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〈一〉― 6

変化はすぐに訪れた。

手袋が放った光が庭園内の植物に移って、波紋のように拡がっていく。光を宿した植物が次から次へと花を咲かせ、活力に満ち溢れる。

命の輝きが、注がれた『器』の力により明滅を繰り返す。言語を持たない植物が、光ることで喜びを表現しているかのように。

通常では有り得ない不可思議な光景を前にして、芯護は初見という訳でもないのに見入ってしまう。沈みゆく夕暮れを照らす翠の発光群(オブジェ)は、芸術に関心のない芯護でも目を惹かせるほどに美しかった。




これこそ―――【豊穣】の名を持つ手袋に秘められた、生命(いのち)を操る力だ。

この世界に在る、万に等しい数の(ことわり)―――『万理』(ばんり)が封じ込められた律神器の力。

神だけが扱うことを許された力を、易々と振るってみせる者達。天変地異すら自在に引き起こす彼らを、人々は畏敬を込めて『律神士』(りっしんし)と呼ぶ。




理解もできなければ真似もできない。他より近しい特待生でも、やはりミーシャは芯護達とは違う。芯護はそれをまざまざと見せつけられた気がした。

優秀な『特待生』と底辺の『落ちこぼれ』。

自分では不可能なことを可能にする人間との、埋まらない溝。そこから込み上げてくる劣等感は少なからず芯護にもあって、苦々しい気分を味わう。

つまらない感情だと、芯護本人も自覚している。比較して落ち込んでも変わるものはなにもないし、芯護とミーシャは別々の人間で違うのは当然だ。見比べるだけ意味はない。

判っていながら割り切れないのが人間というものだが。


「なに、したんだ?」


心に芽生えた惨めな感情を隅に追いやり、芯護は訊ねる。勉強不足で律神器について知識がないのもそうだが、個別の『器』の力を把握しきれるのは発現者当人のみだ。ミーシャもその辺りは考慮して説明してくれた。


「言った通り、力を循環させたの。この【豊穣】に宿った万理は『生命力』だから、それを操作して養分の巡りを良くしたのね。これを毎日しておくと草花は枯れにくくなるし、元気に育ってくれるから」


花が咲いたのは循環の余波だとミーシャはいう。人で例えるなら身体をくすぐられたの変わらず、時間が過ぎれば蕾は閉じるのだそうで、話している間にも花は元の状態へ戻っていき、庭園からは光が消えた。

芯護は単純に植物を操った、程度の解釈をして肩を竦める。


「さすが特待生は出来が違うな。発現なんて、仕組みもなにも判らない俺じゃあ一生無理だ」


「はいはい卑屈にならない。発現の仕方は授業で習ってるでしょ。それに特待生は関係ありません。適性試験に合格できれば、『器』を発現して律神士にならなくても特待生にはなれます。忘れたの?」


忘れたのではなく、最初から覚えていないだけなのだが。それを話すとまたガミガミ言われそうなので、芯護は代わりに減らず口を洩らす。


「特待生になる気なんてねーし」


「………」


返ってきたのは無言。

芯護は言ったあとでしまったと気づく。そんな言い方をしたら、会話が最初へ逆戻りしてしまうだろう。

けれど、ミーシャはそちらへの追及はして来なかった。なにやら別の方に気が向いたのか、考え深げに芯護をじっと見つめている。その妙な表情に芯護は訝って、




「好きな子に近づけるチャンスなのに?」




ぶふッ?! と吹き出した。

不意を突かれた。

予想していなかった。

ついさっきまで真面目なことを話していたミーシャから内容を180度回転してくるとは思いもよらなかったし、それよりも芯護が気になったのは、


「…なんで知ってんだよ」


「あっはは、バーノとトオルがね、芯護が恋愛に尻込みしてるから〜ってアドバイス貰いに来て………芯護、せっかくだから言っとくわ。自分から積極的に行かないと女の子は振り向いてくれ」


世話焼きスキルが全開になる前に、牽制として花壇の土を投げつけた。両手一杯に掬って。


「ちょっとやめッ、やめなさい! 汚れるでしょ!?」


「ほっとけ! 忘れろ! 構うな!!」


堪らずミーシャは叫ぶが、芯護は聞く耳を持たない。一欠片の情けで石は投げなかったが、その分、寮塔に帰ったらバーノット達を叩きのめすと決めた。それと、他に喋っていないか尋問しなければならない。

八割方喋っていそうな予感がしたが。

その時は徹底的にヤろう、そうしようと不穏なことを考えて、


「芯護、もう、いい加減にしなさい! 人が親切に助言しただけでなんで!?」


泥をかけられっぱなしだったミーシャが我慢の限界を越えた。

恋愛に疎い少年へ、先輩から温かな優しさを施そうとしただけなのに何故に仇で返されなければならないのか。とまあ、彼女の怒りももっともで、しかしこっちはこっちで悪友に散々からかわれてきているし、この期に及んでまだからかうのか、それも無いと油断していたお前から!? と芯護も白熱。

負けじと声を張り上げて、

地雷を踏む。


「頼んでねえだろ! ありがた迷惑なんだよ!! お前はディスクと仲良くやってりゃ良いだろ!!!」


「ハア!? なんでアイツの名前が出てくるのよふざっけんじゃないわよッ!! 私がいつあんなちゃらんぽらんな奴と仲良くなんかした!?」


「してんだろが!! 仲睦まじくはしゃぎ回って、アイツのファンクラブが遠くから妬ましそうに見てたしな!!」


「うわ、有り得ない。鳥肌立ってきた。ちょっとその勘違いした子を軽くシメてきて良い? てかだからさ………土かけるのヤメッて言ってんでしょォォオオオオオオオッ?!?」


身の毛もよだつ鬼の形相で臨戦態勢を取り、律神器の発現も辞さないミーシャの反撃が始まる。『器』のない無力な芯護は、例え劣勢極まりなくとも最期まで戦うことを此処に誓い、迎え討とうと気合いを出す。




ジリ…と両者はにじり寄った。



互いの誇りと信念を賭けず、言い争いから始まったこの醜い争いに終止符を打つ為、




二人は今、飛びかからん―――、










「貴方達は庭園の手入れをしているのか、それとも遊んでいるだけなのか、私には判別がつかないのだけれど?」


「「………」」


話しかけられて。

薄暗い庭園の中、一人の女性教師が近づいてきていたことに二人はようやく気づいた。


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