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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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32 婚約とルナールの夢に向けての戦いの序曲

 ルナールに結婚と既成事実を迫られて。クオートは必死に誤魔化す方法を考える。


「…………そうだ! 保護官長、もしそんな事をして子供ができちゃったら、困るじゃないですか。調査にも支障をきたしますよ」


「む、それは……」


 ルナールに少し迷いが生じたのを感じ、クオートはここぞとばかりに押し切ろうと攻勢に転じる。


「既成事実なんかなくたってなんとかなりますよ。なんならある事にしてもいいですし。とりあえず服着ましょうよ、服」


「……あの男相手にそんな誤魔化しは通用せんと思うがな」


 そう言いつつも、ルナールは静かに立ち上がって服に袖を通しはじめる。


 それを見て一息ついたクオートだったが、服を着たルナールは改めてクオートに向き直り。真剣な表情で言葉を発する。


「クオート三士。お前はさっき、婚約の儀式にくちづけをすると言っていたな」


「へ? いや、別に決まりって訳でもないと思いますが……」


「なんでも構わん。この際それでも既成事実には変わりなかろう。クオート三士、私と婚約の儀式を交してはくれんか?」


「え……」


 もしこれがいきなりの申し出だったら、クオートは全力で回避しようとしただろう。

 だが、それよりもはるかに高いハードルを逃れた直後だと、なんだか壁が低く感じられた。


「えっと……婚約の儀式だけなら……」


「そうか、それはありがたい!」


 ルナールはそう言って、勢いよくクオートの手を掴む。

 互いの顔は、すでに吐息がかかるほど近くにあった……。


 ――と、急にルナールがまとう空気がおだやかになる。

 そして、柔らかい声で言葉を発した。


「クオート三士。私との婚約、受けてくれた事を感謝する……」


 改まった口調でそう言うと。クオートが覚悟を決める暇もなく、スッとくちびるを寄せてくる……。


(むむうっ……!)


 クオートのあごに手が添えられ、唇に柔らかくひんやりとしたものが触れる感覚がした。

 その緊張と心地よさに。クオートの顔は真っ赤に、頭の中は真っ白に染まっていく……。



 お互い初めて同士のキスは不器用で、ただ唇を触れ合わせるだけのものだったが、クオートの心臓は破裂しそうなほどに激しく脈打っていた。


 ルナールはゆっくり唇を離すと、間近からじっとクオートを見つめる。

 ロウソクの炎のせいか、ほほが少し赤らんで見えた。


「ほ、保護官長……」


「……クオート三士。お前の意に反して無理な頼みをした事、申し訳なく思っている。だが私には幼い頃から夢に見てきた、この身を捧げても悔いのない生き方があるのだ。私はその為なら他のなんでも犠牲にするし、なにとでも戦う覚悟だ。解かってくれとは言わんが、記憶に留めておいてくれ……」


 一点の曇りもない氷青色ひょうせいしょくの瞳に見つめられると、なんだか心が飲み込まれてしまいそうな気がする。


「今夜はこれで失礼する。夜分遅くにすまなかったな……」


 ルナールはそう言って、静かに部屋を出ていった。


「…………」


 まだ白く染まった頭でルナールが姿を消したドアを呆然と見つめながら、クオートはそっと自分の唇に触れてみる。

 冷たくて柔らかい感触を思い出すと、顔がカッと熱くなるのが感じられた。


 そしてクオートは初めてのキスの衝撃以上に。改めて見せられたルナールの思いの強さに圧倒され、またその危うさに、不安にもさせられるのであった……。




 翌日、馬車はすでに王都の街壁の中を走っていた。


 大事だいじの前の休養という事で今日は訓練もなく、クオートは道を急ぐ馬車の揺れをものともせずに熟睡している。


 昨夜は衝撃的な出来事のせいで眠れなかった……訳ではなく、なんだかんだで十分眠った上での昼寝である。

 クオートは未だかつて、悩みや緊張のせいで眠れないなど経験した事がない。


「……おい、クオート三士、起きろ。もうすぐ到着するぞ」


 いつも通りの口調で、ルナールの鋭い声が響く。

 

