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赤い眼の魔導士  作者:
本編
7/16

6 月の蝕

 その日は満月だった。空気の澄んだ初冬の月光は殊更に心地よい。こんな明日をも知れない夜であっても。

 私はむき出しの肩に跳ね返る銀の光を目を細めて眺める。



『君は、人間か』


 満月の夜、初めて王宮の中庭で出会ったとき、あの人は眼を眇めてそう言った。

 はいともいいえとも答えられず、あいまいに微笑みを返すと、ほんの少し考えるそぶりをして、彼はかすかに頷いた。王宮の外れに、風の精の半精が住まわされている、というのはもちろん一度は報告されているだろう。すぐに思い至る怜悧さに感心する。


 『セラ、と申します』


 人の理を外れた存在として、礼儀作法も何も求められてはいないのだが、一応礼をとり、私は名乗る。


 『私はシュナだ』


 彼が無造作に二つ名を名乗ったことに、私は驚いた。

 顔を見たこともなかったが、国王がこの国随一の美丈夫である、という評判は聞いていた。彼の姿を見たとたん、だからもちろん私は彼が誰だか分かった。この王宮に、これほど美しい人間が二人といるとは思えなかった。

 二つ名は、王族が幼いころにごくごく身近な者達のみに使わせる愛称だ。彼の二つ名は、王宮内でも、あまり知っているものはいないだろう。


『…おひとり、なのですか』

『そうだね。君も知っているだろうがここは安全だ。満月の夜の数刻は、一人で庭を歩かせてもらっている。何やら、とても心地よいんだよ』


 彼は緩く微笑んだ。それはそうでしょうね、と私は胸の内でつぶやく。だってあなた、半分月の精でしょう。

 彼の力を封じている月の精霊の魔力は、私などでは及びもつかないものだ。彼も周囲も、彼が半精であることに気づいてもいない。たぶん彼の父親は、最高位の精霊であったのだろう。そして彼の母親は、この国で最も尊ばれる血の人間だ。

 同じ精霊のあいのこなのに、私は生涯囚われの半端もの。この人はこの国の王様で世界のすべてから愛されている。彼の周りを飛び回る精霊たちの、うれしそうなことと言ったら。彼の肩の上の特等席を、みんなで奪い合っている。

 次の満月の夜にまた会う約束を交わしたのは、彼に対する敵愾心からだった。私も容姿には自信があったし、何より魅了の魔力が使える。夢中にさせて、袖にしてやる。美しすぎるものには近づいてはいけないと、小さい時から母に言い含められていた。でもほんの一時会って振ってやるくらい、構うものか。

 そんな思いは、あっけなく潰えた。すぐに夢中になったのは、私のほうだった。彼の前では、私は少々見てくれのいい、ほんの小娘に過ぎなかったのだ。


 彼との逢瀬は楽しかった。彼は私が知らない、たくさんのことを教えてくれた。世界の成り立ちから、異人達の不思議な風習、季節を彩る花の名前まで。


 でもそれは、ある満月の夜に突然終わった。満月の蝕の夜。

 いつもの中庭の東屋で、私は魂の抜け出た彼の身体と対峙した。月の精は、ゆっくりと漂う彼の魂を呼び寄せる。

 自分のものとも思えない悲鳴が喉の奥から聞こえた。でも、私の力では、彼の魂が奪われていくのを止められなかった。

 頭を振って、何とかあの忌まわしい光景を振り払おうとする。でも、私にはできない。

 

 魔導士になったのは、精霊殺しの手段をどうにかして得たいがためだった。あの日から、私の前に、精霊は一体も姿を見せなくなった。

 どうして、月の精は彼を殺したのだろう。半精同士が惹かれあってはいけないのなら、どうして私を殺さなかったのか。

 答えは分かっていた。彼らは、分不相応なものを欲しがった私に死ぬよりも辛い罰を永遠に与えたかったのだ。


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