〈一〉― 4
特待生―――とりわけ、外界での活動を主とする“外界組”は、実力派が揃っている上に容姿端麗の者が多いせいか、一般生徒からの人気が高い。
なので校舎の東側にある『転送器』までの通路と、それを囲う形で造られた庭園の内部は、男女問わず大勢の生徒でひしめきあっていた。
他とは遅れて庭園にやってきた芯護とトオルは、いつも通りの光景にいつもよりも辟易して、ひとまず到着しているはずの二人を探す………までもなく、即座に見つかった。
群衆の前で立ち往生する二人は、バーノットが下でレンザを担ぎ上げて、レンザは肩に乗り人混みの奥を見ようと首を伸ばしている。レンザの長身が駄目押しでさらに長くなった姿はことさら目立ち、そこまでは頑張れない生徒達からちょっと遠巻きにされているのが面白いやらイタイやら。
正直お近づきになりたくないなと芯護は思いながらも、背丈が同程度のバーノットに声をかける。
「バーノ、あいつらまだ戻ってないのか?」
「お、やっぱりお姫様が気になったなぁ? このツンデれめ………イタ、痛いッ。判った、悪かったからすね蹴るなって今無防備で避けれぃってえ!!」
「ぅお、わわ、危な!? おい、ちゃんと支えろって、この馬鹿バノ!!」
「俺じゃない、芯護が!」
「なにをしてるの…」
三人がぎゃあぎゃあグネグネと揉めて騒いであまりに見苦しく、見かねたトオルが芯護をなだめて落ち着かせる。先ほどの分も含め、日頃の鬱憤を晴らしてやろうと拳を握っていた芯護は、しかし話が進まないからというトオルの説得に応じて、
「ウッソォ!? 全っ然応じてないって俺の腹現在進行でサンドバッぐふぉォォッ!!」
「やめて、やめたげて!? その子お腹弱いの! ああほら顔もみるみる真っ青になって、そんな一心不乱に突いたらほらあ………お俺が落ちるんだってばぁぁぁぁぁぎゃをぅ!!!」
土台が耐えかねて、上と一緒にグシャリと潰れた。
一仕事終えた芯護は動かなくなったレンバノを躊躇なく踏みつけて(グエって音がしたけど気にしない)、人混みの奥にある庭園の出入口、蔦の絡まったアーチ状の鉄門を見渡す。門は開いた跡も開く様子もなく、生徒達の間からどうしたんだろうと心配する声や待ちきれないといった焦れた声が囁かれてくる。外界組の帰りは予定より遅れているようだ。
「なにかあったのかな。今日は『器』の探索に出てたよね?」
「知らねえよ。どうせディスクが寄り道とかしてるんだろ」
爪先立ちで確認するトオルに、芯護はいつものことだろと言って台から降りた。どうでもよさげな顔でいて、全身からは心なしか、ピリピリしたものを発している。その様子にトオルが気づいて、
「大丈夫。すぐに帰ってくるって」
「なんのことを言ってるのかさっぱりだ。戻る」
ふてくされた芯護は、用はなくなったと言わんばかりに校舎の方へ足を向ける。
直後に。
「帰ってきたぞー!」
「…!」
生徒の誰かが叫んで門の開く音が聞こえてきた。それらは瞬く間に門をくぐる外界組への歓声に呑まれて消えてしまい、芯護の足は自然と止まって、
「おやおや、帰るんじゃなかったのかな、英雄くん? 可愛いくらいに素な…おぶァ!」
「よーぅし、そんじゃあお姫様に猛烈アピールタイムだ。英雄の底力を見せるんゴむッ」
左右から復活してきたレンバノに、それぞれ顔面へ肘鉄を喰らわせ撃沈させて。
そうしている間に歓声のなかから女子生徒の集団が、私服姿の外界組、その先頭を歩く金髪の生徒に黄色い声を上げる。青年は気取った笑みで集団に返し、ご満悦の様子で取り囲まれていく。
「ディスク様、お帰りなさい! 本日の外界での活動はいかがでしたか?」
「やあただいま。今日は散々だったよ。『器』は見つからないし、猪女には終始襲われるし。でも、君達の可愛い顔を見たからすべて帳消しだなぁ」
「可愛いだなんて、そんな〜」
「きゃあ! お顔に血がついてます、早くお手当てを!!」
「ハッハッハ、このくらいどうってことないさ。この俺を誰だと思っている?」
「「それはもちろん、ディスケルグ様でーす!!」」
キャーッと女子全員が合唱する光景に、
「「「うわぁ…」」」
芯護、トオルだけでなく、鼻を押さえるレンザとバーノットも、いやさその場に居合わせた男子のほぼ全員が、一斉に引きまくった。
