第101話 ハズレ飴
城下町の広場でくじ引き飴を見つけたが全く当たりが出ない!
セリオンさんに頼んで大人買いまでしたのに外れまくり!
悔しい!悔しすぎて涙が出て来た。
ぐずりだしたあたしを、周りの子供達はすまなそうに見ている、みんな既に飴を舐めてしまっている。
自分達だけが飴を食べていてバツが悪そうだ。
赤ちゃん可哀そうと口々に子供達が気の毒がる中、ひとりの男の子がまだ食べていなかった飴を差し出した。
「これ赤ちゃんにあげるから泣かないで」
おお!と子供のギャラリーから心優しき男の子に賞賛の拍手が沸き起こる。
男の子差し出してくれたのは外れの飴だ。
くれるのかい?とセリオンさんが言うと、彼が頷いた。
「僕さっき自分で買ったのを舐めてるし、これはもともとお兄さんに貰ったから」
先程1等を当てた少年だ、口から紐を垂らして飴を舐めている。
「悪いな助かる」そう言ってセリオンさんは彼に鉄貨をやって、「お礼だよ。これでまた飴を買って食べな」と言った。
男の子はお金を貰って大喜びだった。
「良かったねえ、赤ちゃん」と周りの子供達から声が上がった。
「はい、赤ちゃんどうぞ」
男の子が紐にぶら下がった飴を差し出した。
こんな子供の慈悲にすがるなんて恥ずかしい話だが、赤ちゃんのあたしは喜んでこの申し出を受けいれた。
こんなことならチビ飴でも文句を言わずに食べればよかった。
*グスグス*
「ありゅがとでちゅ」
ちっちゃな手を伸ばしたその瞬間………
がぶっ!!! 耳たれ犬がジャンプして飴をかっさらった!!!
そして、素早く半身を返すと、ガリガリ飴を噛みながら走り去っていった。
貴様―――!!!またかよ!あたしに何の恨みがあるー―――!
やり切れない空気が漂う中、渋い顔のセリオンさんが首をひねって見つめた。
「アンジェ、もしかして何かの呪いでも掛かっているんじゃないのか?こんなに運がないなんておかしいぞ」
「ねえ、アンジェ変な歌うたってない?地下通路で歌を唄って罠を外したって言ってなかった?
その歌がまだ効果が有って、だから、くじに当たらないんじゃないの?」
「そういえば、昨日の廊下にいた警護たちは、気配があるのに人の姿が見当たらなかったと言っていたぞ」
…見当たらない?……はて、それに何の関係が?
いや、まてよ…何か覚えが…当たらない…何にも当たらない!!!
そのとき、あたしの中で脳内再生されたあの歌がよみがえってきた。
あったりゃにゃ~い にゃんにも あたりゃにゃい~♪
アンジェには にゃんにも当たらにゃい~♪
もしかしてあの歌かー――???
ふぎゃあああぁぁぁーー-!
泣き出したあたしを子供群衆は哀れみの眼で見つめた。
何人かの小さい子はもらい泣きまでしている、いかん!
ぐっと唇を引き結んで涙を堪える!
幼気な子供達に心配させるなんて、元大人のあたしの矜持が許さないわ!
『ダリアさんボンボン下さい。皆が気を使っているから見ている前で食べる』
「お嬢様、代わりに珍しい王都の美味しい飴を食べましょうね」
察しの良いダリアさんが、小瓶の中からピンク色のボンボンを摘まんで出すと、子供達に良く見えるようにあたしの口に入れた。
まあ綺麗と子供達から声があがる、うんうん、あたしは大丈夫だからね。
これがあるから、別段飴を買う必要などそもそもなかったんだよね。
赤ちゃん良かったねと誰かから声が出た。皆良い子だなあ、感心するよ。
ギャラリーさん達のサービスのために、口に含まれたとき手をパタパタ動かして御機嫌な様子をアピールして見せた。
パパが特注しただけあって上物のボンボンは、舌にのせると程なく崩れる。
口の中で、甘いシロップと少量のウイスキーが混ざり合い、芳醇な香りとほろりとした酔いが広がっていく。
アル中を心配しているのか、パパ達にはあまり食べさせてもらえないのがつらいよ。うーん!!やっぱり美味しいなあー!
赤ちゃんバイバイ、と安心した子供達が散り散りに去っていく。
バイバーイ!よし、やっと心置きなく悔しがれる。
元大人としては、子供に心配かけるなど意地でもしてはいかんのだ。
「あれ?あの先にいるのは、さっきの盗人犬では?」
ディオ兄が目ざとくごみごみした裏通りに耳の垂れた黒い犬を見つけた。
おお!あいつめよくもあたしの飴を横取りしたわね!
文句の一つも言ってやらないと気が済まないわよ!
「セリオンしゃん、あのこに文句いうでちゅー-!」
思いがけない御馳走に満足したのか、犬は後ろ足をあげて首のあたりを盛んにかくと、のんびりと壁沿いの石畳に寝そべった。
こちらの視線に気がついたのか、犬は先程のことはもう忘れたとばかりに、いかにも呑気な顔で舌をべろりと垂らしてこちらを見た。
「どうやら逃げる気はなさそうだね」
ディオ兄はのんびりした犬に呆れた。
みなで犬に近寄る、そして、あたしは上から目線で文句を言ってやった。
『あんたってワンコは2回もあたしの食べる筈の飴を盗むなんて!お仕置きしちゃうわよ!!』
犬は涼しい顔をしている、「ワホ?」
『こら!あたしが怒っているのが分かんないの?察しの悪い子ね』
へっへっへ、と息遣い荒くべろりと舌を出した犬は、立ち上がって尻尾を盛大に振り始めた。
そして、ディオ兄に撫でてくれとばかりにすり寄ってきた。
あれ?怒っているのを無視しているというより、聞こえていない?
