終章 赤い眼の魔導士(2)
結界の中の魔王が成長していると聞き、魔導士たちの間には戦慄が走った。恐慌に陥りそうな若輩の魔導士たちを、マシューやセラが何とか落ち着かせる。
ここからは、実力のいかんを問わず、全員が全力で魔力を送り続けるしかない。これまで補助魔術に回されていたそれほど力のない魔術師たちも、全員が魔力送りに参加することが決まった。
トーマスは、初めて触れる束になった魔力に顔をしかめる。他人の魔力に触れるのは、好きじゃない。集中しなければいけないのは分かっていたが、つい、赤毛の剣士がどうしているか、目を泳がしてしまう。
「……?」
違和感を感じ、視線を右手に戻す。結界の内側から、何かが力を削り取っているようだ。
「こ、の、気配は」
まずい。慌てて左手で右手首をつかみ、放出している魔力を抑えようとしたが遅かった。
内側から、覚えのある魔力がゆっくりと結界をめぐり、トーマスの魔力と交じり合う。瞬間、結界の中の幼子がむくりと起き上がった。
「……!!」
300人以上の魔導士の魔力が注ぎ込まれていた結界が、あっけなくはじけ飛ぶ。
結界近くにいた魔導士は吹き飛ばされ、その場のほとんどの魔導士が倒れ伏した。
倒れ伏したトーマスの頭の中で、ドクンドクンと激しい拍動がこだまする。
(……あいつは、俺の、弟だ)
感じた気配は、母のものとひどく似ていた。
5歳でトーマスが魔導士学校に送られる直前、母は心を病んで、宿していた子供が流れたと聞いた。通常は荼毘に付されるはずの遺骸は、母のたっての希望で封印を施され、王都近くの墓地に埋められたと聞いている。
母が亡くなったのは、8年前だ。主を失った封印結界は、徐々に綻び朽ちていく。
(流れた、じゃなくて流した、だったのか)
(あいつは、地中で生きていた。あいつを拒絶した俺たちに復讐するために、地上に戻ってきたんだ……)
結界の内側をめぐっていた魔力は、純粋な憎しみに満ちていた。
「来たか」
ポタルがつぶやく。
結界がはじけた瞬間、幼子の頭に向かって四方から無数の銀のつぶてが飛んだ。
赤い眼がつぶてに向くと、炎とともにすさまじい光が炸裂する。子供はふらりとよろめいたが、すぐに立ち直り頭を振る。
「やはり長くは保たないか」
ポタルがつぶやく。赤眼の力を抑えるために閃光弾に魔力を込めて結界に仕込んであったが、急ごしらえでは効果は知れている。
ポタルが指を組むと、子供の頭の周りに暗闇が湧き出しまとわりつく。子供は無造作にそれをつかみ、引きはがす。ポタルの顔が苦悶に歪む。
「来るわ」
セラが目を上げる。マシューは軽くうなずく。力は尽くしたが、及ばなかった。
幼子から、まばゆい閃光がほとばしる。まだ目は使えないようで、閃光は両手から膨らんでゆく。覚悟を決めて、マシューは最後の防御結界を展開する。
しかし意外なことに、その閃光はただ一点を目指した。子供の癇癪のような、まだらな魔力。
「……トーマス!!」
間に合わない。セラの右手から放たれた魔力は、閃光の軌道をかすめ霧消する。




