4 報せ
その知らせが届いたのは秋の終わりのことだった。
魔王に匹敵する魔力を持つ魔導士が見つかったというのだ。正確には、存在は分かったのだが居場所は分からない。
その特徴は、ルビーのような赤い眼。
討伐隊はにわかに沸き立った。とにかく、魔獣を生み出す大元である魔王を倒さないことには、膠着した消耗戦は終わりがない。
討伐隊は、いまだ魔王の姿を見ることもかなっていないのだ。
ところが、その報がもたらされた直後、予想外のことが起こった。
これまで間断なく湧いてきていた魔獣が、ぴたりと姿を現さなくなったのである。
討伐隊は防衛の魔法陣を敷き一旦待機となり、主戦力の入れ替えのため疲弊した多くの戦士が王都へ戻った。赤い目の魔導士探索へと任務が変更された半数以上の魔導士も王都へと帰還した。
が、相も変わらずアラン参謀長は前線に留め置かれている。その背中には、もう本体が見えないほどの疲労と重責が降り積もっている。
「どうして帰してあげないのかしら」
待機隊に配属されたセラは、お気に入りの黒ずくめの男の横顔をちらりと見ながら、年かさの魔導士分隊長のマシューにつぶやく。あまりにも、あまりにも気の毒だ。
「彼以上の適任はいないのだろうよ」
マシューの返答は簡潔だ。セラには人間界の政治のことはよく分からないが、まあ彼ほどの人材はそうはいないことは分からなくもないとは思う。
あまりにかわいそうすぎて、実体化したピンクの花びらを寝床に敷き詰めてあげようかなとも考えたが、他の魔導士たちに全力で止められた。
曰く、最近毎晩のように参謀長のテントからピンクの花びらが漏れ出ていることは、本人だけが知らない公然の秘密だったらしい。
「これ以上、羞恥なんぞという無駄な感情で彼の精神疲労を高めてくれるな」
セラには厳命が下った。
沈黙を破り、一月後に単独で現れた魔獣は、今までとは桁違いの力と、以前にはない知能を持っていた。
やみくもに振り回す拳のような魔力から、明確に操作され繰り出される鞭のような魔力へと変貌した魔獣の攻撃は熾烈を極め、討伐隊の実働隊は数人を残し壊滅し、初めて魔導士の犠牲を出した。
やむなく討伐隊は初めての全軍撤退を行った。最後の死線である、王都を囲む広大な魔法陣の内部へ退却したのである。
王都の魔法陣の内側とはいえ、王都の中心からは歩けば7日ほどの距離がある。幕を張っただけの簡素な野営地で、焚火を囲んだ魔導士たちのもとへ漆黒の鳥がふわりと降り立った。
「『赤い眼の魔導士』はまだ見つかんねえのか」
マシューは王都中心との連絡役の魔鳥に、抑えきれない焦燥をにじませた声で尋ねる。初めて部下を喪った分隊長の心中を思い、セラは唇をかむ。
「探索の魔術の最高位術者達が連日探索しているが、いまだ所在不明」
「そもそも『赤目』の情報は占術の魔導士が言い出したんだろ。正確性はどうなんだ」
「今ある情報の中では、最も確からしいと言える」
「……結界の中は、探したのか」
あ、それダメなやつだ。
セラは、豪胆に見えて決して禁を破らないマシューからの言葉に愕然とする。
長期間空間を占拠する結界の展開は許可制で、そもそも持続的に大量の魔力を消費するため維持できる者も限られ、世界中でそれほど数は多くない。他者の展開した結界内を無断で覗き見るのは、魔導士同士では禁忌である。露見すれば、行った魔導士は追放になる。
「今のご発言は、聞かなかったこととする」
魔鳥を通した王都の最高魔導士の声も、沈痛だった。
「……軽率だった。感謝する」
マシューは言葉少なに交信を終える。
あとどれくらい、王都の魔法陣を守り切れるかしら。セラはぼんやりとうずくまる剣士たちを眺める。今動ける剣士は多くはない。「不死身の参謀長」「赤銅の騎士」「白銀の騎士」他は数人程度。数日後には王都から戦力が補充されるだろうが、手詰まりであることに変わりはない。