ダリアさんに頼んでもう一個ボンボンを含んで試してみた。
『わんこ!こっちを見なさい!』
酔いを感じているのに、念話で呼びかけても全然犬の反応がない…今度は口に出して反応を窺う。
「わんわん、こっちみるでちゅ」
すぐに黒犬はこちらを向いた、尻尾を盛んに振って、あたしを抱っこしているダリアさんの前に来てお座りをした。
「アンジェ、もしかしてこの犬には聞えないのかな?」
「今までは馬のフレッチャと鴨のアッカ隊長たち、今回のヤモリンに通じたのにか?」
「お嬢様もしかして、その時によって何か条件があるのではないでしょうか?相手によって効果がなかったり、回数制限や時間制限とか」
それじゃあハイランジア城に戻ったら、ひょっとして、もうヤモリンとは話が通じない事もあり得るの?
まだ知り合ったばかりの友達を思い出して切なくなってきた。
お友達になったとあんなに喜んでくれたのに、もう話が出来ないのかもしれないと思ったら、自然と涙が溢れて来た。
「ヤモリンは大事な友達でちゅ…」
べそべそ泣き出してしまったらダリアさんが宥めてくれた。
「もしもお話ができなくなっても大事なお友達には変わりませんよ」
「そうだよ、アンジェ。それにまだ話せなくなったと決まった訳じゃないしね。アッカ隊長とは2回も話したんだから大丈夫だよ」
『う、うん…そうだよね』
心配のあまりちょっと泣いてしまったが、まだ起きてもいないことでくよくよしても仕方が無いと気を取り直した。
「やれやれ、お前が泣き出すと冷や汗が出るぜ。たいがいその後はトラブルが起きるからな」
『人を問題児みたいにいうなあああぁぁー――――!!!』
「おまえ…自分で自覚がなかったのかよ…」
「セリオンさん、お嬢様は天衣無縫ですから」
ダリアさんはフォローしているようでしていない…
あたしの頭を撫でていたセリオンさんが周りを見渡していると、見慣れた人物が買い物客のなかにまぎれていた。
「あれ?スレイさん?」
こちらに気がついたスレイさんが買い物袋を抱えてにこやかに手を振って近づいて来た。
「坊ちゃま、市の見物に来ていたのですね」
ディオ兄は笑顔でこくりと頷いた、穏やかでおっとりしたスレイさんにディオ兄はとても懐いている。
「スレイさんお使いですか?何を買ったの?」
「ランベルさんから、蜜蝋の蝋燭とハチミツを買ってくるように言われたので、買いに来たのです。バッソでは蜜蝋の蝋燭は買えないから」
庶民は獣脂でできた蝋燭を使うが、安いけどかなり臭いし持ちが悪い。
蜜蝋で出来た蝋燭は明るいし、燃焼時間が獣脂より長い、燃やすと甘い香りがするのだが、値段が高い高級品だ。
なので、貴族でも獣脂と蜜蝋を混ぜたものを普段用に使っている。
しかし、来客用に、特に晩餐会などは、蜜蝋か蜜蝋の割合が高い蝋燭を使うようにしないと恥を掻きかねない。
スレイさんが来客用の蜜蝋の蝋燭がないと執事のランベルさんに報告したら、補充のため買い物を頼まれたのだ。
「ついでに、坊ちゃま達のお戻りは何時になるか、聞いてくるように言われたのです。それで、この後は城に伺うはずでした」
「そうだったんですか、お義父さんはお昼を食べてから帰ろうと言っていたので、遅くはならない筈です」
ディオ兄が確認するようにセリオンさんを見上げると、彼もそうだと答えた。
「それでは、旦那様は夕飯まえには帰る予定だから先ぶれを頼むよ」
「ああ、ランベルさんに報告しておく」
そのまま城には寄らずに買い物をして帰ると、スレイさんはそう言って別れた。
そろそろお城に戻らないとお昼ご飯に間に合わなくなる、来るときには馬ですっ飛ばしてきたが、帰りもあれだとちょっとキツイな。
お昼の教会の鐘が市場に鳴り響いた。
「しまった時間が無い、馬で飛ばすから覚悟しろよ」
うわ!ダリアさんの胸に括りつけられて早馬かい!!!
そのとき、いきなり思い出したとばかりにダリアさんが素っ頓狂な声をあげた。
「ああ、私ったら!フェルディナンド様からお嬢様に絵本のお土産があったことを言い忘れておりました!
申し訳ございません、お部屋に置いたままお見せしませんでした」
「帰ったら見ればいいでちゅ、大丈夫でちゅ」
お土産か、こっちは会うとは思ってなかったから、お兄様に何もお返しが無いのが申し訳ないな。
* * * *
別れた後、スレイはセリオン達の様子を物陰に隠れて見ていた。
フォルトナの警邏兵がそれとなく彼らを警護しているのを確認すると、自分の後を付けて来る人間がいないか鋭く神経を巡らした。
そして、周りに自分を見ている人間がいないことを確認すると、人波に呑まれるように去っていった。