがありますよ」


ほうほう、結構有名な話なんだ。


 メガイラさんが話してくれた昔話は、前世のエデンの園にとても似ていた。

違うのは蛇が出てこないで、代わりにヤモリ、それ以外は殆ど内容が同じだった。

だけど、神様から受けるヤモリの罰の内容が、ちょっと違った。


 むかしむかし、神様が食べてはいけないと言った禁断の知恵の実を、「女」と仲良しのヤモリが食べて、他の生き物達にも食べさせてしまいました。


神様が怒ると、「女」はヤモリが木から捥いで勧めたから食べたと答えました。

神様は、ヤモリのほうが、罪が大きいと考えてヤモリの瞼を切りました。

ヤモリは瞼が無いために、昼間の光が眩しくて夜しか外に出られなくなり、「女」と会えなくなりました。


そして神様は、ヤモリがたくさん産んでいた卵を、二個だけとしてしまい、そのうえ、「女」からヤモリが友達だった記憶を消して、見ただけで嫌いになるように呪いを掛けました。


その後、ヤモリと人間は、幸せだった神様の楽園から追放され、苦労して生活をしなければならなくなりました。


地上に降りた「女」は「男」と家を作ってそこで暮らしましたが、ヤモリが行くと悲鳴をあげて、「男」に追い払ってくれと頼みました。


悲しんだヤモリは、「女」に思い出して欲しくて、人間の家の周りをうろついているうちに、家に集まる虫を食べるようになりましたとさ、ということである、


 うーん、ヤモリが可哀そうじゃないの。

だからヤモリンが嫌われて当然みたいに言ったのか。

でもヤモリンがその話を知っていると言うことは、人間が作った話ではないということかな?


もしかして、本当にあった話なのかな?そもそも動物達のなかで、あたしと意思が通じる相手と、通じない相手がいるのは何でだろう?

首をひねっていたらメガイラさんが微笑んでいった。


「きっとヤモリ達は、お嬢様とヤモリンが友達になれたから、神様のお怒りが解けたのだ、と喜んでいるでしょうね」


 うん、そう思ってくれたら、ヤモリン達も少しは気が軽いかな。

教会の教義だとしても、昔話と同じだもの、気にする必要はない。


 開け放した窓から、涼しい風がそよと流れてきて眠りについた。


*      *      *      *


 アンジェの兄フェルディナンドは、フォルトナからエルハナス家のタウンハウスに無事に帰って来ていた。

学校の後の息抜きに、町で本屋に出掛けていたときだった。


 静かで落ち着いた雰囲気のこの本屋はフェルディナンドのお気に入りの場所だ。

図書館は好きだが、ここにはいつも新しい本の匂いがするし、棚に飾られた新刊は自分が選ぶことが無い本も多い。

本がまだまだ高価な時代、ここはその贅沢を味わえる人達のための空間だ。


 ふと、フェルディナンドは飾られた本の中に綺麗な絵本があるのに気がついた。


― アンジェは賢いからもう少し難しいのがいいかな?


手に取って眺めていると、自分を見つめる視線に気がついて顔を上げた。


自分の立つ本棚の通路の端に、同じ年くらいの色白の美しい娘が立っている。

薄い藤紫の髪をみて誰であるか思い出した。


途端、あのとき勢いよく抱き寄せた拍子に、間直に見た毛穴が見えない程きめ細かな白い肌と、鼻腔から飛び込んで来た彼女のほんのりした甘い香りを記憶に呼び起され、彼は落ち着かない気分になった。


