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〈一〉― 2

世界には、二つある大陸ナーリマルクとルト・カゥキラの他に、人工で造られた島がある。

両大陸の狭間の海域『中逢海』(ちゅうおうかい)に浮かぶその人工島に名称はなく、代わりに、島にある施設の名と纏めて呼ばれることが多い。


施設の名は『秩序の学舎』。


世界各地から集められた子供達が勉学に励み、成長期の身体を鍛え、当施設が掲げる“世界秩序の守り手”となることを基本理念とする施設。

そこで学ぶもののうち、もっとも重要な事柄が『器』………、




“神”を“律”する“器”、あるいは“律”されし“神”の“器”―――『律神器』(りっしんき)と呼ばれる道具を発現し、自在に操ることにある。










◇ ◆ ◇ ◆ ◇










陽射しの強い、乾いた暑さが辺りを包む昼下がりのこと。

半径4kmのリング状を描く、『秩序の学舎』校舎の内側にある校庭。空は一面ガラスの天井で覆われて、降雨時にも運動を行えるようにされた閉鎖空間。

換気設備が整っているとはいえ、この頃の時期としては相当熱気がこもって暑苦しいために、授業以外でここに訪れる者はほとんどいない。いたとすれば、それはよほどの変わり者か、なんらかの罰として草むしりを命じられた者なのだが。


「…………暑い」


後者の理由で一人寂しく校庭に来た芯護は、茹だる暑さとガラス越しの日光に責められながら草をむしっていた。


「本っ当、めんどくさいな、まったく……」


だだっ広い校庭に生えた雑草を延々むしり続けて十分は経過したか。上着もシャツも脱いで汗だくな芯護の口からは愚痴しか溢れない。

大体、この罰は理不尽過ぎると、草をブチブチする他にやることのない芯護は考える。それは、授業中に眠りに耽った自分は罰せられて然るべきなのかも知れないが、その罰自体は“あの時”に受けたはずだ。その証拠に、青空の下にさらけ出された上半身のあちこちには擦り傷や打ち身の痕が残されている。…“二階の教室から吹き飛ばされて中庭に落ちて”、この程度のケガで済んだのは奇跡に近い。


「普通死ぬぞ………ちょっと眠っただけであそこまでするかよ、あのバーコード頭め」


劣悪な環境に状況、その上全身の鈍痛も重なれば気分も刺々しくなるものだ。しかしそれでも草を取るのを止めない辺りは、わりと素直な芯護だ。そんなに長く続きはしないだろうが、面倒なことをすぐに投げ出さないのは、彼にしては珍しい。

因みに、芯護(に限らず、ほぼ全生徒)が呼ぶこの“バーコード”という言葉、実は本人(達)はその意味をよく知らずに使っている。彼の教師が他の女性教師と口論をしていた際に、女性教師がその髪型を指差して罵倒したことからそう呼ばれるようになった。

どうでもいいことではあるが。

それはそれとして。


「違うだろ、芯護。二階から落とされたのは、そのあとの“落ちこぼれてるのはてめえの頭だろ…”発言のせいだと思うけど」


「あ〜?」


ぶつくさ呟きながらも草取りに精を出す芯護の背中に声がかかった。

聞き覚えのありすぎるその声の先に頭を向ければ、校舎の方からクラスメイトの三人が、やはり暑いらしく上着を脱いでシャツだけの状態で、ダラダラと歩いてくるのが見える。芯護と同じく“落ちこぼれ”の称号を授かっている、馴染みの面子だ。


「よ! お勤めごくろーさん。てっきりサボってると思ってたのに、今日は雨か雷か?」


「おっかしーな〜。空はあんまり曇ってないぞ? 雷雨が違うなら天変地異か?」


冗談を交わしつつ笑う二人は、茶髪の長身がレンザ、体格のがっしりしたのがバーノット。そのすぐ後ろから、最初に芯護に話しかけたソバカス顔のトオルが続く。


「天変地異が起こるかどうかはさておくとして、どうしたんだ? こんな真夏日に草取りなんてやってられないだろう。さっき見てた夢の影響かな?」


「夢の影響って、どんな夢見てたかなんて知らないだろ」


機嫌の悪い芯護は、そっぽを向いて適当に返事をする。

悪友三人はお互いに顔を見合わせる。ほんの少し目配せしたあと、代表としてトオルが、





「芯護が【純心】の『器』を持って英雄になる夢、だろ?」




ピタッと芯護の手が止まった。

嫌な予感がする。

まさかとは思うが、いや、まさかそんな赤っ恥………?


