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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第7章 天国への階段
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第13話  店員さんも見た目が大事

 夜がすっかり涼しくなった、雨が降った後は肌寒いくらいだ。

秋はだんだん深まって行く、お庭の青柿はもう無くなって、色づいて来た。


青柿を収穫して仕込んでもらった柿渋もいい具合に熟成してきている。

これが出来上がればディオ兄の現金収入になるかもしれない。


ダミアンさんとポルトさんが雇ってくれたおかげで保存食料もドンドン作っているし、庭の渋柿も美味しく食べる計画も進んでいる。

今年の冬は食べ物の心配が無くなった、凄いねディオ兄!


今日もいいお天気、まだお昼前だ、「いらっしゃいませー」

ディオ兄はお肉屋さんと八百屋さんのお客さんの相手をしている。


ありがたいことに、ここで雇われてからディオ兄は毎日ちゃんと朝昼晩と3食食べられるようになった。

血色もいいし、何より笑顔が明るい。


「こんにちは坊や」

「あ、奥さんいらっしゃいませ」


 こぎれいな奥さんがやってきた、この人は始めて手伝いをした日に来てくれたお客さんだ。それ以来よく買いに来てくれるようになった。


今日も上品で飾りが少ないモスグリーンの揃いのベストとロングスカートに、大きな襟にフリルの付いた生成りのブラウスを着て肩に薄いショールを掛けている。

この市場の常連では一番奥様と呼びたくなる人だ。


「アンジェちゃんも元気ね~私も娘が欲しいわ~」

あれ以来、あたしに会うためじゃないかというくらい、いらっしゃいませ状態だ。優しい手つきで頬っぺたをスリスリされる。


「あ~い♪」

つい、にこにこしちゃう、身体が赤ちゃんのせいか、愛情のあるスキンシップは大好きだ。


「うふふ、可愛いわねえ」

「可愛いでしょう、僕の妹」

ディオ兄が自慢げに返す、あちゃ~、兄馬鹿は恥かしいのでやめましょう…

「今日はお買い物じゃないの。これ、お兄ちゃんの君にプレゼントよ」


彼に手渡された布の包み、中には古着の子供服が何着も入っていた。


「私ね、初めて君に会ったとき、あんまり身なりがみすぼらしいから買うのを戸惑ったのよ。

だけど、アンジェちゃんを見て、それに、君の物腰が丁寧だったから買い物したの。

それでね、考えたのよ。これ、役に立つと思って」


 ディオ兄の格好は確かに粗末だ、毎日体を拭いたり、洗ったりしているから体は清潔だけど、着るものは洗濯をするが替えが一枚しかないからくたびれている。


ぼろい服装だから、御者のおじさんから浮浪児と言われて鞭で打たれそうになったのだ。


「食品を扱う店だから、もう少しましな格好をしないとお客さんが敬遠するわよ。うちの息子の古着だけど今よりずっと良いから着て頂戴」


古着を貰ったディオ兄は喜んでぺこぺこと頭を下げてお礼を言った。


あー!盲点だった!あたしも気が付けばよかった、ディオ兄の栄養ある生活ばかり気にしていたし、これから冬に備えなくてはいけなかったしで、服のことは頭になかった。


だってディオ兄はまめに洗濯するから清潔で気にならなかったんだもん。


「有難うございます、僕も服装は気になっていたんです。だけど、そこまで余裕が無くて」

「あー、もしかして早い時間の客が少ないのはディオの格好も関係してたのか?」


「う、雇っているのだから大人の俺たちが雇い主として気を付けてやるべきだったな。

すまねえな、奥さん」

ポルトさんとダミアンさんが気づいてやれなかったと反省の弁を述べた。


「家ではフロリス商店という雑貨商をやっているから言うのだけどね。店員の身なりが悪いと客は二の足を踏んで、入る客も入らないものよ。

ここは食品店だから、たとえ露店でも気を付けないといけないわ。身なりをよくすれば午前の客ももっとくるでしょ、頑張ってね」


「「「ありがとうございました」」」


 サシャさんのところに寄り、家でお昼を済ませると奥さんのくれた服から一番地味なものを選んで身に付けた。


