42 戦いが終わって
まだ落ち込んでいる様子のルナールに対し。クオートは努めて明るく、元気付るように言葉を発する。
「保護官長、一旦研究所へ帰りましょうよ。悩むのは前に進みながらでもできると思いますよ」
その言葉に、エメリーもうなずいてルナールを見る。
あのスタンレーの山々が。今のルナールにとってはなによりの癒しになるだろうと、クオートは思う。
……長い沈黙の後。ルナールは感情を飲み下すように、一つ大きな息をついた。
「そうだな。クオート三士、エメリー、エルク。心配をかけてすまなかった。私はもう大丈夫だ、一緒に研究所へ帰ろう!」
開かれた双眸には迷いを振り切ったように、力強い意志の光が宿っている。
「ルナールさん!」
エメリーが喚声を上げて飛びついていく。エルクも嬉しそうに羽をばたつかせていた。
どうやら立ち直ってくれたようで、クオートもほっと一息をつく。
ルナールはエメリーを抱き止め、頭を撫でてやりながら言葉を発する。
「エメリー、今日は本当に世話になったな。ありがとう。これからも一緒にいて私を助けて欲しい、頼めるか?」
「ルナールさん……はい! もちろんです!」
エメリーはそう返事をすると、ルナールの胸に顔を埋めて泣きだしてしまう。
しばらく愛おしそうにエメリーを撫でていたルナールは、ややあって顔を上げ。遠巻きにこちらを見ている兵士の一人に、馬車を取ってくるようにと命令する。
指名された兵士はかわいそうなくらい狼狽し、返事もそこそこに全速力で駆け出していった。
馬車の到着を待つ間、クオートの耳元でルナールが囁く。
「クオート三士。私はこの先、どんな事をしても自分の罪が許されるとは思わん。だが、お前の言葉で前を向く事ができた。未来を見て生きようと思えた。ありがとう……」
「保護官長……そんな、俺なんて全然……」
「そんな事はないさ。私は自分で思っていたよりも、ずっと弱い人間だったらしい。お前がいてくれなかったら、きっと道を誤っていただろう。隣にいてくれた事、心から感謝する……」
ルナールはそれだけ言うと、瓦礫の陰に寝かせてあるクライゼン老人の元へと歩いていく。
間もなく到着した馬車に遺体を丁寧に乗せ。ドラゴンの牙で作られた剣と槍、アルティアの目から作られたという指輪も探し出して、スタンレーの山に帰すべく積み込んだ。
遠巻きに見守る兵士達は、誰一人声を発そうともしない。
だが、クオート達も馬車に乗り込もうとしたまさにその時。遠くからかすかに地鳴りのような音が聞こえ、馬に乗った50人ほどの一団がこちらにやって来るのが見えた。
ルナールはクオート達に馬車に乗るよう命じ、一人でその集団を待ち受ける。
――間もなく到着したのは、いかにも精強そうな騎馬部隊で。先頭の馬から降りたのはルナールと同じ金色の髪をした、長身の青年だった。
青年は王国軍の軍服を身に着けており、階級は二等将官。クオートより七つも上だ。
従う部下達も皆将官や高級士官で、参謀章やら勲章やら特技章やらをジャラジャラ着けた、まさにエリート集団である。
「……兄上、お久しぶりです」
長身の青年にルナールがかけた言葉。その一言に、クオートの体が凍りつく。
青年はゆっくりと辺りの惨状を見回し、キュビエ公爵が横たわっている所で視線を止めた。
「ルナール……おまえが父上を手にかけたのか?」
「はい」
ルナールは目を逸らす事なく、まっすぐに相手の目を見て返事を返す。
二人はしばらくの間、厳しい表情で見つめあっていたが。ややあって青年の方が言葉を発する。
「そうか……まあ、気持ちはわからんでもないがな」
(あれ?)
