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〈ニ〉― 8

「殺害………って、殺されたのか? 」


言葉の意味をすぐには呑み込めず、間を置いた芯護は聞き返した。

『秩序の学舎』では馴染みのない、不吉な言葉だ。先日の一件でも最悪の事態には至らず、これまで人が亡くなるようなことがなかったのだからそれも当然で、『死』と縁遠い暮らしに身を置いている芯護は少なからず動揺する。

対称的に外界組の面々は冷静沈着、芯護の反応を逐一観察するクルミアは顔色一つ変えずに進めた。


「私達はこれを仲間割れか、口封じではないかと疑っている。お前が発現した『器』の形状は剣だった」


「そう、らしいな。あまり覚えてないけど………って、それでやったのが俺って決めつけてるのか? ていうかそれ以前に、剣で牢が切れるかよ」


「通常は不可能。ただし、律神器ならば話は変わる」


どう言い逃れする? とクルミアの挑戦的な眼差しに、当の芯護は現実味に乏しいやら馬鹿馬鹿しいやらで真面目に受け取れなかった。昨晩は気を失っていたことを丹波やセイレから聞いていないのだろうか。

こんなもの、議論する余地もなかった。さっさと疑いを晴らして帰ろうと手っ取り早い要求を突きつける。


「なら証拠は? 俺の『器』で斬られたって証拠はあるのかよ?」


「物的証拠なんて必要ないわよ」


答えたのは、正面のクルミアではなく左後方にいる理恵子だった。証拠は提示されずに自分を犯人だと特定することも出来ない、これで終わりだと気を抜いていた芯護が怪訝そうに振り向くと、汚物でも見るような蔑んだ目の理恵子を見た。


「うわ、酷い目つきだな。………それより、必要ないってどういう意味だよ。証拠が無いなら俺が殺したって判らないだろ」


「クルミアが発現に成功した【透視】の眼鏡なら、そこで何が起こったのかを一部始終“視れる”のよ。それであんたの姿がしっかり映っていたんだからね。…―――目つきが酷いのはあんたの存在が醜悪だからよこの変態性犯罪者」


「誰が変態………ッ、………【透視】?」


舞い戻って芯護はクルミアの顔を見る。

教室で見た時にも感じた、そこまで似合ってない丸縁の眼鏡を確かに掛けていた。が、これが本当に律神器なのかは無学な芯護には判らない。

芯護が返答に困り果てると、今度は左右に座って黙視していたディスケルグとフォーラムが交互に口を開いた。


「さ〜てさて、クルミアの実力は本物で疑う余地なし。片や容疑者は、『秩序の学舎』きっての落ちこぼれで信頼指数はゼロ。あいや、英雄くんだったか。さあ、どう言い逃れてみせるのかね〜」


「芯護さん、でしたよね? 人を殺すということは、とても、とっても悪いことです。どうか素直に罪を認めて、悔い改めて下さいますように」


「……お前らには何を言っても無駄そうだな」



犯人は芯護君で間違いありません。―――漂う空気はそれ一色ばかりで、芯護は段々言い返す気力を失ってきた。どう弁論したところで“過去の事実を視てきた”とされれば、芯護の言うこと全部が薄っぺらい言い訳にしかならないのだから。

芯護に身に覚えはなく、犯行は到底あり得ない。それなのに、クルミアの一言でアリバイが不成立になるとは冗談がキツい。覚えがないだけで、実は意識が戻らない内に身体が独りでに? と考えてもみるが、突拍子過ぎて想像がつかない。

何より、芯護にとって重要なのはそこではなかった。

芯護が今一番気にしているのは、後にも先にも自分が殺人の容疑者であること“ではないのだ”。

有らぬ疑いを晴らすことより優先すべきこと。

何を差し置いてでも考えなくてはならないこと。




芯護の真後ろに大人しく座っているその人、依妃奈のことだ。




「…………」


(…なんで、『アイツ』は、一言も、喋らないんだ………!)


特待生専用の教室に来てから、来る前から、芯護が降伏したその瞬間から、彼女はひたっっっっっっっすらに黙り込んで芯護を見ていた。

穴が空くほど………生ぬるい。むしろ通り越して別の物体を見ているのでは、つまり壮絶なる無関心ぶりで、芯護なんてつまらない生物には眼もくれていないのではと疑わせるほどに無味乾燥とした表情を、けれども整った顔立ちはこの上なく愛らしくて、見る者に癒しと憩いをもたらしてくれるが現状気休めにもならず。

その素っ気ない態度が芯護にとってどれほど心揺さぶられるものなのかを、知る由もない顔で。


(……ずっと黙ってるなよ、言いたいことはないのかよ、お前も俺が犯人だと思ってんのか、思ってないのか、どっちなんだ、てか昨日色々あったのにどうして素なんだよ、俺お前を助けたんじゃねえのかよ、どうして変化がないんだよ、なんで話しかけたりしないんだよ、話すことがあるだろうよ、なんでも良いから話せよ、いやでも実際話しかけられたらそれはそれでヤバくないか、俺大丈夫なのか、普通に喋れるのか、声上擦ったりしないよな、どうすればいいの、どうしたらいいんだ、俺は、一体、どう、俺、俺は…………ぬ〜あ〜〜〜〜〜〜!!)


