第二話《初めての魔法習得》
「拓翔ー、ご飯できたわよー」
「わかった、今からそっち行くよ」
自分の部屋で本を読んでいると母さんがドアを開けて声を掛けてきた。すぐに返事をして食卓に向かう。部屋に入ると既に父さんが席に着いていた。
「おう拓翔。さ、お前も早く座れ」
「うん」
言われるがままに席に着く。同時に母さんも座り、食事の掛け声を言う。
「皆揃ったわね。それじゃ、手を合わせて」
「「「頂きます」」」
そして食事に手をつける。母さんの料理はいつも工夫が施されているので食べていて味に飽きないし、毎日の細やかな楽しみだったりする。何より―――
「どう?今日の料理は」
「うん、いつもながらとても美味しいよ。母さんの料理で不味いと思った事は無いかな」
「拓翔の言う通り、母さんの料理は仕事の疲れが吹っ飛ぶ美味さだぞ!ははは!」
「ふふふ、嬉しいわあ。そう言われると拘って工夫している甲斐があるわね~。」
こういう家族だんらんの雰囲気が、もっと言うと二人の笑顔を見るのが大好きだ。この時ばかりは気持ちが満たされるの感じることができる。自分が生きている意味を見出すことができる。
この時間が、ずっと続いたら良いのに。そう思った時だった。
『――――――あ あ、や っ と 見 つ け た わ』
突然、二人の背後に真っ赤な裂け目の様なものが現れる。そこを起点に段々と世界を紅が侵食していき、裂け目の奥から紅い目を爛々と禍々しく輝かせている怪物の様な影が現れた。恐怖と困惑で動けないでいると怪物が大きなアギトを開き自分にその牙を伸ばしてくる。そして
『―――ようこそこちらの世界へ。純義拓翔』
意識が飲まれる直前、影は愉しそうにそう言った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
―――気がつくと、視界に広がっていたのは一面の緑だった。
広大な草原と言った感じで、前方には森林が生い茂っている。上を見れば、澄み渡った碧い空が広がっていた。それらを暫く見渡した後に、先ほどの光景を思い出す。
「…そうだ。そうだよな。いつもの様に家族の帰りを待ってる間に僕は異世界モノの本を呼んで、途中で寝てしまったが為に――――」
「不幸にも私にこうして本当に異世界に連れてこられてしまったんだ、かしら?」
そう言いながら自分をこんな状況に陥らせた張本人が左肩に手を置いた。不意に来るものだから咄嗟に声のした方を向いたが、そんな僕の動揺を気にすることなく彼女は話し出す。
「さて、それじゃ早速アンタには私を倒してもらうべく光属性の才能を開花してもらうんだけど…まずは魔力の扱いと、それに慣れた後での魔法の出し方から習得するようレクチャーしてあげるわね」
「魔力の扱いと、魔法の出し方…ですか」
「ちょいちょい、敬語は使わなくて結構と言ったはずよ。素の口調でOKなの」
「あ、すいま…いや、ごめん。こんな感じかな?」
「そうそうそれで良いの」
彼女は納得した後、話を戻す。…それにしても背が高いな。一ヶ月前に身体測定があったが、その時の僕の身長は170以上だった。しかしこうして目の前で立って並ぶと目線がほんの少し上になるくらい彼女は大きかった。その悍ましくも美しい容姿もあって、かなり異様な雰囲気を出している。
「で、まず魔力の扱いにあたって前知識から解説するけど、この世界の魔力というのはあらゆる生命体に必ず宿っている一種のエネルギーで宿主が死んだ時に空気中に四散・還元される仕組みなの。秘められている魔力は個体によって質も量も一定じゃなく、一生微弱なまま生を終える事もあればある日突然強くなったり、果ては生まれた時から優れた才能に目覚めていたりと例を挙げればキリが無いわ。無論これはこの世界で最上位クラスの種族である竜や神であっても同じ事よ」
ここら辺はまあ当たり前の事として普通に理解できる。仮に一定だったら竜か神のどちらか一強の勢力図になるだろうし、その過程で他の生物…それこそ人間なんて知能を駆使したところで敵わずに淘汰されてしまうのが目に見えてる。第一そうだったらまずこうして彼女が僕を連れ去ること自体が無いはずだし。
「そして重要なのはここからだけど魔力は体の中を常に一定の間隔・速度で循環していて、基本的に意識を集中させる事と詠唱する事で初めて作用する性質があるの。例えば手から炎を放つ様を強くイメージして『燃え盛る業火よ、焼き尽くせ!!』なんて言えば魔力がそれを再現しようと手に密集して、実際に炎に変換されるというワケ。ただそんなこと言わなくても『ファイアー!!』みたいな名前だけでも発動するから詠唱というよりは言霊の様なものだと思っていいわ」
