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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
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第119話 天使と呼ばないで

 捜索に協力してくれた人達には、事の起こりはあたしで、セリオンさんが居ないのを寂しがって家出してしまい、ディオ兄が追いかけて山で迷子になったと説明している。


バッソに無事戻ったあたし達は、真相を知っているパパからは形式上のお叱りを受けた。事態を知らないセリーナ先生にはしっかり怒られた。

でもまあ仕方ない、事態を丸く収めるのに、一番適格なのがあたしだったという事である。


 町の人達は、バッソの次期領主であり、まだ赤ちゃんのあたしが水晶山を登って行ったという冒険話で持ちきりである。

それも、いくつもの英雄物語を紡いだハイランジア家という血統のお陰で、あっさりと疑いも無く受け入れられた。


ハイランジアの先祖は人よりも発育が早く、人間離れした体力であることが有名なので、みんなあたしの事を不思議に思わなかったそうだ。


なにせルトガーパパは2歳でバク転できた人である。

ガイルさんの話だと、50キロのプレートメイルをフル装着したうえで、片手逆立ちと側転やった怪物である!


おかしい!ハイランジアの体力おかしい!

そのため、パパを知る人は、「あの人の娘ならわかる」で納得したそうだ。


 巷では、あたしの動きは、竈のわきに積んだ薪に潜むエンマコオロギよりジャンプ力があり、ハイハイする姿は床の端を走るゴ○○リより素早いと評判である。

もうちょっとラブリーなもので例えろ!!!(泣)


 ともかく、ガイルさんが情報操作に奔走してくれたお陰で、要らぬ詮索をされずに済んだわけだ。


山で出会った家族は、暫くバッソの仮の住民として暮らす。

小柄なおじさんがロッソさん、彼は独身用のひとり部屋を使うのが初めてだととても喜んでいるそうだ。


髭のお父さんはビアンコさんといい、バッソに着いた彼らは、以前フェーデ君の一家が住んでいた家族用長屋の部屋を宛がって貰った。


ビアンコさん達が隣の領地から来たのは、化け物から避難するためだったので、隣の領主マルヴィカ卿と連絡待ち、身の振り方が決まるまでは無料で住むことができる。


まだ、あの大蛇のような魔獣が他にいたら危険なので、カラブリアから船で使いを出すことになったが、あちらでも調査をしてから返事をするだろうから1,2ヶ月はバッソに留まることになるかもしれない。


マルヴィカ領は海抜0メートルの海岸から2000,3000メートル級の山がいくつも重なり、豊かな漁場のある領で、カラブリア領とは定期連絡船もあり商、防衛的にも連携を保っている。