 ルナールは今朝から、クオートに対して婚約相手としての言葉使いと接し方をしようとしていたのだが。クオートの『鳥肌が立つので勘弁してください……』というお願いによって、今まで通りの接し方に戻したのだった。


 ルナールの声に続いてエメリーにも揺り動かされ、クオートはようやく目を覚ます。

 馬車はすでに、ピアストル邸の門の前までやってきていた。


「いくぞ、覚悟はいいな!」


「はい!」


「ピーッ!」


「へ?」


 すでに覚悟完了した様子のルナールやエメリー。なぜか一緒にテンション高めのエルクに対し、寝起きで状況が把握できていないクオートは、寝ぼけまなこで間の抜けた声をあげる。


 馬車は門番を押しのけるようにして半ば強引にピアストル邸へと乗り入れ、建物の入り口で三人と一匹が降りると、すぐに剣を持った10人ほどの兵士に囲まれた。


「……お嬢様、お帰りなさいませ」


 警備の指揮官らしい男が、一歩前に出てうやうやしく頭を下げる。


「キュビエ公爵に話があってきた。通してもらうぞ」


「はい。お嬢様がお見えになったら、旦那様の元へお連れするようにと仰せつかっております。……ですが、お供の方にはこちらでお待ち願いましょう」


 指揮官の言葉と共に、兵士達がルナールの側だけ囲みを解く。


「なるほど、客扱いする気はないという事か」


 ルナールは無機質な声で言うと、腰の剣を抜いた。兵士達の間にサッと緊張が走る。


「いえ、ちゃんとお客様として扱いますよ。現に手配中である皆様が、ここまで何事もなく来る事ができましたでしょう?」


「ああ、城門でも街の中でも。何人もの兵士とすれ違ったが、皆視線を送るだけだったよ」


「皆様が不快な思いをせぬようにとの、旦那様の御配慮ですよ」


「配慮だと? よくもぬけぬけとそんな事が言えたものだな」


 ルナールがまとう殺気が、一段と鋭さを増す。

 その気迫に押されるように、囲んでいた兵士達が半歩後ずさった。


「お、お嬢様。御理解頂けないのなら、我々としても強硬な手段を取らざるを……」


「面白い、やってみるがいい」


 ルナールは剣を構えたまま、隊長の言葉をさえぎるように言う。

 隊長の表情には、明らかに困惑の色が浮かんでいた。


「し、しかたがない。二手に分かれて、お嬢様には傷をつけないように押さえ込め! 連れの二人は殺さなければそれでいい!」


 隊長の声に、部下達は弾かれたように剣を取り直し、素早く二手に分かれる。

よく訓練されているのが一目でわかった。


「かかれ!」


 命令一下、隊長を含む五人がルナールに、残りの五人がクオートとエメリーに襲いかかってくる。


 クオートは慌てて剣を抜こうとし、中指を突き指してその場にうずくまった。


 ……痛みの波が治まって顔を上げると、ルナールの足元には気を失った五人の兵士が転がっていて。左手にエルクを抱いたエメリーの前では、土属性魔法で作られたドームの中から、人の声とガンガン壁を叩く音が聞こえてくる。


 クオートが痛みに悶えているわずか数秒の間に、戦いは一方的な決着を迎えていた。


「行くぞ」


 ルナールは抑揚よくようのない声を発し、剣をさやに収めて歩きだす。


「はい。あ、この壁は時間が経つと消えますから、それまで大人しくしていてくださいね」


 エメリーは壁の中に向かってそう言い置いて、小走りにルナールの後を追いかける。



 眠気が完全に吹き飛んでしまったクオートも慌てて後を追うが。今更ながらに、大変な所へ来てしまったと痛感するのであった……。

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