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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
121/288

第121話 マンゾーニ家

 マンゾーニ家の当主、マルチェロ・マンゾーニの薄くなりかけた頭が、控えめな光を放ってなでつけた髪のすきまから見える。

近頃太り始めた彼はまだ馬に乗れると、息子が止めるのも聞かずに騎乗したために、あっさり落馬したばかりだ。


彼の年齢を思えば打ち身だけで済んだのは幸運と言えるだろう。

それでも、いまはその痛みで歩くのも苦労の有様だろうに、人前では決してそんな態度は見せない。


そのマルチェロ・マンゾーニの弱点を探すなら何といっても家族といえるだろう。

とにかく子煩悩、愛妻家、貴族の男では珍しい家族思いの父親だ。


 グリマルト公爵は、目の前の男、マンゾーニ公爵を改めて調べ上げた報告書の内容を思い出しながら会っていた。


―マンゾーニ家は相変わらずガードが固い、この家の弱点といえば亡き娘ベラスカと家族くらいだろう。

さて、ルトガーの娘のためにもうひと頑張りするか…


彼が可愛がっていた長女のベラスカは、過去にマンゾーニ家と裁判で争ったオルテンシア家の庶子セリオンと恋仲になり、彼の怒りを買い修道院に入れられ若くして死去した。


ルトガーの家のお陰で、愛する娘を修道院にいれる羽目になり腸が煮えくり返っていたはずだ。


グリマルト家の屋敷に招かれたマンゾーニ卿は、品の良い客間に通されて香ばしい茶の香りを鼻腔一杯に楽しんでいた。


「これは初めてですが、何のお茶でしょうか?」


「ちょっと変わっているが美味いでしょう?玄米茶です。最近カラブリア卿が送ってくれましてね」


本心は早く自分の孫のセルヴィーナの話をしたいだろうに、平常心を保っている。

貴族の間では注意深く、慎重な男だと評価される彼は、気楽なおしゃべりでも、やはり注意を欠かさない。


それは彼の家が代々内務大臣を務め、貴族を裁く司法にも携わっているという高い意識がそうさせるのかもしれない。


「彼は家出していた次男が見つかったそうで幸運でしたね。私もあなたのお陰で存在も知らなかった孫娘と会うことができました。


しかし、裁判に私情挟んではいけないと、私に彼女の素性を伏せていたのはわかりますが、何故私の家でセルヴィーナを引き取れないのですか?」


「今回のスキフォーソの処罰はかなり厳しいと言えます。

廃爵だけでなく、当主の孫の代まで、貴族はおろか騎士も郷士も、紋章を受け継げるような身分全てを禁じたのですから。

そんな裁判ですから、証言をする彼女のことはギリギリまで伏せました」


マンゾーニ卿は心を落ち着けるように茶を口に含んだ。

質問の意図を外された答えに少々イラついたからだ。

そんな事は少しも気づかぬ様子でグリマルト公爵は続けていった。


「王室公爵のエメレット家の次男が興したのがスキフォーソ子爵、王一族の顔に泥を塗られたようなものですからな」


「いかにも、私が担当する裁判ですからよく存じております。

私は、孫セルヴィーナに関係を無理強いし、36人という命を奪った畜生を決して許さない。

私が彼女の存在を知っていたら、もっと早く死罪を言い渡しました」


マンゾーニ卿の言葉がわずかに怒りと熱を孕んで来た。

きっと、この先もっと興奮するだろうと、グリマルト公爵は顔に出さずに苦笑してしまった。


「セルヴィーナ嬢はスキフォーソに無理やり妾にされて、子供を産んでおります。貴族の跡取りとして相応しくないと、他の娘たちとおなじように生き埋めにされるところでした」


「ちょっと待ってください、セルヴィーナは子供を産んでいたのですか?

裁判では、彼女は軟禁されたと証言したが、子供の事は…」


「この裁判で、彼女と同じように決定的な証言をした人物がいたでしょう。

若い執事のライオルトです、赤子を旅芸人の一座に金をやって逃がしました。

その赤子の所在も既に突き止められました」


「それでは、私の曾孫がいるのですか?!その子は今どこに?

何故私にいってくれなかったのです?ふたりとも家で引き取って静かな暮らしをさせてやります!」


「それは諦めてください。言いにくいが、貴方がベラスカを修道院に送ったことにより、マンゾーニ家は彼女との縁を切ったと紋章院は判断しています。


それに曾孫は、わしが調べ出した時には、既にある貴族の跡取りになっており紋章院でも登録済みです。

貴方が騒いではその子の将来を潰すことになりかねない、そのために私は今まで黙っておりました。


わしはセルヴィーナ嬢が子供と一緒にいられるよう、裁判後、彼女のことはその貴族にお願いして託すことにしました。

彼なら、娘共々彼女の幸せを考えてくれるでしょう」


その言葉を聞いてマンゾーニ卿は明らかにがっかりしてみえた。

跡取りに迎えられているなら、その家が今更子供を手放すはずが無い。

しかし、血縁がない赤子を、本当の子と偽って引き取るのだろうか?


