41 戦いの決着
「ぐおおぉぉぉ!」
公爵のすさまじいうめき声と共に、クオートが突き出す槍がすごい力で押されてくる。
公爵の背後から、ルナールが水属性魔法を撃ち込んだのだ。
クオートは足を踏ん張り、槍を抱え込むようにして必死に圧力に耐える。
ルナールの水属性魔法の威力はすさまじく。公爵の背中で弾けた水が滝のように降り注ぎ、まるで水の中にいるようで、息をする事さえ難しい。
わずか一エーメル先にいる公爵の姿さえ、ぼんやりとした影にしか見えなかった。
そんな中、槍先が肉にめり込む嫌な感触が、指先からじわりと伝わってくる……。
クオートは固く目を閉じて顔を伏せ、歯を食いしばって槍を握り続けた。
手の皮が剥けようが指が折れようが、今この手を放す事はできない。そう決意を固めて耐え続ける。
ルナールの、自分などとは比較にならない膨大な努力と忍苦が。夢が。今この両手にかかっているのだ。
指先は痺れて感覚がなくなり、足は巨大な壁に押されるようにズルズルと後退する。
体中の骨が軋み、息が苦しくなって頭がぼーっとしはじめる……。
野獣の雄叫びにも似た公爵の叫び声が、薄れゆく意識の中でクオートが最後に記憶していたものだった…………。
「う……ん……」
「あ、クオートさん。気がつきましたか?」
「……エメリー? あれ、俺どうしたんだっけ……?」
クオートが目を覚ましたのは、もう陽が西に傾きはじめた頃だった。
エメリーの隣にはエルクが寄り添うにいて、クオートをのぞき込んでいる。
「あ、エルク元気になったんだ…………そうだ、保護官長は!?」
「ルナールさんも御無事ですよ。あちらです」
エメリーの視線を追うと。オレンジ色の夕日を背景に佇む、ルナールの姿があった。
そこから少し離れた場所では、ピアストル家の兵士やメイド達が100人ほど、遠巻きにルナールを見つめている。
みな怯えを含んだ、複雑な表情を浮かべていた。
クオートはエメリーの助けを借りて立ち上がり、ルナールの元へと向かう。
立ち上がった事で視点が高くなり。ルナールの足元になにかが転がっているのが目に入ったクオートは、ハッと息を呑む。
それは、胸から槍を生やして地面に横たわる。キュビエ公爵その人だった……。
ルナールの隣に立ち。しばらくの沈黙の後、クオートは恐る恐る口を開く。
「……死んじゃったんですか?」
「ああ」
一言だけそう答えたルナールは全くの無表情で、冷たい目をして公爵を見下ろしていた。
血溜まりに沈む公爵の体には、胸に刺さった槍以外の傷は見当たらない。
多分あの一撃が致命傷になったのだろう。あっけないと言えばあまりにあっけない結末だった。
エルクを抱えたエメリーも二人の元へやってきて、無言でルナールの隣に立つ。
「……なぁ、クオート三士」
ルナールが無表情のまま、公爵の死体から目を離さずに言葉を発する。
「この男はクライゼン先生の、アルティアの仇だ。自らの欲望の為にドラゴンを利用しようとした、憎むべき相手でもある」
「はい……」
「私はこの男を憎んでいた。本気で殺してやりたいと思うほどにだ」
「…………」
ルナールの声には抑揚がなく、訥々(とつとつ)と言葉を紡ぐ。
「だから私は、実際にこうなった今でも後悔などは全くない。むしろ本懐を遂げられたと思っているし、助けてくれたお前達には感謝をしている。だがな……」
そこでルナールの言葉がふっと途切れ、表情が曇る。
「この男が地面に倒れ、苦しそうに手を伸ばしながらこちらを見、やがて事切れるのを見た時。私の目から涙が零れたのだ……」
ルナールは辛そうに、苦しそうに表情を歪ませて視線を落とす。
