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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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4 初めての調査

 翌日の予定を告げられて、クオートの頭の中を『?』マークが駆け巡る。


(3時? 今確かに3時出発と言ったよな? ……3時ってなんだ、午後3時の事か?)


 昼まで寝て午後3時から活動開始という話なら大歓迎だが、帰りを17時と言っていた。軍隊式のこの言い方だと、午後3時は15時となるはずだ。


「ちょちょ、ちょっと待ってください保護官長!」


 食堂を出ていこうとするルナールを、クオートは全力で呼び止める。解散と言われたのに話を続けようとするなど、今までの人生でなかった事だ。


「なんだ、なにか質問があるのか?」


 ルナールが足を止めて振り返る。相変わらずの無表情と冷たい目だ。


「あの、3時っていうのは太陽が頭上で明るく輝いている方の3時でしょうか? それとも、星が頭上で明るく輝いている方の3時でしょうか?」


 なるべく柔らかい調子で質問をする。なんとなく答えはわかっていても、訊かずにはいられなかった。


「星の方だ」


 一縷いちるの望みが、たったの一秒で打ち砕かれる。


「な、なんでそんな時間からなんです? もっとゆっくりでもいいんじゃないでしょうか?」


「目的地までの移動に4時間、調査に6時間、帰りに4時間。必要な時間から逆算した出発時刻だ。言っておくが変更はないぞ」


「は、はぁ……」


 有無を言わさぬ空気で言い切られてしまい、クオートは二の句が継げなくなる。


「他に質問は?」


「いえ……特にありません……」


「そうか。私は部屋で今日の調査結果をまとめているから、なにかあったら部屋へ来い」


「はぃ……」


 蚊の鳴くような声で返事をするクオートを残し、ルナールは食堂を出ていく。かたわらではエメリーが、鼻歌混じりに手際良く食事の後片付けをはじめていた……。




「クオートさん、起きてください。朝ですよ、クオートさん」


 枕元で聞こえるエメリーの声に。クオートは幸せな睡眠時間から過酷な現実へと引き戻される。


(ううん……全然朝じゃないじゃないか……)


 時計を見ると2時40分、窓の外には真っ暗な夜の闇が広がっていた。


 昼の3時に寝ている事はあっても、夜の3時に起きているなど今まで経験した事のないクオートだが、エメリーに助けられてなんとか起き上がり。ぼーっとする頭とふらつく足取りで食堂へと向かう。


 食堂の前で、ちょうど食事を終えたらしいルナールと鉢合わせた。


「なんだ、今起きたのか? いつまで寝ているのだ全く。出発は3時だからな、遅れるなよ」


 あいかわらず冷ややかな態度と表情と口調と目線だった。


 クオートにとっては人生で最も。それも大幅に記録を更新しての早起きだというのに、『いつまで寝ているのだ』とはあんまりな言葉ではないだろうか? 個人的には、絶賛された上に勲章の一つでも貰ってもいいくらいの快挙だと思う。


 ……しかし、今のクオートには腹を立てる余裕もなく。ろくな挨拶あいさつや返事もできないまま、焦点の定まらない目でフラフラと食堂へ入っていく。


 ルナールはそれを軽く一瞥したが。視線を戻すと、何事もなかったかのように厩舎きゅうしゃへと足を向けた……。



 季節はもう春とは言うものの。研究所は標高が高いのと深夜であるのも手伝って、外はマントを羽織っていても肌寒いくらいの気温だった。


 ほとんど意識がないまま朝食を押し込み、エメリーが作ってくれたお弁当を持ったクオートが馬を引いて表に出ると、すでに準備を完全に整えたルナールが待っている。


「……時間ギリギリか。決められた時間には5分先行するよう心がけろ。では出発するぞ」


 ルナールの言葉には相変わらず容赦がない。


 こんな過酷な条件下で時間に間に合ったというのは、クオートにしてみれば表彰された上に二階級特進しても良いくらいの偉大な成果なのだが、この冷血保護官長殿は称賛どころかダメ出しである。


