第11話 どっちかというと天使でしょ
セリオンさんと向き合ったあたしは前世の記憶を持って生まれた事、通り魔にナイフで刺されて死んだこと、ディオ兄が拾ってくれなければ、こちらでも死んでいたはずだから、ディオ兄を助けるために前世の記憶を駆使していること、新しい名前を与えた事、全てを彼に正直に話した。
「そういう事なのか。信じられないような不思議な話だが、俺はおかげで色々納得できたよ。よく話してくれたな。ごめん、ナイフで脅して。
それでお前、幾つで死んだんだ?話していると大人の女みたいだけど」
う、今のあたしはアンジェリーチェなのだ。前世は前世だ!と言うことで。
『18歳で死んだの…』
サバをよみました。まあこのくらいの嘘は罪にはならないね!はっはっはっ!
「なんだ、俺と同じ年か」
「!!!」
いや、大丈夫ばれない、ばれない…絶対にばれない!
「しかし、お前、その開き直り方といい、情け容赦ない態度といい。
なんか、俺よりはるかに年上に感じるんだよな。
どんな要らん苦労をしたら、そんなふうに、やさぐれる?ぐはっ!」
口の減らない青年にもう一回拳骨をプレゼントしてやった、しかし。
彼が頭でなくて胸を押さえて、青ざめて息が苦し気なのにようやく気がついた。
『セリオンさん胸から手を放してみて』
あたしは彼の正面に浮かんで彼の胸の辺りを透視した。
あらま、やっぱり肋骨が2本折れている、痛めたところがほんのり青く染まって見える。便利だな念視…
『ごめんね、さっきやり過ぎた。治してあげるよ』
「痛ててて」
『ちょっとの間、我慢して』
念動力で骨をきっちりくっつけて、ヒビを修復させ、内出血も治した。
あたしが暴走したせいだ。戦闘などの経験が無いからまったく加減が分からなかった。
以前も勝手に力が発動したことがあったし、こういう力は興奮状態になると危険極まりない。
身体がもう少し成長したら、格闘技でも習おうかな。
前世でもかじっているから習得も早いだろう。
初めての経験で無理やり骨を繋げたからセリオンさんは思わず声を漏らしたが、すぐに息苦しさが解消されて驚いていた。
セリオンさんの顔は派手に腫れあがったまんまで、まるで壮絶な殴り合いでもしたみたい。
申し訳ないので、腫れあがった顔も治してあげよう。
セリオンさんは痛みが消えた胸や顔をさすって、あっけにとられている。
「あれ?痛みが全部消えたけど、何をしたんだ?」
『ディオ兄が怪我した時のために、治療を練習したけど、実際にやったのは初めてよ。まさか最初にセリオンさんに使うとは思わなかったわ』
セリオンさんは凄いなお前、と素直に感心された。
「俺と組んで魔石狩りに出かけたらかなり活躍できそうだな。お前が大きくなったらそのうち連れて行ってやろうか?」
いいねえ、でもディオ兄が許さないだろうなあ…
せっかくの異世界なのだから魔石狩りもしてみたいな。
魔獣というのはどんなものかは知らないが、セリオンさんは随分くたびれていたっけ、かなりの危険が伴いそうだが、金貨を稼げるのだからハンターになる人はかなり多そうだ。
ゲームでもゾンビやモンスターをかなり狩ったが実際に狩ったのは、皆が嫌いな台所の黒いあいつ「G」くらいしかないけど。
よし、今世ではハンターやってみよう。
死ぬ前にやってみたかったことは沢山あった、今度は思い残すことなく生活したい。後悔することのない人生を生きるのだ。
『じゃあ、約束ね。あたしがもう少し大きくなったら連れて行ってよ』
「いいぜ、お前の能力なら安心して背中を任せられそうだ。いいコンビになりそうだな」
大きくなったときの楽しみができたとほくそ笑む。
『ふふ、セリオンさんの目とイメージの同調ができたら、ディオ兄とはまた違うものが見られそうで楽しみだわ』
「イメージの同調?何だそれ?」
空に浮かんだ映像を彼の視界に送り込んだら大喜びしてくれた。
そこで、セリオンさんは子供のディオ兄より身体能力が高いから、戦闘のときはお茶でもしながら、シンクロして、イメージを見て楽しみたいと言ったらドン引きされた。
あたしは安全なところから高みの見物する無責任な観客になりたいのよ!