社交とは縁遠かったパパのために、カラブリア卿がマルヴィカ卿宛に手紙をしたため、パパの手紙と大蛇事件の報告書に添えてくれた。


図らずも今回の事件で、男爵になりたてのパパは、カラブリアを通じて山向こうの領地のマルヴィカ卿と知り合う機会を得たわけだ。


パパは喜んでいた、険しい山道だがバッソの水晶山から抜ける方法がある以上、お隣さんとは仲良くしといて損はないものね。


*      *       *      *


 貴族の子供は一日中子供部屋で過ごし、食事もそこだ。

だが、早くマナーを覚えるためというパパの方針で一緒に食べている。


 明るい食堂のテーブルに、お庭で最後に咲いた青い紫陽花が白い花瓶に活けられている。今日の卵料理はスクランブルエッグだね。


クイージさんがあたしのために作ったスクランブルエッグは、山羊乳をちょっと多めに入れて舌でもすり潰せるくらい、うんと柔らかに仕上げてある。


パパとディオ兄と、同じメニューを食べられるように、いつも工夫してくれるクイージさんの気遣いが嬉しい。


この世界の人は歯が悪い人が多く、中年の人でも笑うと歯が何本も無い人がいる。せっかく男前のパパの歯が抜ける前になんとかしたいな。


御茶を飲みながら、ディオ兄が山で出会った家族の様子を尋ねた。


「お義父さん、あの奥さんは身重だったでしょう?あんなことが有ったけど大丈夫でしたか?」


「ああ、産婆さんとレナート神父が診に行っている、今のところ元気だ。

あの人たちはリゾドラート出身だが、理由があってマルヴィカの奥の村に身を寄せていたそうだ。

国を捨てたというのは尋常ではない。神父、ガイルと共に話を聞くことにした。それに…」


 そこで唐突に会話が断たれてしまった、窓の外で騒ぐ声が聞こえる。

すぐに窓際にセリオンさんが近寄り、ダリアさんがあたし達を守るようにそばにたった。


屋敷の庭に侵入者がいたのだ、警邏兵と屋敷前の担当の掃除のおじさんが困り顔でひとりの子供を取り押さえている。


「あたいはアンジェ様に会いに来たんだ、悪い奴じゃないやい!」


皆で庭に降りてみると、警邏兵に捕まっているのは山から避難してきたシェルビーちゃんだった。

壁際には彼女が脱ぎ捨てた木靴があった。


「申し訳ありません、男爵様。お騒がせ致しました。この子が屋敷の壁面をよじ登ってまして、引きずり下ろしました。すぐに連れていきます」


「そうか、手荒にはせず、すまんが言い聞かせてやってくれ」

「はい、すぐに説教して親に引き渡してきます」

シェルビーちゃんの襟首をつかんでいた警邏兵が、パパに頭を下げた。


警邏兵を見上げた彼女は口を尖らせてから気持ちを吐き出した。

「あたいは天使様と一緒にいたいだけだい!」


パパの顔色が一瞬のうちに青ざめた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれ!やっぱり俺から話して聞かせる。君たちはもう戻っていい。有難う、ご苦労だった」


「天使」と聞いたパパが途端に焦りだして、シェルビーちゃんを引き取った。

彼女はにこにこしてあたしを見ている、まいった…

またここに変な誤解をした人が…男爵家の皆さんで手一杯なのに…


 まじまじとシェルビーちゃんを見る、バッソの子供に比べて日焼けしていて、細身だが筋肉がよく発達している。

背が高いせいか、着ている物がツンツルテンだ。

可愛い顔をして、いかにも気の強そうな顔で、庭から退出する警邏兵さん達に、あっかんべーをしてから木靴を履いた。


さささっと、シェルビーちゃんを、パパに目配せされたメガイラさんが手をとって子供部屋に連れて行った。


部屋に入ると、パパがかなり動揺しながらシェルビーちゃんの肩に手を置いて質問した。


「き、きみ、さっき言った天使様ってどういう事かな?」


彼女はよくぞ聞いてくれたとばかりに嬉しそうに答える。


「あたい聞いたんです。天使様が来る前に、頭の中で声が聞こえた。

天使がなんとかで…えっと…人をとき放つ…とか。

始めの言葉は堅苦しかったし、蛇に追っかけられている最中でよくわかんなかったけど、その後の言葉はよく分かったんです。あたい達を天使様が助けてくれるって!」


「頭の中に声がした…まるで…」

セリオンさんとディオ兄が不安そうに、曇り始めた顔であたしを見た。


あたしの頭の中で聞こえた声、それはチェロ君だった、もうひとりはアンジェロ・クストーデさん。

ふたりとも、あたしに干渉できる程の不思議な力があるが正体不明!

しかし、天使がどうのなんてどちらからも聞いて無い気がする。


山のなかを歩いていたとき意識のない夢遊病状態だった、声なんぞ聞こえていない。

彼女に呼びかけたのは誰だったのだろう?あのふたり?