青年の口から発せられた言葉は、クオートにとって予想外のものだった。
てっきり、ルナールを父殺しとして糾弾すると思っていたのだ。
「兄上、私はスタンレーの研究所へ戻ります。申し訳ありませんが、後の事をよろしくお願いします」
「ふむ……」
ルナールより0.2エーメルほども長身な青年は、妹を見下ろし。なにかを推し量るようにじっと見つめる。
さすがルナールの兄だけあって、端整な顔立ちの美青年だ。
「……もしここでおまえを父殺しの罪で討ってしまえば。ピアストル家の財産も権力も、全て俺一人のものという事になるな」
「やってみますか? その代償、存外高くつくかもしれませんよ」
この状況で。50人の精鋭騎馬兵を目の前にして、ボロボロの体のルナールはいささかもおじけづく事なく言い放った。
馬車の中ではエメリーとエルクが早くも戦闘体勢だが。二人共消耗が激しく、とてもまともに戦う事はできないだろう。
それはクオートも同じだったし、ルナールに到ってはなにをか言わんやである。
闘志こそ鋭いが、本当は立っていられるのが不思議なくらいの重傷なのだ。
二人は互いに相手を威嚇するように睨み合い、張り詰めた沈黙が流れる……。
「…………ふっ。ははは、相変わらず気の強い事だ。父上が敵わなかったのも無理はない。その様子なら大丈夫そうだな」
しばらくして沈黙を破ったのは、兄の方だった。
愉快そうに笑い、ルナールの肩を叩く。
「父上はあんな人だったからな、これも因果と言うやつかもしれん。よかろう、後の事は俺に任せて、おまえは自分のやりたい事をやるがいい」
「兄上……ありがとうございます」
どうやら、兄にとってもキュビエ公爵は相当に問題のある人物だったらしい。予想外の理解のよさに、安堵したクオートの全身から力が抜けていく。
ルナールは頭を下げ、馬車へと歩みを進める。その後姿を見送っていた兄が、クオート達に向けて言葉を発した。
「君達がルナールの仲間か。偏屈な妹だから面倒事も多いだろうが、どうかこれからも一緒にいてやってくれ。よろしく頼む」
どうやら、妹の事をとてもよくわかってくれているお兄さんのようだ。
その言葉に、クオート達もかしこまってお辞儀を返す。
ルナールが馬車に乗り込んで手綱を取ると、馬車はゆっくりと走りだした。
ルナールの兄と50騎の騎馬兵、百人ほどの警備兵と使用人達が見守る中。クオート達はあまりにも多くの出来事があった場所を、それぞれの感慨を胸に秘めて後にするのであった……。
……ピアストル邸を発ち、ルナールは馬車をクライゼン老人の家へと向ける。
主のいなくなった家の庭に、日当たりのよさそうな場所を選んで穴を掘った。
ルナールは重傷で左手が使えないにも関わらず。クオートの制止を聞かずに、右手一本で穴を掘る。
穴の前に三人と一匹が並び、クライゼン老人の葬儀が丁重に執り行われた。
棺もなく。花も庭に咲いていた野生のものだけの質素な葬儀だが、この場にいる誰一人として、そんな事を気にする者はいなかった。
こういう事は、見栄えよりも心が一番大切なのだ。
普段は神など信じていなさそうなルナールが、丁寧に祈りの言葉を読み上げる。
そして、敬意と尊敬を込めて額に口付けをし。穴に寝かせ、土をかける。
更に祈りを捧げ。儀式としての葬儀が終わってからも、ルナールはその場を動こうとはしなかった。
クオートはすぐに寝てしまったのでよく知らないが。その日はそのまま、墓の前で眠ったのだそうだ。
翌朝。エメリーが沸かしてくれたお風呂に入って血と埃を洗い流し、傷の手当をする。
昨日は疲れから、応急手当だけをして泥のように眠ってしまったが。改めて明るい場所で見ると、ルナールの怪我は実に酷いものだった。
エメリーとクオートは魔力と体力の消耗こそ激しいものの、怪我はほとんどしていない。
だがルナールは、エメリーが眉を寄せながら調べた所。左の鎖骨と手首を骨折。肋骨も三本が折れ、ヒビが入った骨は数え切れないほど。
他にも刀傷が三ヶ所に、切り傷や擦り傷、打撲の痣などは、それこそ数え切れないくらいだ。魔法薬で硬化した公爵の体を攻撃した手足も、皮膚が破れて酷い事になってしまっている。
満身創痍という言葉はこんな状況のためにあるんだろうなと、クオートは変に感心してしまった。
エメリーは無数にある傷一つ一つを丁寧に処置し、包帯を巻いていく。
「……エメリー、そんなに丁寧にしてくれなくてもいいぞ。これでは全身包帯だらけで動けなくなってしまう」
「ダメです。ルナールさんはすぐに無茶をするから、こんな時は動けないくらいで丁度いいんです」
エメリーにそう言われて苦笑するルナールは、まだ愁いの影を残してはいるものの、目はしっかりと前を向いていた。
……しばらくしてでき上がった包帯人間を見て、クオートが首をかしげる。
「保護官長、なんか左の方が怪我多くないですか?」
「意図的にそうなるようにしたからな。両手にダメージを受けてしまっては、その後の戦闘に支障がでるだろう」
「え……」
傷の多くは、魔法薬で身体強化をされた剣士に痛めつけられた時のものだ。
あの絶望的な状況の中、冷静にそんな事を考えていたとは、クオートは今更ながらに驚きを禁じ得なかった。
治療が終わって簡単な朝食を食べていると、突然ドアがノックされる。
包帯人間ルナールはとっさに表情を厳しくして身構えたが、それはルナールの兄からの使いだった……。