要は感覚を研ぎ澄まし、念じる事と言葉を発する事で思い描いたものに魔力が変化すると。
「でもそこで響いてくるのが“個体の才能”で、それが無ければイメージ通りにいかずに中途半端に終わってしまうの。宿っている魔力が弱かったらそもそも念じようが詠唱しようがほんの少し力が集まってる感覚があるだけで何の変化も起きないし、この世界の人間は大半がそうよ。」
なるほど、さっきからやたらと才能に拘っていたのはそれの有無で上手く魔法を出せるか否かが大きく別れ、この世界のほとんどの人達が魔法を使えない。だからわざわざ別の世界に焦点を当てたと。
別に自分を倒せる可能性を持つ存在ならそれこそ同じ神や竜の中から探せば良いのに。選りによって人間に絞り、しかもそこまでやるって彼女の『敗北』に対する興味・関心・意欲は一体どれほどなのか。
「ま、適性の高い個体や言葉を持たない種族だと詠唱をせずに念じるだけでいい場合もあるけどね。ああ勿論ながら私は詠唱なんて面倒な工程は踏まないし、それどころか念じる必要すらなく相手に攻撃の意思を向けるだけで自由自在に発動できるわ」
どうやら適性があれば本来必要な言霊の過程を経ずに魔法が出せるらしい。つまり僕の場合だったら光属性の才能があるらしいから、これから練習を積み重ねていく中で言霊を挟まなくてもいい訳だ。最もこの人は敵意だけで好きに出せるみたいだが…。
「――――じゃ、説明も一区切りついたしそろそろ実践といこうか。」
いよいよか。強く念じて、言霊を発して魔力をイメージ通りに変化させるんだったよな。本当に適性があるなら言霊は必要無いだろうが、慣れない内は掛け声として使う事で成功率を上げた方が良いだろう。
「まずは、自分の手を前に翳して意識を向けてみて。」
言われた通りにする。すると次第に何かが手に蓄積されていく様な感覚に見舞われる。ほんのりと熱っぽい、と言えばいいだろうか。十中八九これが魔力だろう。
「次に強く念じて。試しに取り敢えず光の玉を形成してみてちょうだい」
今度も指示通り光の玉をイメージし、念じてみる。そしたら手の当たりがじわじわと光を帯び始めたので、もう一押しに声を発してみた。
「球状に変化しろ」
すると光がみるみる丸みを帯びた形になっていき、イメージ通りに変化した。どうやら成功したみたいだ。隣を見るとイヴィルさんが少し嬉しそうな顔で、「ふっ、ちゃんと出来た様で何よりよ。つってもこの程度は前提なんだけどね」と言った。
そうだ、ここまでは彼女の言う様に前提だ。本題の“魔力を魔法として昇華させ、習得する”のはここからだ。
彼女がおもむろに僕から少し距離を取り、こちらに向いて軽く咳払いをする。
「ここからは表面に出した魔力を技に、つまり魔法として上手く使う為の練習を始めるわよ。まずはその光の玉を私に撃ってちょうだい。因みにアンタなら大丈夫だとは思うけど、本来ならちゃんと魔法の名前を言わないと放った直後に四散する上に、稀に中途半端に作用して暴発も起こすから一応言っとくね。名前は【リアン】よ」
「わかったよ。だけど前に光が弱点って言ってたと思うんだけど、その点は大丈夫なのか?」
「あら、その時にこうも言ったはずよ。弱い威力の場合だったらそれも無効化すると。そうね…数値で表すなら私に重傷を負わせた光竜の一撃が1000ダメージならその十分の一、つまり100ダメージ以下はカットするってこと。故に光魔法で最下級のリアン如きで傷を負わされるほどヤワじゃないわ」
そう言えばそんなことも言ってた気がする。であるならば大丈夫だろう。…それにしても十分の一って結構無効化できるんだな。竜を基準にしているから100ダメージでも人間の上級魔法に相当するレベルだろうし、当分の目標は上級魔法の習得だな。
「じゃあ心配する必要は無い様だね。それなら改めて―――――」
小さく深呼吸し、息を整え、彼女に標準を合わせ、宣言する。
「【リアン】っ!!」
瞬間、勢い良く光が発射し彼女目掛けて一直線に進む。しかし被弾した側から音もなく飛散し消えていく。
「続けて10発撃ちなさい」
初めてまともに撃ったばかりでいきなり10発はちょっときつく思えたが、黙って指示に従い魔法を形成する。流石に一度に10発同時に繰り出すのは少し無理があるので、無難に一発ずつ焦らず冷静に放ち続ける。
何とか撃ち切った頃には若干ながら疲労感を覚えたが、まだ余裕は充分にある。
「うん、じゃあ今度は詠唱を介さずにやってみようか」
さあ早くも来たぞ。さっきまでの感覚を思い出せ。イヴィルさんの目に狂いが無いなら自分は光属性の適性が高いはずだから何とかイケるはず。意識を集中し、魔法をイヴィルさんに向けて放つイメージを念じる。言葉を発さず、相手に対する強い攻撃の意思を維持し、そのまま―――撃つ!