いや、それより行き掛かり上、彼女達を助けに行ったけど天使は関係ないから。


「うちの子は天使なんかじゃない、変な呼び方をして国教会に怪しまれて魔女呼ばわりされるようなことは困る。その呼び方は止めてくれ」


「こっちの国でも教会のうるさい監視があるの?」

「監視?君たちのいた教区では、教会はどんな監視をしていたのかい?」


「うーんと、教区でなくて司教区ってところだった。司教さんがいて、見渡すかぎり全部司教さんの畑。毎日、教典を暗唱させられて覚えないとぶたれた。そんで、司教区の外は悪魔に出くわすから子供は出られないって。」


「それは居心地の悪い生活だったろうね。他に君が嫌な事はあったかい?」


「やな奴ばっかだった。あたい、修道院に泊まったお客さんのお手伝いをしてあげたんだ。お客さんが喜んでお駄賃をくれたけど、修道僧に取り上げられちゃったの。


修道僧から、「司祭に守って貰えて全てを与えられているのだから、金なんて要らない筈だ。天国に行きたいなら全部差し出せ!」そう言われてさ。

子供が貰った小銭を取り上げるなんてケチ臭い奴でしょう?」


 パパはびっくりして目を見開いた、司教は教皇の直属の役職、その司教が治めるのが司教区。

その司教区が子供の金まで寄進させていると聞いて驚いた。


「リゾドラード王国は大変なことになっていそうだな…」 


パパが考え込んでしまうと、彼女はいきなり、パパとあたしを抱っこしているディオ兄の前に膝間づいて懇願した。


「お願いです、天使…じゃなくてアンジェ様のいるここで働きたい。あたいは10歳、普通の子なら徒弟に出される年齢です」


「領主殿には連絡したが、返事が来るまでゆうにひと月以上はかかる。その後、君の親がもしマルヴィカに帰るとなれば一人になるのだよ?」


「それでも良いです、あたいはバッソで働きたいです」

パパはちょっと困ってしまった。


 パパは8歳のとき、お爺さんによって、騎士修行のためカラブリア卿のもとで養育された。

騎士志望の子は、8歳位になると修行のため親元から離され、城、もしくは親戚や友人に騎士教育をしてもらう。

そこで多くの騎士志望の子供と共に切磋琢磨して騎士になるのだ。


パパは早くに両親が亡くなったため、家を出されたとき、お爺さんにまで突き放されたようで凄く寂しかったと思い出を語ってくれた。

だから、子供のうちに家を出るような徒弟制度には反対なのだ。


執事のランベルさんが渋い顔のパパに加勢するように言った。

「これ!旦那様を困らせてはいけません、屋敷では手が足りています」


叱りつけられたシェルビーちゃんは、たちまち地面を睨んだまま声を出さずにポロポロ涙を零した。これはちょっと気の毒になってしまった。


「パパ、ディオ兄のおちごと、いちょがしくなるでちゅよ」

ディオ兄がちょっとびっくりしながらも、こくりと頷いていった。


「お義父さん、もうすぐ青柿の仕込みが忙しくなります。彼女には屋敷の外の仕事をいろいろ手伝って貰ってゆっくり考えてもらったら?」

「パパおねがいでちゅ」


ディオ兄とあたしのお願い攻撃でパパはしぶしぶ許可をした。


「有難うございます!天使様!!」

「天使様はめっ!でちゅ!アンジェでちゅ」


事の様子を黙ってみていたダリアさんがビシッと言った。


「もしくはお嬢様です!お嬢様を好奇の目にさらすような変な呼び方は禁止です!それにお嬢様のお傍にいたいなら覚えてもらう事も多いですからね。

それでは、まずすることは!」


わくわく顔のシェルビーちゃんが、「まずすることは?」と復唱する。


「教会学校でお勉強です!学力の無い子とお行儀知らずの子が、お嬢様のおそばに仕えるなんて、このダリアが許しません!!!」


「えー!そんな殺生な!」

ダリアさんが、悲鳴をあげる彼女の腕を、わしっと掴まえて説教しながら教会へと去って行った。


「アンジェ、どうして彼女の味方をしてあげたの?」

「パパに会った頃、ディオ兄怒られて泣いてたでちゅ。思いだちちゃった」

「なるほどな…」

ディオ兄が微笑み、パパはちょっと苦笑いしてあたし達を抱き上げた。


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