第1話 巡り合う兄妹
初投稿です、どうかよろしくお願いします。
週一回の投稿ペースであげるよう頑張ります。
恋愛要素はありません。赤ちゃんなんで…
読んで頂ければ幸いです。
こんちくしょう!空があたしを殺しにきた。
見あげる四角い世界を、真っ黒い雲が一杯に覆いつくす。
ゴトゴトと、体を動かそうと必死の抵抗を試みるが、木箱を揺らすだけで、壁に触ることも出来ない。
悔しさで八つ当たりしたくても、手足をばたつかせるのが精いっぱいのこのむなしさよ。
もしも、雨が降ったら、ここで溺れ死ぬか、低体温症で死ぬかしかないだろう。
終わった!終わったわ、あたしの人生!
34歳のOL、末次安寿は通り魔に刺されて死んだのち、転生して、また死にます!
生まれ変わったら赤ちゃんで、捨て子なんてあんまりだわ…
くっそー!あの旅芸人家族!産まれたとたんに女じゃ役に立たないなんて毒づいて、しばらく何も言わないから安心してたのに!
“生まれ付いての前世持ちなんだから、そのうち役に立つかもしれないから、長い目で見てよ”なんて考えてたあたしが馬鹿でした。
悔しさと悲しさと情けなさが胸の奥から喉へとどんどんせり上がってきて、あたしはついに泣き出した。
「おぎゃー!おぎゃーおぎゃー!」
『まさか捨てて逃げるなんて!バカヤロー!薄情者!人でなしー!!』
やりたいことは沢山あったのに、心残りも有ったのに、結婚してみたかったわ、彼氏ろくな奴いなかったし…あたしときたら男を見る目なかったなあ…
そうだ。お父さんお母さん、先立つ不孝をお許しください…
あ、前世の親に言うのだからこの場合「先だった」と言うべきだわ。
現世の親は人非人だから呪いの言葉をひとつ。野垂れ死ね!!!
あう、こんな事考えるから捨て子の運命だったのかも…
反省します神様、どうかこの哀れな幼子を救いたまえ…
…神様、いないか…赤子が見殺しにされる世界にいる筈もないよね…
そもそも、真面目に生きてきて、通り魔にあっさり殺されちゃった時点で、神様はいないと考えるよね、普通。うう、また涙がこぼれてきちゃう。
*ふん ふん ぐしゅん ぐしゅん*
「ふぐ、ふぇ、え、え」
「赤ちゃんだ…ひとりぼっちなの?」
ふいにあたしの視界を埋めたのは痩せてやつれた小さな少年だった。
彼はそうっとボロキレごとあたしを抱き上げて顔を覗き込んだ。
あらま、可愛い男の子、でも顔色が悪いな。
なあに?はじめ当惑した面持ちだったのに、なんか表情が明るくなってきた。
そして、始めは信じられないと、うわ言のように呟いていたが、だんだん興奮してはしゃぎ出した。
「うわ、可愛い子だ。神様有難うございます。大事にします」
はい?今なにか謎の言葉が聞こえたわよ?
神様ありがとう?どういうこと?あたしはただの捨て子ですけど…
え?君、あたしを育てる気なの?
そこに、頬にポツリと雨粒が落ちて来た。
空を見上げた少年が、慌ててあたしを胸に抱いて走り出した途端、雨はザーッという思い切りのいい音に変わった。
途中の安宿や食堂などが連なる通りの前を少年は走った。
どぶ板が雨水で浮いてゴボゴボと音がする、まだ雨が降ってからさほど時間はたっていない。きっとドブが詰まっているのだろう。
臭いなあ、どうやらこの辺りはあまり裕福でない地域なのだろう。
それにしても、あたしはどうなるのかしら。
少年は町の外れにある廃墟らしい建物に行き着いた。
廃墟なのに割と片付いている奥に入り、2階に上がり藁を敷いた寝床がある場所に座った。
少年の持ち物らしいものがきちんと箱に入れて整理されている。
中には古びた着替えと本、他の箱には擦り切れた毛布やら鍋やらが使用目的ごとに整頓されていた。
床に座り込んだ少年の膝の上で部屋の中を眺めた。
「ここが俺の家だ。今日から赤ちゃんも一緒に暮らすんだよ」
「ばぶ~」
ほう、いかにも孤児の子供が住み着きそうな所ですね。
着ているものはボロだし、ひとりでも大変そうなのに、あたしみたいなお荷物を抱え込んで大丈夫なのかしら。
冬は寒そうだな…凍死しそうで心配になるわ。
しかし、この子と巡り遭ったのも何かの縁だろう、あのままだと雨に打たれて体温を奪われて確実に死んでた。
命の恩人なのだから、あたしもこの子と共に生きる覚悟を決めましょう。
この子は何歳だろう、小学校の低学年くらいかな?