「感情の上では、この男に同情する点など微塵もない。だが実の父親だというだけで、私は無意識のうちに涙を流した。なぁクオート三士、私の決意とはそんな程度のものだったのだろうか? こんな事ではクライゼン先生に、アルティアに、エルクに、お前やエメリー、ルビング隊長にも申し訳がたたん。私は、私を支えてくれた皆の気持ちを裏切ったのだ……」
「保護官長……」
歯を食いしばってうつむくルナールを見て、クオートはハタと気がついた。
ルナールは自分にも他人にも厳しく、そして強い。単に肉体的にだけではなく、精神的にもだ。
だがそれは望んでそうなろうと努力した結果であって、ルナール本来の姿ではなかったのだろう。
本来のルナールはきっと、動物が好きな心優しい少女なのだ。
だからこそ、実の父親を殺めてしまったという事実に、感情に反して涙が零れたに違いない。
……クオートからすると、それはルナールの人間性の証であり。好ましい事に思える。
だがルナールにとっては弱さの証であり、周囲への裏切りに思えたのだろう。
(これはどうしたものか……)
クオートは柄にもなく、真剣に思い悩む。
もし涙を肯定し、それで良いのだと言っても、ルナールは納得しないだろう。むしろ、逆に追い詰める事にもなりかねない。
だが涙を否定し。もっと強くあれなどと、とても言える事ではなかった。
そんな事を言えばルナールは今まで以上に厳しく自分を律しようとし、いずれ肉体か精神かの破断界を迎えてしまうだろう。
エメリーの事さえ拒絶し、一人であろうとするかもしれない。そんな事は、誰にとっても不幸な結末である。
「……保護官長。俺は偉そうな事言える立場じゃないですし、難しい話は苦手ですが、クライゼンさんもエルクも、俺達やルビング隊長も。誰も保護官長にそんな顔をしていて欲しくないだろうなって事はわかりますよ」
「…………」
「アルティアの事はわかりませんが。子供を助けて育ててくれて、こうして仇も討ってもらったんです。保護官長を責めたりしないんじゃないですかね?」
「だが、しかし……」
「お父さんが死んだんです。たとえどんな因縁があったにせよ、娘なら涙が流れて当然じゃないですか。それが裏切りだなんて、誰も思いませんよ」
「そうですよ! わたしもクオートさんと同じ意見です!」
「ピピーッ!」
エメリーと、なぜかエルクもクオートを援護してくれる。しかし、ルナールの表情はいまだに深い苦悩に満ちていた。
「では死んでしまった者はどうなるのだ。先生もアルティアも、私の未熟さのせいで……」
「保護官長!」
ルナールの思考がよくない方向へ行こうとしているのを察し、クオートは言葉をさえぎるように大声を出す。
「クライゼンさんもアルティアも、保護官長に望むのはそんな事じゃないはずですよ!」
「私に望む事……」
「クライゼンさんは、保護官長が自分の研究を受け継いでくれる事を。アルティアは、自分の代わりにエルクを立派に育ててくれる事を望んでいるはずです! 保護官長が二人に果たすべき責任は、自分を責めてそんなふうにうつむいている事じゃなくて、二人の想いに応えてあげる事のはずですよ!」
「…………」
「死んじゃった人に想いを馳せる事も大切だと思いますけど。でもそれだけじゃ、それに縛られていたら、死んだ人も苦しいと思います。そんな保護官長の姿を見ても、クライゼンさんは笑ってくれませんよ。それにエルクだって……」
クオートはエメリーに抱かれ、心配そうにルナールを見つめているエルクに視線を移す。
「保護官長言ってましたよね、自分には罪があるって。エルクが望むなら命を差し出すだけの罪があるって。なら、エルクが望むなら生きてその罪を償う責任だってあるでしょう? アルティアの代わりにエルクを育てて、ドラゴンの種族を後世に繋ぐ責任が」
「クオート三士……」
ルナールは、薄く涙が浮かんだ瞳でクオートを見る。
クオートは一生分の虚勢を張って、その目をじっと見つめ返すのだった……。




