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〈一〉― 10

ガラス越しの空は、誰かさんの心情を表した悪天候になりつつある。

その誰かさんは校庭に仁王立ちで腕を組んで、正面に据えられた正座中の二人を厳粛な面持ちで見下ろしている。

冷や汗混じりの二人へ、誰かさんこと芯護は、


「言いたいことがあるなら言え。怒らないから」


「…もう、怒ってらっしゃ」


ズンッ! と足を踏み鳴らして口答えしたバーノットを黙らせた。

同罪で正座させられていたトオルは、思いきって怒れる芯護に訊ねる。


「ごめん、本当に心当たりないんだ。……怒らせるようなこと、した?」


「さあな。自分の胸に手を当ててよーっく考えてみろ。運が良ければ思い出すかもな」


芯護の返事はにべもない。

昨晩からトオルとバーノットに対して怒り心頭な芯護は、午前中もずっとこんな調子でいた。教室では席を離して座ったり、顔を合わせれば凄まじい形相で迎えたりと陰険な態度で接して。

いつものおふざけとは違う本気の怒りに苛まれ、遂に耐えきれなくなった二人が更衣室で勇気を振り絞って声をかけたことで、現在の構図が出来上がった。

渦中から身を遠ざけて見守るレンザは終始ハラハラ、自分に飛び火しないよう細心の注意を払いながら芯護をなだめようと努めるも、


「芯護ー…? その辺で許してあげたらどうかなー…。ほらほら、まだ基礎トレ終わってないし、グレアムじいさんに見つかるしさー―……」


「見つかったって、グレアムは腰が悪いから逃げるのは楽だし。余計な横槍入れんな」


芯護達からほど遠い場所にいるクラスメイト達、その先頭で指揮を取る老人教師を指差しても、芯護は聞く耳を持たず。

レンザは心の中で、逃げても罰則からは逃げられないんだけどなーと真っ当に思う。言っても我が身を危険に晒すだけだから、声にしなかったが。

レンザの懸命な説得(本人主張)を軽くあしらい、芯護は改めてトオバノを向いた。二人はなにが芯護を怒らせたのか思い至らなくて、けれど怒っている以上はなにかしたんだろうと反省して、しおらしく座っている。

―――考え込まなくてもすぐ判ることだろうに。バーノットはいつもからかっているから、トオルはからかっている自覚がないから、逆に盲点なのだろうか。

放っといてくれと言ったのに、要らない節介を焼くなと言っておいたのに。

こともあろうに、第三者に漏らすんだもんなぁ………ッ。


「……お前らさ、ミーシャに話したろ」


「「あ」」


言われてやっと気づいて、二人は間抜けた顔で手を鳴らした。

リアクションが癇に障ったので、芯護は拳骨をお見舞いした。


「あガ!? ……ひ、ひは、ひははんらァ………(し、舌、舌噛んだぁ………)」


「う、お、お……ッ。ちょっと相談しただけだろ~? 俺達は良かれと思って…」


「何が良かれだ、誰が恋愛に尻込みしてるだ! お前らだけでも厄介なのに、ミーシャの奴からもあれこれ言われなきゃならなくなったんだぞ。それでなくても、周りにベラベラ喋るような真似しやがって………!」


言ってない、言ってないとトオバノは必死に弁明するが、芯護の二人への信用度は底辺まで下がりきっている。

相手の本音を聞くには拳で語らねばならない。そんな非常識で偏った育ての親の教えを守り、芯護は二撃目を、


「本当だってば! ミーシャなら他の誰にも言わないと思ったし、ミーシャ以外に芯護のこと相談するはずないって!」


「そうそう、下手に噂を広めたら後が恐いしな。恋する芯護が皆から寄ってたかってからかわれるのを、ものスゴーく見たかったのに、俺我慢したんだぜ!?」


暴力の脅しは思いのほか効果てきめんで、予想以上の本音が聞けた。取り敢えず用意していた二撃目は墓穴を掘ったバーノットの脳天に振り下ろしておいて、芯護はいくらか怒りを治める。

芯護本人は恋をしているつもりはないのに、何故周りはこうも取り沙汰して、自分が気を揉まなければならないのか。釈然としなくてまた苛立ちが募る。

が、情報漏洩がミーシャ一人に留まっていることについては、そこは楽観視出来て良かった。ミーシャは人の秘密をおいそれと吹聴する性格ではないし、油断ならない悪友三人を監視しておけば、大事には至らない。

それに、まだ考えうる最悪の事態には陥っていないのだから。

“奴”に知られるよりは、ミーシャの方が断然マシなのだから。

と、安堵したのも束の間。




「へー、落ちこぼれーズの特攻隊長が恋のお悩みねえ。はは、無理無理」




軽い調子の、気障ったい声が聞こえて。

途端にとびっきりの嫌らしい顔をした芯護が振り向けば、見たくもないのに見慣れた金髪が立っていた。

お洒落のつもりなのか、手を怪我をしている訳でもないのに常時包帯を巻きつけて、余分に長い布を腕から垂らした青年。手はズボン両側のポケットに突っ込み、背は反らして傲岸不遜な態度を以て芯護達を見下す。

噂をすればなんとやら、芯護が今一番に会いたくないその人、ディスケルグだった。

授業中なのも構わず校庭に立ち入ってきたディスケルグは、一学生の一団から離れてサボっていた芯護ら四人の会話を盗み聞きしていたらしい。ニヤニヤと不快な笑みを貼りつけて注目して、芯護の不機嫌を悪化させる。