「ちょっと勿体ないな、古着屋で値段をみたけど、これ結構高いと思うよ」

『奥さんの息子さんの物と言ってたね、古着屋に物を売らないで済むくらいの暮らしだから、奥さんはお金持ちかな』


 この世界はエンゲル係数が異様に高い、貧しい家では借家の家賃が収入の3割だとすると、残りの7割が家族4人の食費くらいのようだ。

新しい服を買える家は中流以上の家庭なのだ。


だから、子供が大きくなって着られない服など直ぐに売るのが普通だ。

街には流しの古着商がたくさん来るし、古着屋も多い。


古着とはいえ、これだけの服を一遍に買うなんて今のディオ兄にはできない。

冬になる前にこれだけ貰えたのは有難いことだ。


 そういえば、この廃墟は地主がいるだろうに、住み着いていて文句を言われてないのだろうか?

その疑問は夕方にやって来たセリオンさんが教えてくれた。


「おお!ディオ見違えたぜ。馬子にも衣裳だな」

戻って来たディオ兄の格好にダミアンさんとポルトさんから冷やかしが入る。


本当に、着替えたディオ兄は浮浪児から、ちょっと良い商店の見習い店員さんにグレードアップした。

ちゃんと靴も履いている、ちょっと照れくさそうに笑って、ディオ兄はアイスブルーの目を細めた。


身に付けているのは奥さんから貰った服だけじゃなかった。お昼の間にダミアンさんとポルトさんがエプロンを買って用意してくれたのだ。

そのうえ靴まで!ちょっと大きめだけどディオ兄は大喜びで礼を言った。


 革靴はちょっといい所の子供でないと履けない、普通の家では子供に木靴を履かせている。

うんと貧しい家の子は裸足も珍しくない。

市場で雇って貰った数日後、それまで裸足だったディオ兄は、すぐに木靴を買いに行ったものだ。


「すごいや!木の靴じゃない!革の靴だ!ふたり共有難うございます」

受け取ったディオ兄は靴を持って慌てて足を綺麗にしに行った。


 すっかり小ぎれいになった売り子のディオ兄が店頭で呼び込みをすると、いつもより足を止める人が多くなった。

そのせいか、いつもよりもさらにお客さんがやって来た。


 もともと安いうえに、赤ん坊を背負った子供店員の暗算が早くて凄いと評判になって、見物がてらに買い物する客も増えたのだ。


いつものように割引!!と叫んでいるお客さんをドンドン捌いて行く。

晩御飯を誘いにやって来たセリオンさんは、そんなディオ兄の様子を見て呆気にとられていた。


「お前、賢い奴だと思っていたが、こんなに凄かったんだな。ガイルさんが話していたけど、これなら商店の奉公もできるぞ」


「あんた、よしてくれ。ディオはもう俺らの店員だ、他所にはやらねえよ。ディオ、今日は茄子とキャベツ持って帰っていいぞ」


「そうそう、大店なんて嫌な先輩がいると大変なんだぞ。ディオ、今日はチーズを持って帰って良いからな」


セリオンさんは、2人の慌てようを見て、分かった、分かったと笑って閉店するまで膝にあたしを座らせて商売を眺めていた。

ディオ兄が忙しく片づけをしている間、セリオンさんと念話をしていた。


『セリオンさん、ディオ兄が仕事終わるまで散歩してくれない?ディオ兄が忙しすぎて回りをゆっくり見たことが無いの』


よしと呟いた彼は立ち上がって辺りを見渡すと、ディオ兄に閉店まで散歩してくると伝えて歩き出した。


「行ってらっしゃい~!」

見送るディオ兄に手を振って、市場のある広場から隣接する建物を見て回った。市場と違って仕立て屋や古着屋、小間物屋、いろいろな商店があるが、市場ほど庶民的な店はどこにもない。


セリオンさんに高そうな店が多いと感想を漏らすと、そういう安い店はこんな家賃の高いところには無いそうだ。

四角い広場からは碁盤の目のように店や家が広がっている。


「お前が拾われた東のほうの通りを見てくるか?」

「あ~い~」『よろしく~』


セリオンさんに抱っこされて通りを行くと役所や装飾品店、高級な生地屋があり、さらに行くと教会があった。


 藁帽子を被った黒い古びた僧服を纏った初老の男性が、前世の教会のような建物の庭で、草むしりをしていた。こちらに気がつくと立ち上がり、手の泥を落とすようにはたくと、呼び止めてきた。