「孫はその貴族の妻になるのですか?まさか妾ですか?」


「いや、セルヴィーナは彼の家の当主として迎えられます。彼は伝統ある先祖の家を再興することにしたので」


「ちょっと…それでは…まさか…?」


「貴公の曾孫の名前はアンジェリーチェ。貴公の大嫌いな因縁のオルテンシア家、いや、ハイランジア家の血を受け継ぐ第一継承者ですよ」


「なんだとー―――!!!」

マンゾーニ卿は我を忘れて絶叫した。


*      *       *      *


 ダミアンさんが頑張り、野良作業の合間に柿を植えるのに良い場所を見つけ、さっそく春に種を植えておいてくれたお陰で柿の幼木が増えている。


そこで、人の来ない時間に「猿蟹合戦の唄」を歌って成木にしたのよ。

唄とともにゴンゴン成長する柿の木。

一緒に見ていたダミアンさんは、呆れかえっていた。


ちょっと危ないけど、こうでもしないと、アルゼさんの無茶な注文に応えられない。発酵は専用の施設を作ったので温度管理ができるようになった。

少しでも失敗の要素を減らすための初期投資だ。


「アンジェのお陰なのか、実の成長が早い木があるんだ。今日から収穫したほうがいいかもね」


「ちょうでちゅね。あまり大きくないほうが柿渋に良いでちゅから」


柿は悪い実が自然に落ちる生理落下という性質を持っている。

余分な実をとるなら、この生理落下が終わる6月から8月に行うので、もう仕込みを始めても良いかもしれない。


落下した小さい実は、ディオ兄が実験に使うのでバイトのお年寄り達に残らず拾っておいてもらった。

撥水、防水剤の製造は今年から人を正式に雇うことにした。

バッソの雇用促進担当のガイルさんは仕事が増えて喜んでいる。


この注文を捌けられれば、商売の信用も上がってバッソに安定した雇用が生みだされる。

以前と違ってお手伝いがいるので、今年の青柿の仕込みはたっぷりすることが出来そうで嬉しい。


「やりまちょう!柿あつめるでちゅ!」


 屋敷の敷地内の青柿の収穫は身内ですることにして、さっそくスレイさんが梯子を運んできてくれた。


「それじゃ、スレイ、木の下にいて柿を受け取って…」

セリオンさんが梯子を立て掛ける前に、子供が木の下に走り込んで来た。

服は男の子が着るものだが、見覚えのある女の子だ。


「あたいが手伝うよ!木登り得意」

「え?この子は、あれ?」

「山にいた家族の女の子だ」

「ほわ!シェルビーちゃん何処から入ったでちゅか?」


へへん、と、鼻の下を指で擦ると、悪びれることなく侵入経路を明かした。


「前回は警邏兵の兄ちゃんに見つかって捕まったから、こんなふうに…」

彼女は地面に伏せて素早く匍匐(ほふく)前進をやってみせた。


「こうやって生垣の隙間に潜り込んでお庭に入った!」


言うが早いかシェルビーちゃんはぴょんと柿の木に飛びついて登っていく。

そして、あれよあれよと言う間に、青柿がざらざらとついている木の枝に手をかけた。


「ふお!シェルビーちゃん、早い!」

「お、なかなか身が軽いな」とセリオンさんが言うと、スレイさんも感心して見ている。


「この子は運動神経が良さそうだな。今のうち仕込めば良い護衛になるかも」

その言葉に、セリオンさんも同意して、「ああ」と声をもらした。


シェルビーちゃんは枝に跨ると下に向かって大声で叫んだ。

「そこの兄ちゃん投げるから受け取って!」

そういうと、枝からもいだ青柿をスレイさんにポンポンと投げる。


「よっし!いいぞ、どんどんこい」

*パシパシパシ*

彼は何でも無さそうに左手で3個の柿を掴んで背負子に放り込んだ。


「お、やるねえ。それじゃあこれはどう?」

うわ、シェルビーちゃん、小さいとはいえ同時に4個投げた。

*パシパシパシパシッ*

おお!彼は全て簡単にキャッチしてしまった。

「凄いね、スレイさん。器用だなあ」


ディオ兄の明るい笑顔とは対照的に、投げたシェルビーちゃんの顔が強張り小さく呟いたのが聞こえた。

(この兄ちゃんおっかねえ…)


その様子をセリオンさんが見ていた。

『なあ、アンジェ。今、シェルビーは何て言った?』

『この兄ちゃんおっかねえ、って』

『スレイさんはニコニコしていたのに、何が怖かったのかな?』


なるほど、と言うとセリオンさんは、「彼女は護衛の素質が本当にあるかもしれない」と言った。


 一日が終わり、就寝の時間になった。

あたし達はまだ小さいので子供部屋で過ごす、その部屋の続き部屋がセリオンさんの寝室になっている。

おかげで安心して3人で内緒話ができる。


「シェルビーは感が良いのだろうな」

昼間の彼女の言葉を、セリオンさんはそう受け取った。


ベッドで、あたしを膝に座らせたディオ兄が、あたしの小さい手を握っている。

もう夏だから抱っこされていると背中がちょっと汗ばむ、ディオ兄は暑くないのかな?

「彼女がおっかねえって言ったときに何があったの?」


 あのときは、青柿を受け取るスレイさんは、利き腕を使わずに柿の実を掴んでは背負子に放り込んでいた。それだけ。


「スレイは人懐こいし柔和だが、パーシバルさんが選んだだけあって見た目と違って隙が無い奴だ。

彼女は利き腕を決して塞がないスレイの用心深さが怖く感じたんだろう」


急に飛んで来た物を、利き腕を使わずに処理する反応、スレイはやはり一流の護衛だよと語った。


 護衛の最中に、利き腕を塞いだら、もしものときに武器を持つのがワンテンポ遅れる。

その用心深さを、怖さとして気がついたシェルビーちゃんは、凄い才能があるのでは?


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