此処は自分が挨拶するべきだろうかと迷ったフェルディナンドに、彼女が先に戸惑いがちに言葉を掛けて来た。


「不躾で申し訳ありませんが、この間、公園でお助け頂いた方ですわね。

あの時は、お名前は伺っていませんでしたが、エルハナス家のフェルディナンド様だとお聞きしました。

私はエルミーナ・マンゾーニと申します。お助け頂いたことを感謝致します。あのときは有難うございました」


「お礼の言葉ならもう頂きました。お宅の御家族から母へ、僕にもお礼の手紙を頂戴しましたし、気にしないで下さい」


「そう言う訳にはいかんなぁ。フェルディナンド君」


 それまで、背後の本棚を漁っていた上品な中年男が肩をポンと叩いた。

背が高く、髭の無いつるりとした肌と少し角ばった顎という顔立ちで、少しなで肩気味の体型が特徴的だ。


「マンゾーニ家のバルビーノだ。我が家と親戚関係になると判明した君を、是非とも家の夕食にお招きしたく参上した。御母上には連絡し了解を頂いている。


もちろんハイランジア卿にもご返事頂いている。我が家の、過去の経緯を忘れお付き合い願いたいとの申し入れに、大そう御喜びの返事を頂いた。

君さえ承諾してくれれば迷う必要は無いのだよ」


 もうすぐ15歳になるフェルディナンドは、最近急に身長が伸びて、まだ193センチの父には及ばないが、178センチになっている。

エルミーナが青年だと勘違いしたのもわかるなと、バルビーノは思った。


今まで父親のせいで、知り合うこともできなかった武勇名高いルトガーと、これで友好が築けると彼は内心喜んでいた。


 身分を問わずに優秀な人材を実力主義で取り立て、金が無くて騎士に成れない者を、身銭を切って騎士にした事は美談となっている。バルビーノは有頂天だ。


「さあ、今晩のささやかな食事会は、我が家とハイランジア家の友好の第一歩なるだろう。

私の姪のセルヴィーナと、君の父ベルトガーザ殿は従兄妹となる。

ハイランジア卿となった彼のため、先ずは、君が我が息子ジュリアーノと友人になり給え」


ニコニコ顔でずいっと前に出て来た少年は、父親に似てなで肩で背が高い。

だが、面立ちは父親のカッチリした顎とは違い、女性的で細く彼の妹にむしろ似ている。


「やあ、フェルディナンド君。僕が一学年上だから今までは付き合いが無かったけど、これからは親戚だ。よろしくね」


内心戸惑いながら挨拶を返し、店の外にいる従者のリアムに目を移すと、彼はマンゾーニ家の侍女とおぼしき若き女性と楽しそうに会話をしている。


― あいつめ、美人に鼻の下を伸ばしている。


逃がさないとばかりマンゾーニ家の人間に取り囲まれ、さすがに無下には断れなくなったフェルディナンドは、承諾するしかなかった。


 食事会ではマンゾーニ家の全員が手厚く歓待してくれた。

なかでも、いちばん父のルトガーを良く思っていないと信じていた当主のマルチェロが、大歓迎してくれたのにはびっくりした。


「ゆっくりしていきたまえ、何なら泊まっていきなさい」

さすがに丁重に断ったが、手厚い歓待を受けてようやくマンゾーニ家に他意はないのだと信じられた。


食後にはジュリアーノに誘われ、エルミーナと3人で別の居間に移動して話をした。

付き合いどころか、近寄ることも憚ってきた一家の筈だったが、3人は以前からの交流があったように、嘘のように打ち解けて話ができた。


「しかしエルはよくやったな。普通の女の子なら泣き出していたところだ」


「本当に、あいつにビンタ喰らわせたときは、僕も胸がすく思いでした」


目を丸くして自分を見つめる二人の反応に、これは不味いことを言ったかとフェルディナンドが謝罪した。


「す、すいません。貴女が、後悔しているのなら不躾なことを言いました。許してください」


「いいえ、とんでもない。私はむしろ、もっと腰を入れて殴りたかったくらいですわ!出来れば、往復ビンタにすれば良かったと後悔しているくらい!」


焦る兄のジュリアーノが窘める前に、フェルディナンドは彼女の反応にクスリと微笑んだ。


「貴女は僕の母のように、自分に正直な方ですね。

今までどの女の子に会っても、自分の意見を言わず、親の顔色を窺うように話すひとばかりでした。

僕の一番嫌いな女性は、男に可愛いと思わせたいために、自分を隠して媚びて振舞うひとなのです。貴女は違うのですね」


一瞬、ジュリアーノは、ドキッとして、妹に引きつった笑みを投げかけたが、彼女は鉄の微笑みを崩しておらず、彼の不審な行動は幸運なことにフェルディナンドの目には入っていなかった。


― 本当は、妹は、面倒なので婚約者の前で猫かぶって過ごしてました…

と、兄が心に思っていると、妹が自らばらしてしまった。


「私は貴方が仰るほど御立派じゃありませんのよ。私もやっぱり体裁を繕って婚約者の御機嫌伺いをしていたようなものですから、あの日は流石にもう腹が立ったものですから、バチーンと…」


そこまで聞くと堪え切れなくなったフェルディナンドは大笑いした。

笑い過ぎて目には涙が浮んでいる。

「やっぱり正直じゃありませんか!」


 つられてエルミーナが笑い出した。兄のジュリアーノはひやひやしていたが、ふたりは実に楽しそうに話している。

会話が弾みだし、彼の妹は憧れているカメリア・エルハナスの話を切り出した。


「実は私、御母堂のカメリア様をとても尊敬していますの。

貴族の令嬢の生き方は、結婚以外は修道女と家庭教師しかない、そんな考えをひっくり返した方ですもの。私はずっと憧れていました!」


エルミーナの言葉に、フェルディナンドは明らかに相好を崩して喜んだ。


「男社会で諦めずに自分の生き方を貫いた母、その才能を信じて、女だからと否定しなかった度量の大きな父、僕はふたり共とても尊敬しています」


「わかりますわ、お二人共立派な方ですもの。うちの家族は親戚になったことをとても喜んでいますわ。私もずっとお二人にお会いしてみたかったのです」


「貴女にそんなふうに仰ってもらい、とても光栄です。是非、両親に会って下さい。ふたり共きっと喜ぶと思います」


 ふたりの話が弾んでいるのを見て、ほくそ笑みながら兄のジュリアーノはこっそり席を外した。

そして、他の家族が集まっている部屋に、駆け込んだ。


「エルの相手を見つけました!フェルディナンド君は、まだ誰とも婚約していない筈です。

彼はエルを気にいっているようですよ。

エルの噂が大きくなる前に、御両親に打診してはどうですか?」


皆の期待の眼差しが当主のマルチェロに集まった。

「…もし、ふたりが承諾するなら、エルハナス卿に伺っておくか…」


昔の先祖の恨みを反故にしたマンゾーニ家は、周りが驚くほど素早く行動を始め、ルトガーの家との和解を印象付けた。


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