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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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40 自分にできる事

 ルナールとキュビエ公爵の死闘を見ながら、クオートは必死に状況の打開策を考える。


 ルナールは気力を振り絞って戦い続けているものの、出血に加えて魔法でも血液を消耗し。次第に顔は青ざめ、呼吸は荒くなっていく。


 いつ集中力が切れてやられてしまうか。クオートは不安で、息をする事さえ苦しくなる。


 ……だがルナールは、生と死の境界線上に立って綱渡りをするような戦いを、わずかなたじろぎも見せずに続けていた。


 コンマ数秒の遅れ。ほんのかすかな見誤り。一瞬の逡巡しゅんじゅんが、ルナールの命を奪い去ってしまうだろう。


 激しい動きはもちろん。自ら放った魔法の爆発による風圧でさえ、折れた骨が痛むだろうに。


 その激痛を怒りで押さえつけ。むしろ痛みさえ怒りに変換しているかのように、ルナールの闘志はまったく衰えを見せなかった。


 文字通り命を削るような戦い方は、見ているだけで寿命が縮むようだ。


 エメリーに目をやると、くちびるを固く噛み、険しい目をして戦いを見つめている。

 一見気丈なようだが、今にも泣き出しそうに見える。


 クオートはその複雑な表情に。ルナールを信じる心と自分の無力さを呪う心とが入り混じった、言いようのない雰囲気を感じとった。

 そして同時に、なんとかしてあげたいと強く思う……。



「……エメリー。クライゼンさんの事、頼んでいいかな?」


 ルナールから与えられた亡骸を守る任務。それを引き継いで欲しいとの申し出に、エメリーはクオートの目を見て力強くうなずいてくれた。


「ありがとう、エメリー」


 クオートはそう言って静かにその場を離れ、瓦礫がれきの間をうようにして移動していく。そしてある場所を定め、瓦礫を掘り返しはじめた。


 そこはかってキュビエ公爵の部屋があった場所であり、クオートの記憶では公爵が使った剣と弓矢の他に、槍も飾ってあったはずだった。


 公爵の部屋に飾ってあった槍なら、剣と同様国宝級の代物であり、素材にドラゴンの牙が使われている可能性は高い。

 それがあれば、魔法薬の効果を貫いて公爵に攻撃を通せるかもしれないのだ。


 ……ドラゴンの体をそんな事に使ったら、ルナールは怒るかもしれない。

 そもそもこの戦いの前に言われた、手出しをせずにエメリーとエルクを守れという命令にも反している。


 だがクオートはどうしても、これ以上なにもせずに見ている事ができなかった。


 ルナールを怒らせるリスクと、自ら戦いの中に身を投じるリスク。

 普段のクオートなら絶対に冒す事がないだろう二つのリスクを同時に冒させるほどに、クオートの心の中はざわついていたのである。


 クオートは素手で瓦礫をかきわけ、懸命に槍を探す。


 ……額に入った絵が出てくる。たぶん、売れば一生働かずに暮らせるくらいの価値があるのだろう。

 だが今はそれを脇にどけ。爪から血をにじませながら、ただ一つの物を探し続ける。


 瓦礫をどけてできた隙間に潜り込むと、崩れた天井と壁に囲まれた空間に出た。

 その壁に貴金属と宝石で装飾された槍が、半分床に落ちる形で掛かっていた……。



 クオートは見つけた槍を持ち出し、先端についている刃を確認してみる。

 だがそれが本当にドラゴンの牙なのかどうか、素人目にはさっぱりわからなかった。


 とはいえ、他になにか手段がある訳でもない。

 今できるのは、これがドラゴンの牙だと信じて行動する事だけなのだ。


 クオートは槍を手に、身を隠しながら戦いの場へと近づいていく。


 緊張と恐怖に鼓動こどうが高鳴るのを感じ。震えるひざを奮い立たせて、あゆみを進める。


 戦いの音が間近に聞こえるようになる頃には、口の中がカラカラに乾いて舌が貼りつき、視界が狭くなったような感じさえした。


 そしてついに、肌に空気の振動を感じるほどの位置にまで肉薄する。


(……うわぁ)


 瓦礫の隙間から至近距離で見る戦闘は、光景・音・気迫。どれ一つをとっても、クオートの決意をにぶらせるのに十分なものだった。


 命のやりとりをする緊張感。それだけで人を殺せそうなほどの激しい怒りと、憎しみの感情。鼓膜こまくに響く鋭い音。そして、目で追うのがやっとの激しい動き。

 それら全てがクオートをおびえさせ、決意を揺るがせる。


(ひっ!)


