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赤い眼の魔導士  作者:
本編
2/16

1 アランと花の精

 魔王討伐隊、それは悲壮な行進のはずだった。

 でも僕たち魔導士分隊は、別の意味で必死に肩を震わせないようにこらえていた。

 行軍が進み、都の大門をくぐり見送りの人影が途切れたところで、かたくなに前を見ていた一行の緊張が解ける。


「さっきから何だ」


 不愉快そうに眉をひそめて、赤毛で大柄な女剣士が僕らを振り向く。

 つられるように黒髪の男が振り向いたとき、もう僕は限界だった。


「やめろこっち見んな」


 それだけ言うと、こらえきれず噴き出す。つられてあちこちからぶふっだのうぐっだのという魔導士たちの押し殺した声が漏れる。


「これは……魔力を持つ方々からの侮辱ととらえてよいのかな」


 口調は穏やかでいっそ上機嫌とも聞こえる響きで、ただ瞳には剣呑な光をかすかにのぞかせ、黒ずくめの男――アラン参謀長がつぶやいた。


「いや違うの、ごめんごめぶふっ」


 ふわふわの肩までの銀髪を揺らし、あどけない少女の外見なりをしたセラがあわてて否定しようとするが、もう一度噴き出してしまうと、参謀長の右手が短剣の柄にかかるのが見えた。


「誤解です。参謀長……できればその胸元の紙をたたんでいただけませんか」


 魔導士隊分隊長であるひげ面のマシューがいつもの渋い声でようやっと依頼する。


「紙……」


 参謀長の漆黒の双眸が揺れる。明らかに動揺しているその様子に、僕たちはもう一度襲う笑いの波をほほの内側を噛んでやり過ごす。


「その……あなた方には、何か見えているのだろうか」


 いつもの落ち着いた声音ながら、どうしようもない羞恥をにじませて参謀長がマシューに小声で尋ねている。


「その、お持ちの紙――護符からの加護の波動が強すぎまして、先ほど紙玉を開かれてから参謀長の周りにピンクのハートのはなびらがごほんごほん」


 50年生きているおっさんですら、きちんとしゃべることができていない。


 漆黒の男――その見た目と王宮での飄々とした身の処し方から、僕がひそかに蝙蝠男と呼んでいたアラン参謀長が、真っ赤になって胸元の紙を探る。ようやっと蝙蝠男の周りを飛び交っていたピンクのふわふわがなくなって、僕たちは落ち着きを取り戻す。


「トーマス、私あの人好きになった。とってもかわいいわ」


 セラがぽつりとつぶやく。僕も激しく同意する。王宮の中での私情をみせない蝙蝠男と、今のピンクのハート男が同一とは思えない。



 概して、魔導士分隊とその他の隊は、軋轢が生まれやすい。生身で敵に立ち向かう戦士たちにくらべ、魔導士たちは防御の結界や治癒魔術など、後方支援に徹する。その割に気位が高いものが多く、指揮官は扱いに難渋することもしばしばだ。アラン参謀長が、不本意ながら身を削ったおかげで彼らが懐柔されたのは、お手柄といってよいだろう。



「しかし、捨て置いていいのかあの波動。見送りに立っていたのは、花の精だろう」

 

マシューが低い声でセラに尋ねる。風の精とのハーフであるところのセラは、ひょいと肩をすくめる。


「まあ、彼女自身は強い封印をされていて、自分を人間と信じているからね。それにあの護符、たぶん花の精が一生に一度だけしか作れないものだと思うわ。奪ってしまうのは、かわいそう」


 セラの視線の先には、すっかり元の黒ずくめに戻った男の背がある。


「あの人、これからの戦いでは、苦労するでしょうね。心が壊れないとよいけれど」

「縁起でもない。参謀長は無魔力の隊員たちの要だぞ」

「まあ、大丈夫でしょう。常人ではない精神力を感じるわ」



 戦況は思わしくない。

 湧き出てくる魔獣を満身創痍で倒し、先へ進もうとすると新しい魔獣が湧き出てくる…ということの繰り返しで、王都へ魔獣を近寄らせない、というだけの消耗戦。

 討伐隊の戦闘部隊は幾度となくほぼ壊滅の憂き目にあった。

 しかし、アラン参謀長はそのたび無傷で生き残り、魔導士分隊以外の戦力がほぼ入れ替わった4年後にも、最前線にいることを余儀なくされている。

 仲間の死を幾度となく看取る彼の背に、分厚い疲労と重責が積み重なるのを、魔導士たちは気の毒に眺めることしかできなかった。

 そんな彼の心を慰める拠り所が、あの花文字であることは、幸福なのか不幸なのか。


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