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〈一〉微睡みからの目覚め




―――純粋で、一途な愛を、捧げよう―――










◇ ◆ ◇ ◆ ◇










…―――時は、創暦四六一二年、七の月の中頃。




二つの大陸が大海に浮かぶだけの世界。人の文明が発達し、様々な国や文化が生まれた、人間が生物の頂点に立つ世界。




世界は、未だかつてないほどの危機に陥っていた。




世界の右半分に浮かぶナーリマルク大陸。北東にジド平野、さらにその北へ活火山バク・スレイクがあるその地で、大陸全土を統べる二大国家の一つ―――古の業を現代に伝えし『剋帝錬国』(こくていれんこく)レクスアが、自国の領土を拡げるべく、左半分に浮かぶルト・カゥキラ大陸の国々へと侵攻を開始。




小国は抵抗する間もなく討ち滅ぼされ、奴隷と共に死体が次々と積み重ねられていく。




そんな中、レクスアに並ぶ大国『蒸機都市』(じょうきとし)トゥーラグラド、並びに大陸のおよそ半分を占める国土面積を持つ『大堅牢国』(だいけんろうこく)ロクセントが反撃へと転じて、戦乱は激化していった。




血みどろの戦いは、日中夜絶え間なく繰り返された。




大地は血で濡れ染まり、空は黒煙で覆われて光が閉ざされた。




その狭間で人々が怒り、憎しみを募らせて、悲しみを捨てて、留まりはせずに、




流す涙も忘れ果てて、




………誰もが希望を無くして、彼もが世界の終わりを予感した。




この地獄は世界が終わるまで続くのだと、皆が悲観した。










終わりの見えぬ地獄を切り払う、救世主が現れることを誰一人知らずに。










――――、










「………多くの人達が命を落とした。そのことについて、なにか言うことは?」


少年の口から、静かな怒りが紡がれた。


「…」


問いかけられた男は、玉座の背もたれに身を預けつつ、無言で少年の周囲を眺める。そこには、先程まで男を警護していた手練れの騎士達が、無様に転がっている。

騎士達の甲冑はボロボロに破壊されていた。

手にしていた槍や剣までも、一様に切り裂かれるか、砕かれている。

到底人の為せる技ではないその光景を生み出したのは、男の目の前にいる少年だ。

大広間で起こった出来事を、左手に携えた一振りの短槍をもって築き上げた。

淡い金色の光を放つ、世界に一つしか存在しない『聖槍』の“器”。

少年は、『聖槍』を男に突きつけて声高々く言い放つ。


「お前の野望もここまでだ。降伏して各地から兵を引き上げさせろ。でなければ…」


「で、なければ?」


男に問い返されて、少年は目を細めて、


「その『剱』を、破壊する」


玉座の肘掛けに立て掛けられた剣を、言葉で指した。

鞘に納められていない、剥き身の刀剣。

……心優しかったはずの男に帝国を従わせ、行く行くは世界をも手中に治めさせようとした、最大の要因となる『器』。

それを破壊すると言った。

世界に一つしかない『聖槍』により。

世界を奈落に突き落とした『剱』を、砕く。


「フッ」


男は笑った。

とても愉快な冗談を聞かされたといわんばかりに。

それがまったくの冗談ではないと判りきっているから、可笑しくて笑う。


「若造が……我が、帝国が待ち望んだ全大陸制覇を目前にして、降伏しろと? …片腹痛い」


男は『剱』を手にして立ち上がる。

顔にはすでに笑みはない。

男の目には、正気の色もない。

身も心も、自身が産み出した『器』に呑まれてしまっている。


「英雄を気取りたければあの世でするがいい。我、自らが死出の旅路へと送ってやろう」


「……そうか」


男の拒絶に、少年は表情を微かに曇らせた。

言葉では止められないと、悟った。

やはり『剱』を砕くしかない。

彼の心そのものと化した『器』を。

彼の“心”を、コロサナケレバイケナイ。










男の握る『剱』が天にかざされた。




禍々しい気配を放つ『剱』は、彼の猛る意思を反映するかの如く、刀身の形状を変えていく。




まるで、揺らめき立つ業火の柱のような形へと変わる。




少年を焼き尽くさんとする、黒い欲望の塊。




それが、振り下ろされようとする。




「我が野心を阻む者を滅ぼせ………【憎悪】〈イデア〉」




赤黒くおぞましい気を纏った『剱』が少年へ襲いかかる。




凍える冷気が降りかかり、目にする者に底知れぬ畏れを抱かせる刃が群らがる。




逃げ出したくなる光景だった。立ち向かうなど不可能に近い。




逃げ切れぬと判っていても、背を向けて走り出したい衝動が駆け上がってくる。




それほどの威圧感を与えてくる。




だが、少年は逃げなかった。




「残念だよ、剋帝」




無数の刃の襲来よりも、体感的に押し寄せる畏れよりも、少年が感じて思ったのはそれだけ。




逃げることはない。畏れることもない。




何故なら彼の手には、絶えぬ光の『器』があるのだから。




「斬り祓え―――【純心】〈シャクアス〉」




透き通る声でその名を呼び、




両手で構えて、向かい来る憎しみの刃を迎え討つ。




世界に平和をもたらすために。




男を憎しみから解放するために。




少年は、【純心】の『聖槍』を振り上げた。










「うおおおおおおおおおお!!」










「うおおおおおおおおおお!!」


「…」


教室中に唸り声が響き渡った。

少年は机に突っ伏していた顔を上げて、椅子から立ち上がり、拳を振り上げて叫んでいた。

周りの席に座るクラスメイト達は驚くか、呆けた顔で大声を上げ続ける少年を見つめる。


「おおぉ………お?」


寝ぼけた目の焦点が定まってきて、少年の声はしりすぼんでいく。

シン……と静まり返った。

教室中から眼差しが集まる。

痛々しいくらいに冷たいのもあれば、面白がった好奇のものもある。

視線を一身に浴びて、少年は段々と状況を理解していく。―――自分は授業中に居眠りをした挙げ句、その上さらに寝ぼけて醜態を晒してしまったのだと。

……かなり気まずい。寝癖のついたボサボサの髪を掻きながら、さてどう体裁を繕うかと悩んだ少年は、

とにかく、恥さらし状態から抜け出そうと打算して席に座り―――、


「座らなくてよろしい。芯護(しんご)くん」


ずっとそこに居たらしい、机の真ん前に立つバーコード頭の教師に呼び止められた。

四角い縁の眼鏡を掛け、手には粗野な教鞭が握られている。見た目通りに厳しそうで、堅苦しい印象を与える男性だ。

そんな彼の顔には、普段からは想像もつかないような柔和な微笑みが作られている。

その表情の裏に秘められた感情に、芯護と呼ばれた少年も気づかないはずがない。


「あー、と、これには、色々事情が」


「成績不良な上『器』も発現出来ない君に、如何程の事情があるのかな?」


咄嗟につこうとした言い訳はピシャリとはねのけられた。

芯護は心底嫌そうな顔で黙る。周囲からはクスクス忍び笑いが聴こえ始めて耳障りだし、次にバーコード頭の教師がなにを言うのか判りきっているからうんざりする。

そしてそれは想像通り、堅苦しい印象のバーコード頭から告げられた。

お決まりの、蔑みに蔑んだ台詞を。




「君に愛想を尽かしてしばらくは経つが、今や君との、教師と生徒としての関係すら断ちたい気分だよ。これ以上はなにも言うまい………廊下に立っていなさい、『秩序の学舎』(アカデメイア)の落ちこぼれくん」


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