 クオートの馬は暗い山道に馴れていないので、ルナールの指示で互いの馬を交換し、道に馴れたルナールがクオートの馬に乗り、同じく馴れたルナールの馬がクオートを乗せて、夜の山へと入っていく。


「いってらっしゃい! ルナールさん、クオートさん!」


 手を振って元気よく見送ってくれるエメリーに、クオートはこの先の行程に頭上の星空くらい満天の不安を抱えて、弱々しく手を振り返すのだった……。



 ……まだ深夜といってもいい時間。馬につけられたカンテラの細い灯かりを頼りに、淡い星明りに照らされた山道を登っていく。


 山道といっても満足な道がある訳ではなく、行ける所は川沿いを。時に獣道を通って、森に入ったりもしながら進んでいくのだ。


 二頭の馬は手綱で繋いであるので迷子になる心配こそないが、クオートは早起きしたせいでとても眠かった。だがもし居眠りでもして馬から落ちたら、山奥で遭難して本当に二階級特進になりかねないので、必死に我慢を続ける。


(おまえも大変だよな、御主人様のせいでこんな真夜中から……)


 黙っていると寝てしまうので、クオートは小声でルナールの馬に話かける。馬は毛並みも皮膚のつやも良く、丁寧に世話をされているのが感じられた。



 ……しばらくの間。クオートは馬を相手に、大部分愚痴ぐちで構成されている一方通行の会話を続ける。はたから見たら、ちょっと危ない光景だ。


 しかし、一時間も経つ頃には文句もあらかた言い尽くしてしまい。前を行くルナールの背中へと視線を移す。一方通行の会話で眠気を誤魔化すのはそろそろ限界にきていたので、言葉のキャッチボールを求め。恐る恐るではあるがルナールに話かけてみる事にした。


「保護官長、目的地まであとどのくらいですか?」


「このペースで三時間ほどだ」


「休憩なしですか?」


「ああ」


「……エメリーのつくってくれたお弁当、楽しみですね」


「そうだな」


「なんかこの森暗くて、お化けとか出そうですよね」


「出る訳ないだろう」


「…………」


(ダメだ、会話が一往復以上続かない。この人コミュニケーション能力に問題があるんじゃないだろうか?)


 自分もあまり社交的でないのを棚に上げ、こちらを向こうともせずに返事をするルナールを見ながら、クオートは上司との付き合い方について大いに頭を悩ませるのだった……。



「……着いたぞ、ここがサルファ湖だ」


 ルナールの声に、クオートははっと我に返る。


 辺りはすっかり明るくなっていて、目の前には雪に囲まれた大きな湖が横たわっていた。


(あ、結局寝ちゃったんだ……)


「さっさと私の馬から降りろ」


 ルナールに言われて慌てて馬から降りると、ルナールは馬を水辺に連れていき、水を飲ませて休憩をとらせる。

 クオートもそれにならって馬を休ませ、手綱を長くとって近くの木に繋いだ。


「よし、では調査を始めるぞ」


「へ? 人間の休憩は?」


「そのような無駄な時間は予定していない。大体お前、さっきまで寝ていただろう」


「気付いてたんなら起こしてくださいよ。落ちたら遭難しちゃうじゃないですか」


「そんなもの自業自得だ。覚えていたら帰りに拾っていってやる」


(覚えていたらって……)


 なんだか馬より扱いが悪い気がするが、これ以上ルナールの機嫌を損ねるのは得策ではないと判断し、クオートは渋々調査の手伝いをする事にした。



(ね、眠い……)


 雪と木以外にはなにもない林の中で、ルナールはなにやら熱心に記録をとっていた。


 クオートは言われるまま雑用を手伝い、わずかな合間をみつけては雪の上に丸くなって居眠りをし、ルナールの声に飛び起きてはまた手伝いをする。


 延々そんな事を繰り返し、エメリーが作ってくれたお弁当を満足に味わう余裕もなく。午後になってからは時間の感覚さえ失われつつあった。


「よし。今日の調査はここまでにする」



 太陽が天頂から少し西に傾いた頃、ルナールが発したその一言は、クオートにとってまさに救いの言葉だった。鬼のようだと思っていたルナールが、一瞬天使に見えたくらいである……。

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