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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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38/44

38 師匠

「あの子は一体どうしたのだ?」


「はい、実は……」


 ルナールから大まかな事情を聞かされ、クライゼン老人の表情が険しくなる。


「なるほど、このままではこの場だけではなく。王都全体に被害を及ぼす事にもなりかねんな……。よもやこれがこんな形で役立つ事になろうとは」


 クライゼン老人はそう言いながら上着を脱ぎ、首の部分を破る。

 出てきたのは、血のように真っ赤な液体が入った小瓶だった。


 それを一目見て、ルナールの顔色がサッと変わる。


「その様子だと、これがなにかわかるようだな」


「……アルハサ草の花の蜜……ですか?」


「そうだ。これは強力な毒薬で、火属性魔法で霧にして使う。吸入すると体中の筋肉が麻痺まひして、呼吸ができなくなって死に至るのだ」


「先生、どうしてそんなものを……」


「私の時代、ドラゴンに関する調査研究がどのような機会に行われていたか、君も知らん訳ではあるまい? 最近物騒な気配を感じていたので、万一に備えて服に忍ばせておったのだ。……もっとも、使う間もなく気絶させられてしまったようだがな」


「…………」


 クライゼン老人の言葉に、ルナールは唇を噛んで黙り込む。

 調査研究の機会というのは、ドラゴン狩りの事に違いない。


 そしてクオートは、一つ強い違和感を覚えていた。

 クライゼン老人の口から語られた毒の効果が、護身用と言うにはあまりに強すぎるのだ。


 ドラゴンの研究者なのでたまたま家にあったのかもしれないが、それにしても物騒すぎる。


 実際に公爵に囚われていた事からしても、身に危険が迫っていたのは確かだったのだろう。だが、それにしてもだ。


 ……もしかしたら、クライゼン老人はこの薬を。キュビエ公爵に対して使うつもりだったのではないだろうか?


 師としてルナールの覚悟を察して。自分が代わりに公爵を殺すつもりで、この毒を仕込んでいたのではないだろうか?


 そうとでも考えなければ、自分も巻き込んでしまいかねない強力な毒を選ぶ理由がない。


 ……クオートのそんな考えをよそに。クライゼン老人は淡々と言葉を続ける。


「この薬は吸入によって効果を発揮する。体が小さい子供なら、飛翔中のわずかな量でも効果があるだろう」


「――しかし、それではエルクが!」


 小瓶を見るルナールの目には、あからさまな憎しみが宿っている。

 今にも奪い取って、地面に叩きつけてしまいそうな雰囲気だ。


「ルナール君、毒というものは匙加減一つで大きく効果が変わるのは知っているだろう? 多く摂取すると死に至る毒薬でも、少量なら薬になる事も珍しくないし、逆に薬も過ぎれば毒となる」


「────!?」


「……私の経験上、あの大きさのドラゴンなら10滴も吸入させれば死に至るだろう。だが数滴なら、一時的に体の自由を奪うだけで死ぬ事はないはずだ」


「そんなに強いのですか?」


「うむ。この薬は加熱して気体にしなければ効果がないのだが、今は絶滅してしまったプロトドラゴン……炎を吐くので別名ファイヤードラゴンと呼ばれていた種が、この花が咲いている場所では、決して炎を吐かなかったと言われている」


「それをエルクに使うと……」


「――君は不快に思うだろうが、もし今の状態で街へでも飛んで行ったら、大惨事になりかねん。……だがどうしても使うのが嫌だと言うなら、私を殺して薬を捨てるといい。怪我をしているようだが、今の君でも私を殺すくらいは造作もない事だろう」