 ルナールが放った火属性魔法の爆風に、クオートは小さな悲鳴を上げて首を縮めた。

 こんな戦いに割って入るなど、新しい自殺の方法にしか思えない。


 ……徒手空拳としゅくうけんで戦うルナールの姿を見れば、手にしている槍を渡すだけでも十分な助けになるのではないだろうか? そんな考えも頭をよぎる。


 ――しかし、短い付き合いとはいえルナールがどんなに頑固で、ドラゴンを大切にしているかを知っているクオートである。

 その選択肢がありえない事は、誰よりもよくわかっていた。


 むしろこの状況でルナールに迷いを与えようものなら、即座に最悪の結果に繋がってしまう事も容易に想像がつく。


 ……再び恐る恐るのぞいてみると、公爵はクオートからわずか五・六エーメルの位置にいて、ルナールの攻撃を弾きつつ反撃の剣を振るっていた。


 攻撃が当たらない事にかなり苛立っているようで、動きは荒く。注意は散漫だ。


 今なら、不意を突けるかもしれない。

 だがもし、この槍先がドラゴンの牙ではなかったとしたら……。


 そう考えると、どうしてもクオートは一歩を踏み出せなかった。

 今にも魔法薬の効果が切れてくれる事を念じ続けるが、そのきざしは一向に現れない。


 逆にルナールの手足は皮膚が破れ、血がにじんでいた。

 剣を弾くほどの硬度を持つ相手を生身で攻撃しているのだから、当然だろう。


 最後の決断をためらうクオートの目に、公爵の剣先を紙一重でかわしたルナールの体が、突然ぐらりと揺れるのが映った。


 ひざから崩れるように倒れ込むルナールに、公爵の剣が襲いかかる。


「――保護官長!」


 そう叫んだ瞬間。クオートの視界から色が消え、耳は一切の音を拾わなくなっていた。

 自分でも無意識のうちに、クオートの体は槍を手に公爵へと突進していく。


 突然現われた男の姿に、それまでクオートの事など眼中になかったのだろう。振り返る公爵の反応が、一瞬遅れた――。


「うわああぁぁぁ!」


 恐怖を振り払うありったけの叫び声と共に、クオートが突き出した槍の先端が公爵の体に触れる。

 手に伝わってきた硬いものを貫く感触が、クオートの体に五感を取り戻させた。


「ぐっ……貴様……」


 クオートの耳に、公爵の声が響いてくる。

 色の戻った視界に、槍先がわずかに指の一関節分ほど、振り返った公爵の胸に突き立てられている光景が映った。


 この槍がドラゴンの牙でできているかどうか。賭けはクオートの勝ちだったらしい。

 ……だが傷はあまりにも浅く、致命傷にはほど遠い。使い手の力が足りないのだ。


「――どいつもこいつも、ふざけおって!」


 怒気を孕んだ大声と共に、公爵がクオートに向けて剣を振り上げる。

 我に返って間もないクオートは、それに反応する事ができなかった。


 光を反射する剣が、クオートの頭上に降り下ろされてくる。

 ああ、自分は死ぬんだなと、妙に鮮明な考えが頭に浮かんだ……。



「クオート三士! 両手にありったけの力を入れろ!」


 稲妻いなずまのようなルナールの大声に、クオートは反射的に手を強く握りしめる。


 ほとんど同時に、公爵の背中に大きな水飛沫みずしぶきが上がった……。

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