「…確認するけど、俺、寝言とかは」


「バッチリ、剋帝陛下の台詞まで代弁していたよ」


今度は全身が石のように硬直した。

あの夢の内容、駄々漏れ。

クールでキザッたらしい言い回しを朗読とか。

………穴があったら入れたい。いや、むしろ自ら入りたい。そんな心情で芯護は、ガックリ俯いて一言。


「最悪だ…」


「そこまで落ち込むことはないんじゃないか? 悪くても、数日か数週間ぐらい“英雄”って呼ばれるだけだって」


トオルの励ましになってない励ましに、それだけで充分生き恥だと言い返したくなる芯護だったが、後ろで堪えようともせずにバカ笑いしている馬鹿二人よりはマシなので沈黙した。

芯護はやってられないとばかりに仰向けに寝転がり、天を見上げる。斜め上から、まさか芯護が英雄志望だったなんてな〜! とか、ああ英雄様、その槍で私の心を貫いて〜! とか、ふざけたやり取りを聞き、顔をしかめて―――、


ふと、違和を感じた。


俺は英雄なんて憧れたことはない。目指すことなんて、落ちこぼれでなくなるくらいあり得ない。なのに、なんであんな夢を見たんだろうか。

【純心】の聖槍を持って悪の帝王を倒す、夢のなかの夢物語。一度だって、思い描いた試しなんてないのに。

夢の内容を辿ってみても、時間が経ったせいかおぼろげにしか思い出せない。それだけじゃなくて、




―――…走もここまでだ。降伏して各地から………。




なにかおかしい。変なモヤモヤが、さらに記憶をぼやけさせている。

アレは、自分が“英雄”になる夢だったのか?




―――…『剱』を、破壊す………。




あそこは、レクスアの宮廷…? そこに立っていたのは、剋帝だった?




―――…念だよ、×××………。




俺が、手にしていたのは…?




―――斬り祓………〈・・・ア〉。




「芯護? どうした、まだ眠いのか?」


「いや…」


不思議そうに顔を覗き込むトオルに、芯護はなんでもないと返した。

思い出せないなら考えるだけ無駄だ。それがよほど大事なことなら、いつかは思い出せるだろう。そう結論を出して、

先程から騒ぎ立てていた馬鹿二人が、また一段と大きな声を上げる。


「やっべ! もうすぐ“外界組”が帰ってくるぞ。急がないと間に合わない!」


「芯護、寝転んでる場合じゃない! トオルもモタモタすんな、早く行くぞ!!」


暑さで気でも狂ったのでは? というくらいどんどんテンションを上げていくレンザとバーノット。

それに対して。


「なんであいつらが帰ってくるのを見に行かなきゃいけないんだよ」


「向こうはエリートだからねぇ。コールラスト先輩辺りに、また嫌味言われそうだし」


暑さで滅入り気味な芯護とトオルとの、かなりの温度差。

だからといって引き下がる馬鹿ではない。レンザとバーノットは声を揃えて叫んだ。


「「お前の片想い(で終わる予定)のお姫様が帰ってくるんだぞ! 立て、立つんだ、“英・雄”!!」」


「―――」


ピキッと青筋が浮き出る音が聞こえた、次の一瞬。

レンザとバーノットはその場から全力で脱兎の如く駆け出す。

その後ろをこれまた全力疾走で芯護が追いかけて。

残されたトオルは、楽しそうに友人達の戯れを眺めて見送って。


「早く来いよー、えーゆー!!」


「“ひでお”と書いてA・U!!」


ギャハハハハと笑い声を残して、馬鹿二人は校舎内に消えていった。

結局追いつけずに汗だくな芯護は、やり場のない怒りを地団駄踏んで発散。しているうちに、背後からトオルが追いついてきた。

手に芯護が脱ぎ散らかしたままの上着とシャツを握っているトオルは、笑うのを抑え、わざわざ持ってきた服を手渡しながら言う。


「二人の言う通りだ。早く行かないと見逃すよ」


「だから、俺は」


「気になるって、前に言ってたじゃないか」


「…」


トオルの見通すような言葉に、芯護は二の句を継げない。言い返せないとか図星とかではなくて、どう言い表せばいいのか判らないという感じに。




―――芯護は以前、一人の少女のことが“気になる”とトオルらに話したことがある。いつからか思うようになった心の変化に戸惑いを覚えて打ち明けてみたのだが、“好きになった”とは言ってないはずなのに、何故か三人はそっちの方へ話を膨らませてしまい、それもことあるごとにからかうネタにしてくるのだから始末に負えず、苦労する羽目になった。

今では、こんなことなら相談なんてしなければ良かったと嘆息する毎日だ。




彼らからすれば、他愛のない冗談くらいの意味合いしか持っていないし、芯護もそれ以外の意味として取ったことはなかったが。

まあ、面倒なことに変わりはない訳で。


「行かないのか?」


行けば、またあいつらを調子づかせることになる。それは御免こうむりたいのだが、しかし。


「それとも、まだ草取りの罰を続ける? やる気があるなら無理にとは言わないよ」


「やる気なんてない」


一言で断った。

一応、トオルはからかう気がないようだし(勘違いはしているから安心こそできないが)、それに、いつまでもつまらない罰に興じる気はさらさらない。

自分に嘘をつかず、ありのままに生きるのが芯護だ。

やりたいことを自由にやって、やりたくないことは絶対にやらない。

気の向くまま赴くまま、誠実でなくても真っ正直に。それが芯護の在り方だ。

だから決して、


「うん、やっぱり自分に正直でないとね。それじゃあ彼女に会いに行こうか」


「……言わなくても判ってるだろうけどな、サボるついでに、だからな」


気になる少女に会いたい訳では、ないらしい。

口でいくら誤魔化しても、自分の心は騙せないもの。

あくまで、あくまでもサボることが前提だと言い張りながら、本音は別として、芯護はトオルと共に先行く二人を追った。


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