女子に熱烈ラブコールを受けている生徒の名はディスケルグ。特待生のなかでもっとも女子に人気があり、対照的に男子からは嫌われまくっている軟派な遊び人。自分のファンに様をつけて呼ばせたり、高飛車で尊大な態度を取るなど性格が酷く、それでも女子から嫌われることが滅多にないのは何故なのか、ていうか年がら年中女子をはべらせてめちゃ羨ましいんですけど、という声があとを絶たない。
良くない意味で話題に困らない青年だ。芯護ら四人を“落ちこぼれーズ”と呼称して見下したりもするので、両者の折り合いはすこぶる悪かったりする。
と、ハーレム空間からわずかに離れた場所で、
「猪、女……? 誰が………ッ」
淡い金色の長髪を首筋で結った女子生徒ミーシャが、ディスケルグの発言に身体をうち震えわせていた。
女子のなかでディスケルグに惑わされていない数少ない常識人の彼女は、落ちこぼれーズ以上にディスケルグと仲が悪いことで有名だ。話の内容から察するに、外界での活動でやはり二人は揉めたらしい。
まあ、そちらにはこれといって関心はないので、芯護は遠目から、他の特待生に目を移していく。
小柄で外界組最年少の、空色の髪と髪留めを兼ねた羽飾りが目を引く少女クルミアは、
「クルミアちゃーん!」
「今日もお人形みたいで可愛いー!!」
「大・好き・だア――――!!!」
「通行の邪魔、退いて」
鬱陶しいファンを一言で一蹴して、一人黙々と校舎へ歩き去っている(あとを追いすがるファンの一人が、先程までそこでうずくまっていたバーノットに見えるが目の錯覚だろう)。
同じく、男子生徒から絶大な人気を誇る少女―――はためく薄い羽衣を身に纏った、流れる水を彷彿とさせる美しい髪を持つフォーラムは、
「お疲れ様でした、フォーラム先輩。あの、これ……良かったら貰ってください!」
「あら、ありがとうございます。大事にしますね」
「あ、お、俺も、フォーラムさんに、渡したいものがあるんです! どうぞ、お受け取り下さい!」
「あらあら、こんなに綺麗な飾りを貰って良いんですか?」
「はい、はい! フォーラムさんに、絶対、似合うと思うんで!」
「フォーラムお姉様〜! 私も肩をお揉みします〜!!」
「うふふ、皆さんありがとうございます」
おっとりお嬢様系な性格のせいか、群がるファンから抜け出せずにいる。律儀に接する方もだが、毎度毎度プレゼントやらなんやらで近づいては好感度を上げようと躍起になっている方もアレだ。あれらの情熱を理解できない芯護は、よく飽きないものだと呆れつつ、
視線をずらして。
フォーラムの一団からさらに後方の、他の外界組が人波に揉まれるなか遅れて鉄門をくぐる二人の特待生を見つけた。
一人は見た目に不釣り合いな、豪奢な首飾りを身につけた少女。が、そちらには目もくれず、芯護は隣を歩くもう一人の少女へ視線を走らせる。
芯護のようなボサボサの髪とは違う、肩辺りまで伸びた艶のある黒髪の少女。
名は依妃奈。
記憶は定かではないが、随分前から『秩序の学舎』に入校して、二年程前に三学生から特待生に移った。その理由は、適性試験に受かっただけではない。
彼女は、とある律神器を発現させたことで特待生になった。
その『器』とは【純心】。
芯護が夢に見た、あの光り輝く聖槍。“心”そのものを表す『器』。
かつてこの世界を襲った災厄『ラゼンティア戦役』を終わらせた英雄《無垢なる者》が所有していた律神器。その『器』の発現に成功した依妃奈もまた、《無垢なる者》と呼ばれる。
―――きっかけは『器』の発現と特待生への昇級だった。
《無垢なる者》の再来ともてはやされ、一躍有名になった依妃奈を一目見ようと友人らに誘われたのが始まり。その時は、特待生がまた増えただけだろうと気にもかけなかった芯護だったが、
しつこい誘いに渋々ついていって彼女を見た時、ひとたびで心を奪われてしまった。
外見が良かったからではないし、英雄と同じ『器』を発現したからではない。そんなちゃちな理由じゃない。
芯護本人ですら説明しようがなかった。ただひたすら依妃奈しか瞳に写らなかった。
これを一目惚れとでもいうのか、まだ短い人生で一度だって恋をしたことがなかった少年には、どうしても判断に迷ってしまうのだが、
彼女を見るたびに心は揺らいで、身体の内側がざわざわ騒ぎ出して、落ち着かない気分になるのはごまかしようがなかった。