8 進入者
ルナールの父親から手紙が来た翌日。まだ雪が残るサルファ湖畔で、クオートは例によって定期的に怒られながら調査の手伝いをしていた。
ルナールは飽きもせず、毎日一帯の木の生育状況を細かく記録している。
なんでも、食べられ方でドラゴンの生息数や、個体の大きさまで推測できるのだそうだ。
他にも離着陸や狩りの痕跡。足跡からフンに至るまで、ドラゴンに関する事ならなんでも調べて記録する。あまりの仕事熱心さに、クオートは眩暈がするくらいだった。
エメリーとはもうずいぶん仲良くなれた気がするが。ルナールとは打ち解けるどころか、日々溝が深くなっていく感じがする。
昼食を終えてまもなく、調査地点を変えるために移動していると、ふとクオートの視界の端でなにかが動いた。
「あ、保護官長。キツネですよキツネ!」
「ミナミユキキツネだな。この辺りはドラゴンに限らず、野生生物の宝庫なのだ。冬には雪に閉ざされてしまう苛酷な環境だが、動物だけで54種類も棲息している」
ルナールはドラゴンに限らず、動物の話をする時には機嫌が良くなる。この動物に対する愛情を十分の一でいいから部下にも向けてほしいものだと、そう思わずにはいられなかった……。
「……あれ、あのキツネなんか様子が変ですよ? 転んだのかな?」
クオートの呑気な声に、ルナールがサッと顔色を変えたかと思うと、急に馬をそちらに向けた。
クオートも慌てて後を追うが、馬を降りたルナールの前に横たわるキツネは、すでに息をしていなかった。
「……外傷はないみたいですけど、病気でしょうか?」
「違う。これは毒だ」
「毒? この寒いのに毒蛇なんていないでしょうし、毒草でも生えてるんですか?」
「いや、これは人間の仕業だ。クオート三士、周囲を警戒しろ!」
突然強い調子で言われ、クオートは面食らってしまう。
こんな山奥にわざわざ来る物好きがルナール以外にいるなど、とっさには信じられなかった。
だがルナールの表情は緊張し、目には怒りの色が浮かんでいる。
「保護官長、どうしたんですか?」
「ドラゴンを狙った密猟者が入り込んでいるのだ。おそらく数人以上の集団だ、捜索するぞ!」
ルナールはそう言うと、目を開けたままのキツネのまぶたを閉じてやり、馬に飛び乗って走り出した。クオートも慌てて後に続く。
「保護官長。密猟者って、ふもとには警備隊がいるのにですか?」
「この広い山脈全体で侵入者を完全に阻止するなど、元々不可能な話なのだ。最終的には現場で対処する他にない」
「でもあんなに大きいドラゴンを密猟なんて……そもそもどうやって倒すんですか?」
馬を走らせながら、クオートは率直な疑問を口にする。
「今見ただろう。人間がドラゴンを狩るには毒か罠を使う。小人数の密猟者が使うのは、もっぱら毒の方だ。さっきのキツネは毒を仕込まれた肉を食べてしまったのだろう」
「でも、小人数じゃドラゴンを倒しても運べないんじゃないですか?」
「……一人宛て鱗の数枚も剥ぎ取れば、一生遊んで暮らせるだけの金になるのだ」
吐き捨てるように放たれたルナールの言葉は、嫌悪に満ちていた。
クオートはそれに気圧され、次の言葉が出てこない。
……しばらくは雪の上に残されたキツネの足跡を追っていたが、湖畔の雪のない場所に出て途切れてしまう。
「クオート三士、手分けをするぞ! 密猟者の一味か、毒が仕込まれているであろう大型動物の死体を探せ! お前も軍人だ、戦闘の心得くらいはあるな?」
「え? ええと……」
クオートは思わず口ごもってしまう。一応士官学校で戦闘の訓練を受けてはいるが、最大限サボる事に全力をつくしていたので、剣術も魔法も成績は酷いものだった。
だがルナールはそんなクオートの様子など気にもとめず。『見つけたらこれで知らせろ』と小さな笛を投げ渡して方向を指示すると、さっさと馬を走らせて行ってしまう。
(ど、どうしよう……)
手に小さな笛を握って考え込むが、あのルナールの様子からして、もしクオートのミスで密猟者に目的を果たされでもした日には、命が幾つあっても足りない気がする。
それなら密猟者と鉢合わせる方がまだマシだとの結論に達して、クオートは指示された方向へと馬を走らせた。何事もない事を祈りながら……。
……しかし、クオートの切なる願いは無情にも打ち砕かれてしまう。
しばらく馬を走らせた所で、地面に横たわる巨大なドラゴンの姿を発見してしまったのだ。
ドラゴンはまだ息があるらしく。苦しそうに、弱々しくうごめいている。まだ生きているのを警戒してか、周囲に人影は見えなかった。
(……ええい、こうなったらヤケだ!)