果たして、リアンは言霊抜きで発射音を出しながら彼女に向かっていき、そして被弾・飛散する。それを見た彼女は笑みを浮かべる。
「初めてにしては上出来ね。ま、この私が選りすぐりで半年掛けてまで探し出した非凡な原石なんだからこれぐらい出来てもらわないと失笑モノよ」
「はは…それならちゃんと出来て良かったよ。僕としてもこう見えて結構驚いてるし。因みにもしどうしても上手くいってなかったらどうなっていたのかな?」
「うん?そうねえ…律義に元の世界に帰す、なんて優しい事なんかせずにこのままこの世界にほったらかしで済ませたわ」
「わあ、流石邪神。あまりの身勝手さに本気で背筋がゾッとしたよ」
自分の才能にこれだけ感謝したのは恐らく後にも先にもこの時だけだろう。普通こういうのってそれまで想像の中だけだった魔法を初めて習得したことに対して思わず嬉しさと興奮で燥ぎでもするんだろうが、今のイヴィルさんの発言でそんな気持ちは引っ込んだ。悪逆無道、傍若無人の邪神とわかっていてもこの扱いは理不尽すぎないかと思えてならない。まあそれを訴えたところでこの邪神が態度を変える訳が無いんだろうけど。
「それじゃ最下級とは言え魔法も覚えた事だし、次はお待ちかねの町観光へと行こうじゃない!」
出た、異世界モノに限らずファンタジーやゲームでは定番のイベントである町の観光。この世界の町並みはどういった感じなのか。人間だけじゃなく亜人とかも居るのかな。そんな期待を膨らませているとある疑問が浮かんできた。
「あの、イヴィルさんって邪神だったよね?そんな人目に移る所に行ったら色々と不味いんじゃあ…」
「ああそこは大丈夫よ。認識改変魔法で対策済みだから。それに…」
「…それに?」
「人間たちは私んトコの教祖ちゃんと司教ら以外にこの姿の私を一切知らないからねぇ」
どうやら魔法で認識を改変させる事も可能らしいが、それより気になる事を聞いた。教祖らの存在に関してはこの人が邪神である以上そういう宗教があってもおかしくないし別段驚くことは無い。ただ教祖と司教たちは『この姿の自分を知っている』と言ったが、“この姿”とは?今、僕が見ているこれは本来の姿ではないと?なら本来の姿は一体どういう見た目でどこまで強いのか。それによっては倒し方や作戦を練る必要があるだろうな。そんなことを考えていると突然彼女が遠くの山を親指で差し始める。
「まあそういうワケで別に問題ないわ。ところで私の後ろに小山が見えるわよね?」
「うん、見えるけどあの山がどうかしたの?」
「あそこを越えた先にミグスアレって名前の小さな繁華街があるんだけど、そこには地図や生活用品、宿屋や魔道具なんかもあるから旅の準備とかをするのに最適なの。他にも酒場で依頼をこなして金銭調達したり仲間を募集する事も出来るけど…ふふっ何なら奴隷だって扱ってるから酒場でダメならそこで見繕う、なんてやり方もあるわよ?」
酒場で依頼に奴隷売買。これも異世界モノでは定番の要素だ。町の観光と聞いてお金を一銭も持ち合わせていない事に不安を抱いていたが、そこは依頼を達成できさえすれば一応は解決できるらしい。しかし仲間か、正直今のところリアンしか使えないから募集して集まっても戦闘になったらまるで役に立たないだろう。精々囮役と言いたいが、それを務めるにも単純な運動神経や回避能力の高さ、相手が自分にどう狙いを定めどう攻撃してくるかを前衛以上に常に予測・対応しないといけないから結論から言うとこれも無理。よって僕はこう返答する。