「やあ、セリオン。お祈りにきたのですか?」

「まさか、俺が信心のない不届きものだというのは御存じでしょう」


「相変わらずですね、でもまあ、その様子なら元気という事ですかね。君が神に御すがりするなんて余程の事でもない限り有りえませんから」


 教会のようだから神父さんかしら?恰好もそっくりだ。

背の低い柵越しに近づいてあたしの顔をじっくりと見ている。


日焼けして目元には深い皺が何本も刻まれている、教会よりも農家にいた方が似合っているような、遠くで見ると細く見えたがガッシリとした体格のおじさんだ。

オレンジ色の短髪で緑色の目が優しく穏やかだ。


「可愛い赤ちゃんですね、この子がディオ君の妹ですか?」

「よくご存じで、ええアンジェリーチェです」

「あの子も感心な子です。昨日野菜を買いに行きましたが、よく働いている。たいしたものだ」


 この世界の宗教観を知りたいな、中に入れないのかな?

教会の形は前世の雰囲気とそっくりだが、どんな神様を拝んでいるのかしら。


「レナート神父、アンジェを、神様にご覧になって頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

ふむ、神父さんと呼ばれているのは前世と同じか。

「おお、それは良い事ですね、どうぞドットリーナ教会へ」


神父と呼ばれたレナートさんは喜んで中に入れてくれた。元王都のフォルトナに近いのに意外に質素な教会だった。


奥の壁に祭壇が設けてあった、その天井に近いところにシンボルマークらしい十字架の中心上に丸い輪のリースのような飾りが付いていた。


祭壇の両脇には鉄製の大きな燭台が立っている、像の両脇にある花籠は野辺の花が飾られている。

生前、旅行したフィレンツェの小さな教会だってこれより数倍豪華だったと思う。


そして祭壇の像は…エルフ?耳が少々長い牙のある古代ローマのような衣姿の男性の1メートル程の高さの座像が鎮座している。

え?なんで牙?しかもエルフもどき?何か神様に見えないな。

彼は祭壇の前で神様の座像の足に(ぬか)づいて、神様に祈りを捧げた後にこちらに向き直った。


「アンジェリーチェが健やかに育ち、和やかな日々を得られ、神の導く声が届きますように」

神父さんは祝福の言葉を述べて、あたしの額に香油をチョンとつけると、ニコリと微笑んで小さな白い花を襟元にさしてくれた。


「アンジェへの祝福を有難うございました」

セリオンさんはお礼を言うと、教会を出るときに御布施箱に数枚の大銅貨を入れて外に出た。


『ありがとうセリオンさん、前世と違うか見たかったの』

「ああ、今度一緒に外に出たら他の教会にも行くか?」

『他にも違う神様がいるの?』

「国教は今のドットリーナ教だけど、基本は多神教の国だからな」


 どんな神様がいるのだろう。そういえばディオ兄がお祈りした神様はここなのかな?前世の日本のように何でもありみたいな神様がいらっしゃるといいな。



 サシャさんのところに寄ってから、セリオンさんがまたお店に連れて行ってくれた。

賑やかな店内で女将さんが注文を取ってまわる、出来上がった料理がお客さんのまえに運ばれているのを見て、ディオ兄のお腹の音が盛大に聞えて来た。


「えへへ」照れ笑いする彼を笑いを嚙み殺したセリオンさんが軽く小突いた。


*きゃっきゃっきゃ*


大笑いするあたしを見て、まわりの常連さん達は笑顔でコップのお酒を飲んだ。


「アンジェちゃんかわええ~」

「癒されるな~」


「お前の住んでいるあの土地な、ルトガーさんが地主にうまく交渉してくれてさ。

庭の草取りとかしてくれるならタダで住んでいいとさ。

もともと幽霊が出ると評判の場所だから、孤児が住み着いていると聞いてびっくりして、「子供は大丈夫なのか」、と心配してたそうだ」


「良い地主さんで良かった…でも無料でいいなんて」

「ルトガーさんは、「むこうは金持ちだ、気にするな」と言ってたよ」


そこまで話すとセリオンさんは就職祝いと言って料理をドンドン注文した。

いつもの女将さんが張り切って御馳走を運んで来る。


 店の常連さんがあたしをあやしてくれて楽しい時間をすごした。

お腹一杯になるまで食べて幸せそうなディオ兄を見て、あたしも胸の奥が暖かくなった夜だった。


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