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いざ高き天国へ   作者: 薫風丸
第4章  活気ある町へ
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第115話 静かなる闇の呼び声

 ディオ兄がゆったりとした鼻歌混じりに食後のお茶の用意をした。

小鍋で煮ているのは近くで見つけたクロモジの小枝だ、煮だすと爽やかな美味しい御茶になる。


蛇バーグを先程食べ終えたセリオンさんがぐったりしている。

「美味しくできたよ♪」

可愛いディオ兄にそんなこと言われて断れるセリオンさんではない。


食した感想だと、意外に美味だったらしいが、都会育ちの彼は精神力をごっそり持っていかれたらしい。

ディオ兄は御口直しだと言って、あたしが教えた、登山で飲んだことがある爽やかなクロモジ茶を作った。


クロモジ茶は、本当は削って乾燥してからお茶にするのだが、山では即席で煮だして飲むことが多い。

枝葉は良い匂いがして昔から日本では爪楊枝に使われているが、他にも使える用途がある。


 あたし達は焚き火のまえに3人並んで丸太に腰かけて、セリオンさんの竹のコップでクロモジ茶を回し飲みしている。

空気が冷えて来たのでお茶が美味しい。


「バッソにもこの木があるといいにょにい~」


「この木ならバッソの水晶山にも結構生えている所があるぞ。欲しいなら今度連れて行ってやる」


「ふお!いきたいでちゅ」

「良かったねえ、アンジェ」


欲しい!これでバッソの住民から歯周病と虫歯の心配を減らせる!

この世界では前世のような磨きやすい歯ブラシは難しいと思っていたのだ。


豚毛の歯ブラシを作れるだろうけど、庶民には結構高価になるかもしれないので、どうしたら安くて良い歯ブラシができるか悩みの種だった。

しかーし!これがあれば何とかなるかも。


バッソの少ない予算でも何とかなる製品!また見っけ!!帰ったらパパに報告しよう。少しずつでも貢献できると嬉しい。


「ねえ、アンジェ。良い匂いがするなら香料ができるかも。手に入れたら俺にも調べさせてね、父上がお酒の研究用に器具を買ってくれるそうだから、それをつかって調べてみる」


「良いにぇー!商品価値のある加工品ににゃるかも!」


クロモジは確か生薬にもなっている筈だ、もしディオ兄が香料を抽出できるようになったら高価な加工品がいっぺにんにできる。


ウキウキと喜んでいたら、ようやく着れるほどに乾いたズボンを穿きながら、セリオンさんが感心したように言った。


「お前達は本当にいろいろ考えるよな。すごい才能だと思うよ」


いきなり褒めてくれたセリオンさんに、二人そろってキョトンとしていると、彼は腰のベルトに括りつけた革袋から魔石をひとつ取り出してみせた。

その透明な水色の魔石はディオ兄が倒した魔獣のものだ。


「今回のアルバ行きは、魔石をたくさん手に入れれば、俺もバッソの役に立てると考えたからなんだ。

お前達ならきっと役に立ててくれると信じている。これはディオが初めて手に入れた記念の魔石だ、取っておくか、何かに使うかディオの好きにすると良い」


セリオンさんはそういうと、ディオ兄の掌に水色の魔石を乗せた。

針葉樹の森の中に囲まれて、人の目に触れずにいた湖みたいな水色だ。


「きれいでちゅ…」

「先生から、赤、青は割で出やすく、緑や水色も少ない、他の色は希少だと聞いたよ」


「アンジェの誕生日プレゼントは別にとってある。バッソに帰ったらサリーナ先生に見せてみよう。あの人は魔石の研究をしているそうだから、どんな価値があるか知っているだろう」


ディオ兄が炎の明かりに石を透かせてみると、水色の魔石が放った光彩が幾重にも輝いてみえた。


*       *       *       *


 茂みの中の追いはぎのふたりは、息を殺したまま、まだアンジェ達を観察していた。

おっ、小さく呟いた髭の男が口元に指を当てると、セリオンの腰ベルトに通したふたつの革袋に注目した。


ひとつは金が入っているだろう、しかしもうひとつは?

固唾をのんでみていると、セリオンがその袋から何かつまみ出した。

水色の魔石が焚火の炎を映してキラキラと輝いている。


―おお!やったぞ、お宝を持っていやがる!


ふたりはそっと藪から離れて話し合った。


「凄いな、あいつ魔石を持っている。しかも、珍しい色だ」

「やったね兄貴、あの若いのから取り上げてさっさと逃げよう」


ちっちっち、兄貴分のほうが舌を鳴らし、彼の目の前で人差し指を振って、その考えを押しとどめた。


「考えてもみろ、魔獣狩りができるような奴だぜ。怪我したらどうする?