「いや…仲間はいいよ。魔法の基礎をたった今覚えたばかりの僕じゃ足手まといになる。それにお金も無いから買い物も出来ないし、まずは簡単な依頼を達成してコツコツと稼ぐ。ついでにそうした依頼の中で現地に赴いている時に特訓して力をつけ、まともに買い物が出来るまでは自給自足していく。当分はこの方針で行こうと考えてる」
それを聞いたイヴィルさんが少し眉をひそめる。
「へえ?序盤に仲間をつけた方が足手まといでも特訓に付き合うよう頼んだり金銭に関しても仲間のコネで解決できたり自分の足りない箇所を補い合って協力しあえるのにアンタは暫くの間とは言え敢えてそれをやらずに一人で何とかしていくと?」
「うん、確かに仲間がいるのといないのとでは効率も安心感も全然違うだろう。ただこの世界で野宿をする羽目になった時に一人でも冷静に、かつ柔軟に対応できる様にと考えてるんだ。突き詰めれば何者にも借りれない、頼れない、縋れないの三点セットに備えて環境に慣らしておきたいんだよ」
仲間がいれば一人の場合より活動の幅も広がるだろうが、突然はぐれたりして周囲に誰も確認できずに孤立する。そんな状況になる事も可能性としては充分にあり得るのだ。そして理由はもう一つ。
「何よりイヴィルさん―――貴方に『一人じゃ何もできない奴』などと絶対に思われたくなんかない、そういう僕なりの“意地”もある」
それを聞いた彼女はポカンとした表情を浮かべる。が、直後に高らかに笑う。
「は、はははははは!!良い、善い、好いわよその意地!なになにアンタにもそういう曲げれない譲れない、舐められたくないっていう小さくなけなしの、されど確固たる意思があるんじゃない!!あと私相手だろうと堂々と言える様な、ほんの少し前に怯えていたとは思えない気の強さも!うんうんそれなら私はアンタのその主張を、意地を尊重してやろうじゃないの!貫き通せるものなら通す様に頑張るといい!」
かなり嬉々とした様子で称賛している。僕の発言を一種の徹底抗戦に近い意味に捉えたのだろうか。或いは単に自分に対してここまで取り繕うことなく抵抗の言葉を言われたのが初めてで新鮮だったからなのか。
「うん、努力するよ。ところで町まではこのまま徒歩で行くの?」
「いや今回は入口付近までテレポートするわ。さっきの練習で体力を使っている上で山なんか越えたくないでしょう?」
「まあ、登らずに済むならそれに越したことは無いね」
「でしょ?…ふふ、それにしても最初はギリギリ基準値を上回る程度の才能だから妥協して選んだけど、もしかしたらアンタで正解だったかもねぇ」
そんなことを言う彼女だが、僕を家族の元から文字通り世界を越えて引き離した元凶なので特に嬉しくは思わなかった。同時に退屈な日々から抜け出せた切っ掛けになってもいるから悪い気分もしなかったが。
「あそうそう、因みに言語の問題については転移の際に私が自動翻訳の魔術を組み込ませておいたからそこに関しても懸念しなくていいわ」
「いつの間に言語の壁も解消してくれてたんだ」
「くふふ、言語がわからず必死こいて己の意図を伝えようとあれこれ錯綜するアンタを嗤うのも悪くないと思ったけど、それで変にグダって事が思うように進まなくなるのは私としても嫌だからね」
なるほど、流れが滞るのは邪神といえど好きではないらしい。ゲームに例えるなら、これから念入りに育成する予定のキャラが序盤から弱い敵に負けたり強化の素材が足りなかったりでコケまくる事で都合よくいかずにストレスが溜まると言った感じだろう。そりゃ嫌がって事前に最低限の措置をするはずだ。
「言うなれば、その翻訳機能は私という神様からの転移記念の“特典”よ。
―――それじゃあ最初の町『ミグスアレ』へレッツラゴー!」
そして、彼女のその言葉を皮切りに僕らはその場から消えた。