5歳か6歳かな…日本人のあたしには、ヨーロッパ系の顔立ちは見た目だけで年齢を判断できないな…
少年はまじまじとあたしの顔を見てから、また抱きしめた。
「寂しくて教会に毎日お祈りしたら本当に家族ができた。俺はもうひとりじゃない。神様がくれたんだ。そうだこの子どっちかな?」
え?ちょっと何するの?ええ?ええええ?きゃー!見られたー!
ひーん、もうお嫁に行けない!恥かしくて死ぬ!
「そうか女の子か、名前はどうしよう…」
赤面したあたしは、ジタバタと手足を動かして、抗議の意思を示したが、分かってもらえなかった。
涙目の乙女心をえぐったとは知らずに少年は淡々としている…
この先オシメ替えはこの少年がやるのか、うう、恥かしい。
「いい名前をつけたいな、こんなに可愛いし」
あ、名前つけるの?前世はあんじゅ…
「そうだアンジェリーチェにしよう。それで普段はアンジェって呼ぼう。教会の神学者さんが諳んじてた古い詩にでてくるんだ。天使が来るって意味なんだって。
可愛い赤ちゃんにぴったりだよ。今日から、俺の妹のアンジェリーチェでアンジェだ」
ほうほう、前世と似ていて混乱がなくていいですよ。
この少年、なかなかの美少年だ、黒だと思った髪の色は濃紺だった。
瞳の色はきれいなアイスブルーだ。
鼻筋も通っていて間違いなくイケメンですよ!
ふあー!こんな息子が欲しかった!いえ、ショタと違うよ!
思わず手を伸ばすと少年の頬を撫でて『名前を教えてよ』と心の中で念じた。ちっちゃな手でぴとぴとと少年の顔を触る。
「だーう、だあ、あーい」
『名前教えて、教えてよ!名前、ほら名前!』
少年は急にびくりと痩せた肩を跳ねた。
そして、あたしを強く抱きしめると周りをキョロキョロと見まわした。
誰もいないのを確認すると、気のせいかとほっと息をついた。
「今日から俺がお前の兄ちゃんだ、俺の名前はリヒュート(ゴミ)だよ。煙突掃除の親方がそう呼んでいたから、たぶんそれが名前だと思う」
なんと!それは塵とか廃棄物とかの意味だよ!あたしはイタリア語が第二外国語だったからわかる。
もうだいぶ忘れてるけど…
こっちと同じ意味かは知らないけど、もし同じなら、なんて悪意のある名前なのだろう。それだけでこの子が、どれだけくだらない大人に関わって、苦労したか理解できる。
そんな名前で呼びたくないよ!
『リヒュートなんて名前だめ!もっと良い名前に変えなよ』
「え?誰かいるの?俺の名前呼んだ?」
おお、もしかしてあたしの声が聞こえたのかな?
よーし!頑張って問いかけてみよう。
「あ~う、あ~」
(ここ、ここだよ、アンジェリーチェだよ)
神様が遣わしたなんて思ってるんだから、赤ちゃんが話しても大丈夫だよね。
少年よ、神の御業を信じよ!御神託じゃ!お願い通じてー!
「アンジェ?お前が言ったの?」
「あい!あ~う」(そうだよ、お兄ちゃん)
「すごい!やっぱり神様がくれた妹なんだね!」
彼は大喜びで抱きしめた、うぎゃ!苦しい!口から何か出そうです!
落ち着いてー!頭がぐにゃぐにゃするー!ぐらぐらして怖いよー!