捕獲からここまでの間に引き起こしていた混乱が、意識をクルミア達に集中させている間は治まっていたのだが、つい気になって様子を探った途端にぶり返してしまった。

自分でもどうして取り乱してしまうのかが判らないのでにっちもさっちもいかない。頭の中が依妃奈に関することだらけで、他の誰かの話し声も耳を素通りする始末。

悶々と苛々の板挟みで冷静さを欠いた芯護は、頭に血を昇らせて知恵熱でも発しそうなほどテンパると、やがて限界を迎えた。




「……〜〜〜〜どうすれば! なんなんだよ!??」




気がついた時には、芯護はいきなり立ち上がって握り拳を作り、依妃奈へ向けて意味不明な言葉を口走っていた。


「「「………」」」


芯護の突然の奇行に、皆はしばし呆然。

程なくして女子三人から、


「……何、精神異常?」


「狂ってるわね」


「どうか、されたんですか?」


どれをとっても相応の反応を返してくれて、芯護の心に重大な損傷を与えて。

一人、ディスケルグは隠しもせずに笑い転げて、くじけかけた芯護の心が怒りによって持ちこたえかけて。

依妃奈は。


「…」


反応を返さなかった。

石像が如くピシッと姿勢良ろしく、視線だけを芯護へと送り、


「…」


これだけ。

悲しいくらいに、それだけ。

芯護は、凍りついた時間を少しずつ溶かしながら拳を下ろして、何事もなかったかのように着席。

頭を抱えて一言。


「……………死にたい」


「罪の重さに堪えかねて? 自殺は許さない」


「うっせ黙れ鉄面皮」


「……死ね、【颶風】〈ビアクゥア〉!!」


「たった今死ぬのは許さないって言わなかったか!?」


「ただいまー…」


ズドン! とクルミアから放たれた攻撃が芯護を狙い、二人がところ構わずドタバタ暴れる。そこへ芯護捕獲時に一人離れて居なくなっていたミーシャがそろそろと顔を出した。

芯護にとって、外界組で唯一の知り合いが帰ってきた。ミーシャならば自分の話をしっかり聞いてくれるのでは。そう淡い期待を抱いて彼女に声を掛けようとした芯護は、その手前でクルミアの律神器によって木の葉のように吹き飛ばされる。

二人が死闘を(片方が断然優位で一方的に)繰り広げている横では、ディスケルグが軽快な調子でらしくもなくミーシャの労を労った。


「ようお疲れ様、ミー……じゃなくて、猪ちゃん」


「わざわざ言い直すな」


ミーシャは返礼としてディスケルグの頭を叩いて黙らせ、全員を見渡せる位置に立つ。他の面々はミーシャに注目して、騒いでいたクルミアも床に撃沈した芯護にトドメを刺すのを中断した。

クルミアは興奮気味な息遣いを整えつつ何事もなかったように振る舞い、ミーシャに事後報告を求める。


「ミーシャ、あの一学生は?」


「一通り説明して、口外しないって約束させてから避難指定区域に行かせたわ。大分渋られたけれどね…」


ミーシャは浮かない顔で疲れたように聞かせた。




…―――あれからミーシャは、トオルを連れて『秩序の学舎』地下にある緊急避難指定区域に足を運んでいた。道すがら、芯護への強襲の理由を包み隠さず、今回の件を内密にするよう頼んだ上で話す為に。

トオルはこれに猛反発して芯護に付き添うと言い張ったが、これにはミーシャの強い説得でどうにか了承を得られた。ミーシャとしては、これ以上友達を殺人の容疑者扱いをしたくはなかったから、その為にトオルを送り届けてくるとクルミア達に頼み込んだのだ。




「出来るなら、あの生徒も帰して欲しくはなかった。これに近い人間は仲間である可能性が高い。単独で何らかの行動を起こすかも知れないし、他に仲間がいないとも限らない」


「クルミアの言い分は聞いたわよ。でも、皆集まった中で二人欠けていたら他の生徒だって怪しむでしょ? 事情を知らせていれば、友達にも巧く言い訳して貰えるし………あー、うん。それはそうと、ね。話さなきゃならないことがあるのよ」


途中で話題を変えたかと思うと、急にミーシャの歯切れが悪くなる。その理由は、ミーシャが答える前に教室入り口から姿を現した。


「ここに戻る途中で、バッタリ会っちゃって……」


「貴方達は何をしているの? 勝手に生徒達を先導して、その内一人を捕まえて。説明してくれるのでしょうね?」


「ま〜た芯護か。お前はよくよく面倒ごとに巻き込まれるなぁ」


一人は胸辺りで切り揃えた褐色の髪と、物腰堅めな雰囲気で外見の年齢を十歳近く重ねた印象を持った女性、アイン・セイレ。

一人は黒髪ポニーテールで、いつもの黒鎚を肩に担ぎ、もう片手に蔓の途切れた鞭を持った女性―――…否、男性の丹波。

事情を知らされていなかった二人の『秩序の学舎』教師は、セイレは目を吊り上げて怒り気味に、丹波は面白半分呆れ半分の声を上げた。


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