〈一〉― 8
“神を律する器”または“律されし神の器”という意味を持つ律神器―――『器』ですが、これらには大別して四つの種類があります。
一つは心から産み出される『器』―――【精神】。
一つは魂から産み出される『器』―――【魂魄】。
一つは体から産み出される『器』―――【肉体】。
一つは世界から産み出される『器』―――【自然】。
律神器とは誰かが造り出すものではありません。例えば【肉体】から派生する律神器は、使用者が長年使用、愛用した衣服や道具類などに『万理』が宿って産み出されることがよくあります。【自然】から派生する『器』は、世界の力がより集約する“脈”のような場所に置かれた物体に宿り、産み出されます。
【精神】、【魂魄】の二つは、前述と同様に産まれることもありますが、基本的にこちらの『器』が産み出される条件は別にあります。その条件とは知恵を持つ生物―――つまり人間の想い、もしくは性質と適応する『万理』とが繋がって『器』を形成することです。この場合、『器』の所有者は産み出した当人となります。
律神器の力の優劣は一概に決めることは出来ませんが、所有者の能力を最大限まで高められるのは【精神】から派生する『器』です。律神士の想い、精神力が強ければ強いほどにその力を際限なく引き出すことが可能です。
【魂魄】から派生する律神器も精神と深く繋がっているため、想いの力がすべての原動力となります。しかし、【魂魄】は生まれついての才能や人格、“性”(さが)に強い影響を受けてしまい、精神に関係なくその力を暴走させる危険性を秘めています。
【肉体】は『万理』に適応する部位の身体能力を高めるだけで真価を発揮する便利な『器』です。ですが、人の筋力には必ず限界というものがあり、引き出せる力も律神器の中では弱くなりがちです。
【自然】から派生する律神器は大自然の恵み、天災の『万理』を主とします。『器』も個々で強大な力を秘めているものが多いですが、かわりに『器』の力を具現化する『発現』の条件が他の派生器よりも複雑で、扱える者が限られます。
これら四つから派生する『器』を発現するにあたって言えることはただ一つ、強靭な精神力を養う必要があるということ。神だけが持ちうる力を人が振るうのですから、並大抵の覚悟では足りません。
律神器の力を制御出来なければ、自己の破滅を招きます。『器』の発現に挑む際は、そのことを念頭に入れて臨むことです。
それでは次に、“侵蝕”についての説明に入ります。教科書の七十五ページを捲って―――…、
「ふぁ、あ〜あっ」
「…」
特大の欠伸で、長々と流されていた律神器の解説が途切れた。
時間帯は昼過ぎ。
現在は授業の真っ最中。
迫る昇級試験のための予習としている時間に、およそ欠伸をしていられる時ではないそんな折の妨害行為に、教壇に立つアイン・セイレの機嫌も宜しく、鋭利な視線を突き刺してきた。
隣の席に座るレンザからは、よほどその目が恐ろしいのか、献身的な意見をくれる。
「芯護、露骨過ぎるぞ。アインの目が凶器になってる。あんなの、俺なら一睨みで死ぬ!」
「睨まれただけで死ぬのか。ならまんま“見殺し”だな。はは、笑えぅ………くぁふ」
あほー!! と切羽詰まった突っ込みが繰り出されたが、芯護は相手にしなかった。
本当なら芯護だって欠伸もそっちのけで眠っていたいところなのだ。それが出来そうもなくて、退屈な授業を聞いて辛抱している。
眠れない理由は昨日の罰だ。ミーシャが居なくなったあの後、丸々一晩かかりそうだった庭園の片付け(という名の自業自得)を短時間で済ませることに成功した芯護ではあったが、結局夕食には間に合わず、疲れであまり眠れもせず、極めつけに翌日は全身筋肉痛で悲鳴を上げるとてんこ盛りで、正直な話、授業自体抜け出そうとすら考えていた。
…廊下でハロル・パフェッドが目を光らせていたので、あえなく断念したが。
とにかく眠い。熟睡したい。なのに疲労の為か頭は冴える。座っていても身体が痛くて落ち着くことも困難となれば、欠伸だってしたくもなるさ。
なんて道理が通用するアイン・セイレでもなくて、
「…次に授業を中断させた生徒は、トイレ掃除一ヶ月の罰則を与えようかしら…」
直接叱りには来なかった代わりに、ボソッと不吉なことを囁いてきた。
トイレ掃除を、一ヶ月。
草取りの罰の比にならない、苛酷で辛い罰を、月単位で。
「―――芯護!! お前の負けだ、降伏しろ。あの苦行は皆で分かち合ってこそだ。一人で背負い込もうとするな! な!?」
「……判った。判ったから、欠伸しないように気をつける」
他のなにを差し置いてでもそれだけは回避したい。さすがの芯護も、今度ばかりはレンザの警告に従うしかなかった。
やむなく、芯護は軋む身体に鞭を打って姿勢を正し、真面目な態度を取り繕う。それを見たセイレも、手にした教本に視線を落として授業を再開、
一分くらいは経過したか。
「…やってられねぇ」
最速で芯護の忍耐力が底をついた。
卓上に頬杖をついて現状最も楽な体勢を選び、セイレの読経(たまに生徒からの質問)に耳を傾ける。
言葉は脳に留まらず、耳を通り抜けていくのみ。
終業の鐘が鳴るには時間も余りある。筋肉の痛みと解消出来ない眠気の板挟みの中、芯護はなんとか教本内容を読み上げるセイレの声を子守唄に、昨晩に実行した“目を瞑ればじき眠れる”作戦を試みる。
「寝るな、とは言ってないしな」
静かに眠っていれば授業の邪魔になることもないし、寝てしまえば一時でも辛さを脱せられる。
目先の安逸を求めて事後に頭が回らない芯護は、思考を止めてすっ…と目を閉じた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
…―――闇夜に空いた、 紅い穴……♪
歌が、聴こえた。
幼さが残る子供の声で、楽しそうな歌が。
楽しそうで、何処となく切なそうな声が。
…―――二つを結ぶ、獣道。跳び跳ね越える、ウサギさん……♪
歌は何処から聴こえてくるのだろうか。
右も左も違う。上も下も違う。前も後ろも、違う。
………頭の中から、響いてる?
…―――野を越え、山越え、刻を越え……♪
歌う声は次第に大きくなっていく。
耳元へじかに喋りかけてくるように。
判然としない俺の意識を、呼び起こそうとするかのように。
…―――繋ぎに往くよ、刻兎……♪
最後の歌詞を歌い終えると、目の前の視界がザアッと開けた。