ハッとした少年はあたしを抱きなおして謝った。
「ごめんね、アンジェ。大丈夫?」
『あい、大丈夫です』
心でしゃべる赤ちゃんというショッキングなあたしを、少年は度量の広さで受け止めてくれた。
えらいぞ!少年。よく考えてみると、あたしの行動はかなり博打だった。
不気味な赤ん坊だと、気持ち悪がって窓の外に放り出されても不思議じゃなかったもの。
後から考えると冷や汗ものだったわ。
拾ってくれたのがこの子で良かったよ。
『お兄ちゃんの事を教えて』
少年は笑顔で頷くと自分の身の上を話し始めた。
「俺は小さいときに売られた。その先が煙突掃除の親方のところだった。
煙突掃除は子供じゃないと狭い煙突の中に入って掃除ができないからね。
火傷で死んだ年長の子を見て、次は俺が殺されると思って隙をみて逃げ出した。
そのあと、浮浪児になって、孤児院に入れられたけど、そこも逃げたんだ。
今は、ルトガーさんに道路掃除の仕事を貰っている。親方のもとで仕事に就いている子供は孤児院に入らなくてすむからね」
なるほど、それでひとりで暮らしているんだ。
そういえば、前世でヨーロッパの児童労働について読んだことがある。
煙突掃除は過酷で、小さい子供が何人も火傷をおって死に至る厳しい職場だったそうだ。
親方は小さい子供を買い、3年か4年で使いつぶしてまた新しい子供を買う。
成長して煙突の中に入れなくなった子供を意図的に殺すことも横行していた。煙突掃除用のブラシが発明されるまで子供は使い捨ての道具でしかなかったのだ。
どうせ死ぬからそんな名前をつけたのか…
親も子供の行く末を知ってのうえで手放したのだろう。
赤子のうちに口減らしをされなかっただけで、この子も同じなんだ。
あたしもこの子も塵扱いにされた…
そんな奴らの思い通りに死んでたまるか!生き抜いてやる!
『お兄ちゃん、あたしが名前つけてあげる!』
「アンジェが?俺は別にこのままでも…」
『だめ!ぜったい駄目!うーんとえーと…』
そんな生きる尊厳のない名前何て却下です!
君には、もっとふさわしい名前があるはずなんだから!
そのときキラリと頭に浮かんだ名前。
『デスティーノ…今日からあなたはデスティーノ、ディオって呼ぶね』
デスティーノ、それは天命、運命、巡り合わせ、神意という意味がある。
廃棄される子供なんかあっていいわけがない!
『あたしも、お兄ちゃんも、これからの人生を、捨て子の運命をひっくり返して、なり上がってやろう。そのための新しい名前だよ。』
フンスと鼻息荒く説明すると、彼は何度も新しい自分の名前を口ずさんだ。
「デスティーノ、だからディオ…俺の新しい名前」
黙り込んでしまったので気に入らないのかと心配していたら、いきなり、高い、高いをされた。
いきなり上にあげられてびっくりしたし、頭が気持ち悪かったけど、彼の晴れ晴れした笑顔が目に飛び込んだ。
気に入ってくれたのね!
あたしはきゃあきゃあと声をあげて笑った。
「凄いや!アンジェはやっぱり俺の天使だね。素敵な名前有難う!」
彼の腕にまた収まるとふたりで目を合わせて笑った。
「そうだ、アンジェのミルクを用意しないと!」
よく気がついてくれた、実はそろそろお腹が空いてきそうなの。
あたしは確か生まれて2,3か月だと思う、確か一日に5回か6回?あれ?8回かな?その位飲んでた気がする。
そのことをディオに話すとそんなに飲まないといけないのかと驚いた。
「今からでも探しに行かないと、誰かオッパイを分けてくれないかな、そうだ、お金を払えばなんとかなるかも…」
『牛乳か山羊乳でもいいよ。人の栄養に足りない物があるから、いつもだと問題があるけどたまになら大丈夫だよ』
「凄いな、アンジェは凄く頭が良いんだね。大人の人と話しているみたいだ」
ぐう!そこは突っ込まないでください、年齢の割に精神が幼いので絶対にバレたくないです。
『それから、ふたりで話ができること内緒にしたほうがいいと思うの』
「それは俺も考えた、悪い人に知られたらアンジェが攫われるかもしれないよ。アンジェの不思議な力は隠しておかないと」
そうだよね、見世物なんか嫌だし。
ああ、そういえば試しにやってみようかな
思念が駄々洩れになるかどうか、伝わって欲しくない情報を…
―ディオが早く経済力のある大人になりますように。
『いま考えたこと伝わった?』
ディオはキョトンとして答えた。
「いや、さっきみたいに伝わらなかったよ。何を考えたの?」
あう、誤魔化そう。お金の事を言ったら傷つくかもしれない。
『お腹空いたかもって。この念話って話したいことしか伝わらないね』
「そうか、じゃあ僕がアンジェに声を出さないで念話?それできるかな?」
ディオはちょっと考えて黙り込んで念じた。
『その布だけで寒くない?』
『寒くないよ、でもおむつの替えは欲しいね』
『おお!アンジェに通じたよ』
しばらく念話を試してなかなか使えるのでディオは大喜びした。
「そうだ!アンジェをルトガーさんに会わせよう、俺の家族が出来たんだから紹介して、この後のことを頼んでみよう」
掃除の親方のことだね。いい人だといいけど。
ディオはその親方から仕事を分けてもらっているらしから、大人しくして好印象をかもすように頑張ろう。
こうしてあたし達、兄妹は運命の出会いをしたのだった。
次は土曜日の22時を予定しています