芯護は、怒るだけ労力の無駄だと自らに言い聞かせ、


「なんか用かよ、ディスク」


煩わしそうに訊ねると、ディスケルグはムカつく仕草でチッチッと指を振って訂正してくる。


「なってないな、落ちこぼれ。俺の名はディスケルグ・リカル・コールラストだ。呼ぶならディスケルグ様、ディスク様、卑しいワタクシめのご主人様、だ。繰り返そうか?」


「で、用がないなら帰れよ、“気取り屋”」


相手にしてられないので辛辣に受け答えた。

ディスケルグは眉尻を上げて睨んできたが、すぐに気を取り直して、用件ならあるさと続ける。

どうせ馬鹿にしに来ただけだろうが、


「落ちこぼれーズが授業から落ちこぼれてるみたいだから、ありがたくもこの成績優秀優良のディスケルグ様が、嫌味を聴かせてやろうと思ってね」


予測は百発百中で大当たり。

芯護、レンザ、バーノットは当然頭にカチンときて、三人は口々に攻め返す。


「ウッゼ。そんなに喋りたいなら他所に行け。消えろ」


「でかっ鼻伸ばした天狗は山に帰れ! 二度と里に下りて来んな!!」


「俺らより後輩のくせに威張るよなぁ。その性格は本気で尊敬する。うん、反面教師にしたい」


人の良いトオルですら苦笑いを隠せず、


「コールラスト先輩、嫌味過ぎますって」


三人よりは穏やかだが忠告して。

四対一という数の理で押しきろうとする落ちこぼれ組に、特待生(エリート)の余裕は消えなかった。

刃向かってきた四人へ一人ずつ、熨斗(のし)をつけて返却する。


「芯護。他所で喋っても仕方ないだろ。俺のご高説を聴かせるべき人間の屑は、ここにいる落ちこぼれーズ以外にいないんだから」


宣言通り嫌味ったらしく、


「レンザ。天狗は、地方と信仰によっては神格化されているんだ。神と同列に見てくれるとは嬉しいね。存分に敬いたまえよ、愚民」


ネチネチといやらしく、


「バーノット。確かに俺は『秩序の学舎』に来て五年しか経っていない。けれど、創立時期から『秩序の学舎』にいて万年一学生のお前達と、一年も経たずに三学生まで昇って、適性試験も楽々合格。堂々の特待生入りを果たした俺と、さてどちらが格上かな?」


優越感を惜しげもなく漂わせて、


「トオル。お前は特に言うことはないけど、敢えて挙げるとするなら、この俺を敵に回す奴は万死に値するってことだ。利口良く胡麻をすれよ、落ちこぼれから下僕くらいには格を上げてやるから」


つけいる隙を微塵も与えず、




「「「………」」」




四人は、ぐうの音も出なかった。そんなに喋りたいなら他所に行け。消えろ」


「でかっ鼻伸ばした天狗は山に帰れ! 二度と里に下りて来んな!!」


「俺らより後輩のくせに威張るよなぁ。その性格は本気で尊敬する。うん、反面教師にしたい」


人の良いトオルですら苦笑いを隠せず、


「コールラスト先輩、嫌味過ぎますって」


三人よりは穏やかだが忠告して。

四対一という数の理で押しきろうとする落ちこぼれ組に、特待生(エリート)の余裕は消えなかった。

刃向かってきた四人へ一人ずつ、熨斗(のし)をつけて返却する。


宣言通り嫌味ったらしく、


「芯護。他所で喋っても仕方ないだろ。俺のご高説を聴かせるべき人間の屑は、ここにいる落ちこぼれーズ以外にいないんだから」そんなに喋りたいなら他所に行け。消えろ」


「でかっ鼻伸ばした天狗は山に帰れ! 二度と里に下りて来んな!!」


「俺らより後輩のくせに威張るよなぁ。その性格は本気で尊敬する。うん、反面教師にしたい」


人の良いトオルですら苦笑いを隠せず、


「コールラスト先輩、嫌味過ぎますって」


三人よりは穏やかだが忠告して。

四対一という数の理で押しきろうとする落ちこぼれ組に、特待生(エリート)の余裕は消えなかった。

刃向かってきた四人へ一人ずつ、熨斗(のし)をつけて返却する。


「芯護。他所で喋っても仕方ないだろ。俺のご高説を聴かせるべき人間の屑は、ここにいる落ちこぼれーズ以外にいないんだから」


ネチネチといやらしく、


「レンザ。天狗は、地方と信仰によっては神格化されているんだ。神と同列に見てくれるとは嬉しいね。存分に敬いたまえよ、愚民」


優越感を惜しげもなく漂わせて、


「バーノット。確かに俺は『秩序の学舎』に来て五年しか経っていない。けれど、創立時期から『秩序の学舎』にいて万年一学生のお前達と、一年も経たずに三学生まで昇って、適性試験も楽々合格。堂々の特待生入りを果たした俺と、さてどちらが格上かな?」


つけいる隙を微塵も与えず、


「トオル。お前は特に言うことはないけど、敢えて挙げるとするなら、この俺を敵に回す奴は万死に値するってことだ。利口良く胡麻をすれよ、落ちこぼれから下僕くらいには格を上げてやるから」




「「「………」」」




四人は、ぐうの音も出なかった。

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