「そう言えばさ、まえに話していたけどセリオンさんも孤児だったの?」
あたりはすっかり真っ暗になったが木の間に差し込む月の灯りは意外に明るくて、あたし達は話し込んでいた。
「そうだ。お前も正直に話してくれたから本当のことを話してやるよ。
俺は物心ついたときには犯罪組織の一味だった。そこで手先が器用だったので、手始めにスリを仕込まれていたんだ」
ちょっとためらいがちにセリオンさんはあたしの反応を窺うように話を続けた。
「だけど12歳のとき手伝いをさせられて、人を殺した。スリならまだしも、そんなことまでしたくないと思ってさ。
ディオと同じ名前だった友人のリヒュートと逃げたんだが、そいつは捕まって死んじまった。俺は友人を置き去りにして逃げた、それが後ろめたくてさ。
俺はバッソの町に来てスリを働いたとき、ガイルさんに捕まってルトガーさんに引き合わされた。
以来、ルトガーさんの下で侯爵様の配下としてバッソのために働いている。
ディオに会って名前を聞いたとき、世話をしてやりたくなったのは死んだリヒュートのことがあったからだよ」
リヒュート、意味はゴミ、そんな名前を2度聞いたということは…
『もしかして、ディオ兄は同じ組織にいたの?』
「ああ、一時的だったようだがそうらしい。俺は名前の意味までは知らなかったけど、滅多に聞かない名前だから気がついた。
あの組織は攫った子供の名を捨てさせて、与えた名前を名乗らせている。
一人前の悪党に育ったら、また別の悪党らしい名前をつけられるのさ」
要は、スパイとかにある、コードネーム、通り名みたいなものかな。
『ねえ、ルトガーさんはどういう人なの?町の人は親分とか言うけど、別に変な組織の人でもなさそうだし、侯爵様の配下でバッソを管理してるのでしょ?だけど普通の町役人とかでもないみたいだし?』
セリオンさんも困った顔をしてちょっと言葉に詰まった。
そして、実は、と前置きして話してくれた。
「俺も詳しくはまだ教えてもらってないんだ。13歳のときから世話になっているけど、まだ俺には全てを明かしてくれてはいない。
俺が侯爵様の追っている組織にいたこともあるのだろうけど。
ただ言えることは、あの人は貴族か、それに準じた人だということは確かだ」
『貴族に準じた人?』
「本人に爵位がないけど家族に爵位があるとかさ、家をでたけれど血縁だとか、そういうこと」
『なるほどね。あたしはこの世界の常識をあまり知らないから、良かったらセリオンさん教えてよ』
「もちろんいいさ、これから俺たちは仲間だ」
そしてセリオンさんは、あたし達と秘密を共有して、あたしとディオ兄の味方でいてくれることを誓ってくれた。
セリオンさんの腕の中に収まって廃墟の家に戻る途中、彼が言った。
「お前は今日から俺の妹分だ」
『ええ?同じ年齢なら妹分じゃないでしょ?それにあたしの方が強いよね』
鼻息荒くアピールしてみたが、このちびっこい体では説得力はない。
痛いところを衝かれたセリオンさんは、ちょっぴり傷ついた顔をして、辛うじて反論した。
「うう、いやお前、自分が赤ん坊だって忘れてるのか?はためで見て違和感ありまくりだろうが、甘んじて妹分になれ」
く~、悔しいが仕方なく妹分になってしまった。
本当はあたしの方がお姉さんだが、そこは口が裂けても言わないわ。
言いませんとも、せっかく生まれ変わったのだから、年齢なんてリセットしますわよ。
「なあ、質問。ディオはお前が年上だって知っているか?」
『ううん、初めは話ができなかったし。神様、妹をありがとうなんて聞いたから本当のことは言ってない。だから、前世の話もしてない』
「そうか、あいつ神様がくれた妹だって信じているから本当の事聞いたらきっとがっかりする。
中身がこんな奴だって知ったら、きっとショックを受けるから、言ってなくてよかった」
『どうせ見てくれだけ可愛い赤ちゃんですよ、ケッ!』
*バチン* デコピンしてやった。
「あいた!まったく手の早い奴だな。あれ?今泣き声がしたか?」
…うあーん…ディオ兄の泣き声?たいへん、ディオ兄が泣いている!
「ディオが大声をあげて泣く事なんてなかった。あいつはいつも感情を抑えていたのに。お前が来てからよく笑うようになったし、変わったよ」
うわーん…声がだんだん近づいてくる。
「ナイフで脅したことは内緒にしてくれ。それから、お前が、ディオの寝ている間に外でフラフラ飛んでいたのを、俺が見つけたってことでいいな」
なんだ、その北の海で餌を探して漂っているクリオネみたいな状態は…
「うわーん!アンジェー!何処にいるのーーー!!」
そこに泣きながらディオ兄がヨロヨロ走ってやって来た。
「よう!ディオ何焦っているんだ?」
思いがけないところでセリオンさんに出会ってディオ兄が狼狽えた。
セリオンさんの腕のなかにあたしがいたから、どうしたらいいのか困っているようだ。
そこであたしが念話で口を開いた。
『ごめん、ディオ兄、あたしのことバレちゃったよ』
「こいつが外でフラフラ浮いているのを見かけたんだよ。びっくりして後をつけたらそのうち木の枝に引っかかってジタバタしているのを俺が捕獲した。
さあ、ディオどういうことか話してくれるな?」
えっと、あたしはまるきりアホの子としか思えない状況なんですけど。
ディオ兄はしばらく迷っていたが、涙をボロボロこぼしながらあたしに不思議な力があることを認めた。そしてあたしを抱きしめて泣きながらセリオンさんの袖を掴んで願った。
「お願いセリオンさん、他の人には言わないで。
アンジェがいろんな人に狙われるよ。俺はアンジェを守ってやりたい。アンジェは俺の妹だから」
「そうだな、確かに。だから俺は秘密を共有することにする。今日からアンジェは俺にとっても妹だ。
3人で助け合う、その方がお前だけで守るよりアンジェを守りやすいと思うぞ」
どんなことを言われるのかと覚悟していたディオ兄の顔がパッと明るくなった。
まさか、セリオンさんが一緒に秘密を守ってくれるとは思っていなかったのだろう、声が弾んだ。
「ルトガーさんには言わなくて良いの?」
「いいだろう、言わなくて。お前とアンジェが秘密にしたいなら、俺も黙っている、俺たち3人の秘密だ」
『それじゃあ、今日からあたし達は3人兄弟だね!』
「アンジェがセリオンさんの妹になったなら、俺は弟だよね!」
ディオの家族が増えたという無邪気な声が林の中に響いた。
その温かい声を聞いたとき、セリオンに思いがけない嬉しさがこみ上げた。
自分でも意外なことだったが、アンジェとディオが、自分を家族と呼んでくれたことが本当にセリオンには嬉しかった。
読んで頂いて有難うございます。