それより、赤ん坊がいるんだぞ。あの子を人質にするんだ」


「おお、あったまいいー!」

「あいつらが寝込んだら、赤ん坊を攫うことにしよう」

ふたりは思いがけない獲物に期待で胸を躍らせた。


*      *       *       *


 小屋の中で横になる前に少し話をした。セリオンさんがどうしても引っ掛かている疑問を口にした。

彼の死にそうな状況に都合よく現れたあたし達の事がどうしても気になるのだ。


「なあ、アルバに飛ばされる前に何か妙なことが起きたのか?」


ああ、ありましたとも…変な声…チェロ君ということになるのだろう。

チェロ君が呼んだのだから、でも…ちょっと印象が違う?


チェロ君ではない声だった、どちらかというと誰の声でもないと言うべきだ。

ごちゃごちゃだった、いろいろな声が混ざってひとつになったような声。


「アンジェ?黙り込んでどうしたの?」

「うん、アルバに飛ばされる前に変な声が頭の中で聞こえちゃ」


セリオンさんがすぐにあたしの様子を見て、顔を覗き込んだ。

「それはどんな声だった?」


『うん、前に会ったことがある男の子…始めはその子の声だったけど、その後は…違う声だった。

その後変な気持ちになって…自分の思っていなかった気持ち』


あたし達が来る前に耳元に声が聞こえて、その時、あたしの物ではない感情が湧いて来た。

此処に来たのはチェロ君が呼んでくれたせいだと分かったけど、それと関係があるのだろうか。


あのとき、礼拝所であたしの頭を占拠した感情は、疑いなく他人のものだった。

「神様に必死に祈ったのに…」、そんな考えはあたしのじゃない…

あたしはそんなこと祈っていない。


神様に絶望なんてしていない、だって神様に期待なんてしていないもの。

他人の声、他人の気持ち、そのことをふたりに話した。


「アンジェはあのとき、まるで何かに絶望したみたいに泣いて叫んでた。

いつものアンジェじゃないって直ぐ気がついたよ。

だけど、別の人の感情が乗りうつるなんて…」


「あの男爵屋敷は以前から幽霊が出るって評判だったろう?屋敷を改装してから出なくなったと思ったのに、お前もしかしたら幽霊にとりつ…」


だああああああぁぁぁ!デコピン発動!!!

セリオンさんは声をあげる間もなく床に崩れ落ちた。


「アンジェ、デコピンは加減を覚えたのに、力んじゃったの?セリオンさん気絶しちゃったよ?まあ、今日は良いかも」


あ、しまった。また白目むいている、ちょっとやり過ぎちゃった。

この有様を見て、ディオ兄がなんで上機嫌で笑っているのか、まことに不思議だわ。いつもならお叱りを受けるところなのに?


「アンジェ」

「あい?」

「11月のカラブリア旅行楽しみだね」

「あい!楽しみでちゅ」


ニコニコしたディオ兄可愛いなあ、海を見える土地の旅行楽しみだわ。

寒くなる季節だからお魚の脂がのって美味しいだろうな…

お寿司は無理でも、せめてアジの干物くらい食べたい!楽しみだわ!


 正気に戻ったセリオンさんにすごく怒られて、柴犬みたいに頬っぺたをムニムニと伸ばされた。

やれやれ、明日の朝は早いさっさと寝ましょう。

力を使ったせいか、本当につかれちゃった…ふぁ…


*      *       *       *


 3人が寝静まった真夜中頃だ、アルバが近い寂れた山小屋。

アルバで魔獣を相手にしたせいか皆、疲れ果てて眠っている。

追いはぎの二人組は、少々離れた場所で彼らが完全に眠るまで根気よく待っているところだった。


「兄貴、あいつらは寝たようだけどまだ行かないのかい?」


「あの男が目を覚ましたら荒事になる、巻き込まれて子供が怪我したら後味が悪い。しっかり眠りに落ちたころ合いをみて小屋の中にはいるぞ」


「おお、兄貴はやっぱり良い人だ」


そんな話をしていると、突然小屋のドアが開いて誰かが出て来た。

息をつめて見守っていると出て来たのは小さな子供だった。

様子を見ているとフラフラと歩きだした。


「おやま、おチビちゃんがひとりで出て来たよ?兄貴」

「おい、何だか様子がおかしいぞ。目が虚ろだ」


アンジェは何かに(いざな)われるように、山道をちょこちょこと歩いていく。

ふたりは不思議に思って後を付けて行った。


*      *       *       *


 誰?誰かが呼んでいる。この声は以前聞いたことがある。

頭の奥が痺れるような、遠い音だ。


…こちらですよ…アンジェ…


ああ、今夜は月明りが綺麗だ。斜度のある山道は、月光を受けて白くぼんやりと見える。道の真ん中は雨水で削られて溝ができて、流されて来た葉っぱが溜まって動けなくなっている。


よく人が通る土が剥き出しのきつい坂道によくある光景だ。

青々とした月が生い茂った広葉樹の葉の間から道を照らしてくれる。

耳は遠い、なのに暗い筈の黒の森に続く道はハッキリと見える。


 アンジェ 地上に降りし小さな天使よ 

人の世の(ことわり)の中で生き 人と共に来るべき審判の日を迎えなさい


誰かの言葉だけが頭に響いては消えていった。


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