3 セラと白銀の騎士
ディアナが「赤銅の騎士」と呼ばれ始めた頃、対となるように「白銀の騎士」と呼ばれ始めた剣士がいる。ただ、その素顔を見たものは、少なくとも剣士のなかには誰もいない。いつも全身に鈍色の甲冑をまとい、白銀の美しい髪をなびかせ戦場を駆け抜ける。そして戦闘が終わると、何処へともなく姿を消すのだ。
「いい加減にしたらどうだ、セラ」
近日では激しい戦闘となった9月の満月の夜、渋い顔で、半精の魔導士のセラヘ声をかけたのは年かさの魔導士、分隊長のマシューだ。
「暴れまわって満足したろ。その姿、心臓に悪いからやめてくんねえか」
白銀の髪をばさりと振り、セラはニヤリと頬を歪める。
「嫌よ」
甲冑を脱ぎ捨てて現れたのは、見るもの誰もが息を飲むような美しい男だった。
「…っ。悪趣味だぞ、いくらまれに見る美丈夫だったとしても先王の姿をとるのは」
マシューの年頃の男にとって、先王は永遠の憧れだ。国民こぞって強く美しく知性に満ちた王を崇拝していた。心臓の病で呆気なく亡くなってしまったときには、国中が比喩ではなく火が消えたようになった。今となってはその身罷られ方も相まって神話のように扱われている。
その先王の姿を、こともあろうにこの魔導士は。
「いいじゃない、人前に晒すもんじゃなし。甲冑のなかがのっぺらぼうじゃあ締まらないじゃない」
「亡くなった方をおもちゃにするんじゃない」
「はいはい」
マシューの声に本気の怒気を感じたのか、いつもの少女の姿に戻りセラはふわりと髪を揺らした。
「もういいでしょ、月浴びさせてよ」
戦力が足りなそうだから、とごくごく軽いノリで甲冑の騎士へと姿を変える今は少女姿の女魔導士はうーん、とのびをする。半分精霊の血をひいたこの魔導士は、満月の夜に月の光で魔力を補うのだ。まあ本人曰く、補える魔力は「美容液のようなもの」らしいが。
足音も荒くマシューが立ち去った後、ひっそりと吐息をつき半精の魔導士はつぶやく。
「本物は、こんなの及びもつかないかったのよ」
あなたたちは、知らないでしょうけれど。
『セラ』
あの人の声を思い出し、セラはぶるりと身震いをする。甘い響き。もう二度と耳朶を震わすことはないその囁きに、私はまだ恋い焦がれる。もう何百回、一人の月浴びをやり過ごしただろう。これから何万回、一人の月浴びは訪れるのだろう。
私はまた、彼の姿になって戦場を駆ける。そうしなければ、どうしてもぼやけてきてしまう彼の姿をこの胸に閉じ込めておくことはできない。忘れたいけれど、忘れたくない。
叫んで喉をかき切れば、あなたのそばに行けるのなら、今すぐそうするのに。
「無為なことね」
苦く笑って彼女は空を仰ぎ見る。あの日と寸分変わらぬ、冷たい銀色の満月を。