「なっ──」


 その言葉に、ルナールが息を呑んで黙り込む。


 クライゼン老人の言い方は、命令したり。街の人の安全を訴えたりするよりもずっと効果的だとクオートは感じた。

 さすが元師匠だけあって、ルナールの性格をよくわかっている。


 ルナールは顔を真っ青にしたまま、一言も発しなかった。薄い唇が、小刻みに震えている。


「……君は黙って見ていてくれればいい。実行は私とクオート君でやろう」


「え?」


 突然話を振られ、クオートは動揺する。


「私が水属性魔法で薬を高く持ち上げるから、合図をしたら今から見せるのと同じ威力の火属性魔法を当ててくれたまえ。できるだけ正確にな」


「は、はあ……」


「火属性魔法を使えば我々の位置もバレてしまう。だが、それはエルク君をこちらに引き寄せる目印にもなる。タイミングは一瞬だ、頼むぞ」


「わ、わかりました……」


 言われるままに返事をしたものの、魔法を同じ威力で再現するというのは中級以上の技術であり、正直クオートは自信がなかった。

 しかし、消耗著しいエメリーに代わってもらう訳にもいかない。


「……先生、私がやります」


 不意に、ルナールが重苦しい声で口を開いた。


「……できるのかね?」


「やります。元々私に責任がある事ですから、それを人任せにして逃げるなど、許される事ではありません」


 ルナールの顔は青ざめるのを通り越して、ろうのように白くなり。震えを押さえるように、手を固く握りしめている。


「……わかった。段取りは聞いていたか?」


「はい」


「よし、ではやるぞ。火属性魔法はこの威力で頼む」


 そう言ってクライゼン老人が出して見せた炎は、威力的には比較的弱いものであった。

 その炎はエルクの目にも留まったらしく、待ちかねていたように一目散に急降下してくる。


 クライゼン老人がタイミングを測っている間、クオートのとなりで空を見上げていたルナールが、小声でささやくように言葉を発した。


「クオート三士……後ろから私の体を支えていてくれ。最後の瞬間、私の覚悟が揺るがぬように……」


 ルナールの口から出たとは思えないほど、弱々しい言葉。

 クオートの目に映るルナールの姿は今まで見た事がないほど小さく、不安定に見えた。


 あのルナールが、一歩間違えばエルクを殺してしまうかもしれない事をしようとしているのだ。

 あんなに大切に、宝物のようにかわいがっていたエルクをだ。


 ……おそらく、クオートには推し測れないほど心が乱れ。苦しんでいるのだろう。


 クオートはそっとルナールの後ろに回り、両手の平を背中に当てる。服越しにさえ筋肉が緊張し、強張こわばっているのが伝わってきた。


「すまんな、恩にきる……」


 たったこれだけの行為が、どれだけ役に立つのだろうか?

 クオートにはわからなかったが、ルナールがそれを望むのなら断る理由はなにもない。


「いくぞ!」


 クライゼン老人の声が響き。瓶の中身を少し垂らし、水属性魔法で一気に上空へと押し上げる。

 ちょうどエルクの進路上に達しようとした時、合図が出た。


 ――ルナールが放った火属性魔法は狙いも威力もこの上なく正確で、空中に一塊の薄赤い雲をつくる。


 それをくぐったエルクはぐらりと体勢を崩し、苦しそうな声を出しながら高度を下げたかと思うと、ふらふらと飛んで地上に落下してしまった。


「エルク!」


 ルナールは矢も盾も堪らぬように飛び出していき、一目散に駆け寄って地面に横たわるエルクを抱き上げた。


 エルクはルナールの腕の中でぐったりと首を垂れているが、幸い息はしているようだった。


 クオートに支えられて駆けつけたクライゼン老人が診て、上手くいったとの言葉に、全員が心の底から安堵の息をつく……。


『──トン』


(え……?)


 その刹那せつな。どこかで聞いた事があるような、嫌な音がクオートの耳に響く。


 振り向くと、背中に矢をはやしたクライゼン老人が、声もなく前のめりに倒れ込む所だった……。


「先生!」


 ルナールがとっさに支え、エメリーが盾になるようにその前に立って、矢が飛んできた方向をにらむ。


 クオートもそちらに目を向けると、土埃に汚れたキュビエ公爵が、豪華な装飾を施された弓を構えて立っていた。

 たしか、調度品として部屋に飾ってあった品だ。


 ――そうだ、エルクの事に夢中ですっかり忘れていたが、キュビエ公爵は所在が不明だったのだ。



 激しい動揺に襲われるクオートの視線の先で、キュビエ公爵がゆっくりと言葉を発する……。

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