覚悟を決めて、クオートは力いっぱい笛を吹く。
甲高い音が周囲の山々に反響し、木霊となって響き渡った。
クオートは笛を吹くと、迅速に近くの森へと姿を隠す。馬を木に繋ぎ、物陰からそっと様子をうかがった。
――笛の音に反応したのだろう。すぐに数人の男が姿を現し、周囲をキョロキョロと見回している。全員いかにも強そうな屈強な体をしていて、クオートなどは一捻りな感じだ。
一対一でも勝ち目がなさそうなのに、数えてみると四人もいる。
今ここで飛び出しても犬死にするだけだと、言い訳のようだが正しい判断をして、じっと様子を見守り続ける。
……男達は笛の音に慌てたのか、まだ息があるドラゴンに近寄って鱗を剥ぎ取ろうとしはじめた。
男の一人が大剣を鱗隙間に差し込み、強引に剥がそうとする……。
――だが次の瞬間。丸太のようなものが空気を切り裂く太くて鋭い音と共に、男の姿が消えてしまう。そして時間が止まったような。一瞬の静寂のあと大きな水音が聞こえ、数十エーメルも離れたサルファ湖の湖面に水柱が上がった。
……ドラゴンが最後の力を振り絞り、敵に対して尻尾を振るったのだ。残った三人は、慌てたように距離をとる。
瀕死の状態であっても、ドラゴンの力は凄まじいものだった。クオートは男達が諦めてくれる事を期待したが、まもなく体勢を立て直した男達の手に、炎が宿るのが見えた。
三人が同時に火属性魔法を放ち、地面に倒れ伏したドラゴンの頭が炎に包まれる。ドラゴンは苦しそうに身をよじるが、もう満足に動く力も残っていないらしかった。
そこへ二度三度と、さらに追加の魔法が撃ち込まれる。
その凄惨な光景はとても見るに耐えないもので、クオートの心も焼かれるようだった。
しばらくは我慢していたが、ついに見るに耐えかね、剣を抜いて物陰を飛び出す。
「密猟者共! 警備隊だ、武器を捨てろ!」
ありったけの声で叫んで虚勢を張る。
相手との距離は三百エーメル以上。剣はもちろん、魔法でも簡単には攻撃できない距離を保った上での虚勢である。
三人の密猟者は一瞬動揺の気配を見せたが。間もなくクオートが一人だと見破ったらしく、目配せをすると不敵な笑みを浮かべて剣を抜き放った。
その中の一人が、剣を構えてクオートに向かってくる。
(あ、これはまずい……)
おそらく剣の腕は大人と子供ほども違うだろう。この場はひとまず逃げようと、クオートは敵に背を向けかけた。
「クオート三士! 伏せろ!」
突然響いたルナールの声に、クオートは反射的に身を伏せる。その頭上を、巨大な氷の塊が飛び越えていった。
激しい音と同時に、砕けた氷の破片が煙のように立ち込め、向かってきていた男の姿が見えなくなる。
その間にクオートの隣を、馬上で剣をかざしたルナールが颯爽と駆け抜けていく。
その格好良さと頼もしさは、まるで物語に出てくる王子様のようだとクオートは思う。
だがルナールは優しい王子様とは程遠い表情で、まっすぐ密猟者達に向かって突進していくのだった……。




