31 結婚の申し込み
警備隊と研究所をルビング隊長に任せ、クオート達は来た道を王都へと反転する。
警備隊の追撃は受けなかったので、向こうはルビング隊長が上手く押さえてくれたようだが。これから敵の本拠へ乗り込むとあって、道中の魔法訓練は一層厳しさを増していた。
エメリーは真剣に打ち込んでいるが、連日体力の限界まで絞られるクオートなどは(やっぱり裏切って保護官長に婚約してもらえばよかったかな……)などと、不穏当な考えが頭をよぎるのだった。
それでも、ルナールとエメリーが二人でなにかの訓練をするようになったので、その隙を突いて仮眠をとるなどして。なんとか過労死する事なく道中を過ごしていた。
……そして、いよいよ明日は再び王都へ到着するという晩。
なぜかその日に限ってルナールが宿を二部屋とったので、クオートは久しぶりに一人でのんびりとベッドの上に転がっていた。
その日は魔法の訓練も短めで、(王都到着前にゆっくり休めるようにとの配慮かな?)などと都合のいい解釈をして、クオートは御機嫌で眠りにつく。
……しかしそれから一時間ほどの後。平和な眠りは部屋に入ってきたルナールによって揺り起こされる事になった。
「ううん……あれ、保護官長? どうしたんですかこんな時間に……?」
眠そうに目をこするクオートに、ルナールは真剣な表情で語りかけてくる。
「クオート三士、以前した話は考えてくれたか?」
「へ? はなし……?」
「私と結婚するという件だ」
「……え!?」
視界が霞むほど虚ろだったクオートの意識が、雷に打たれたように一瞬で鮮明になる。
「け、結婚って……あれ研究所へ戻る為の建前だったんじゃ……」
「その要素も確かにあった。だが、真剣に考えておいてくれとも言ったはずだぞ。可能であれば、今ここで答えを聞かせてほしい」
「え、ええと……その……」
正直な所、クオートはきれいさっぱり忘れていた。
だがここで『ごめんなさい、忘れてました』なんて言ったら、とんでもない事になりそうだ。クオートは背中に冷汗が伝うのを感じながら、必死に言い訳を考える。
「……クオート三士。私はおそらく、良い妻にはなれないだろう。夫や家庭よりも大切なものがあるからな。だからお前が望むのなら、側室を取っても構わんぞ」
(へ? 側室……?)
ガレノス王国では一夫多妻制が認められているが。何人も妻を持つなんてのは貴族やお金持ちのやる事で、自分にそんな甲斐性がない事は本人が一番よくわかっている。
「えっと、側室とかはちょっと……」
「気に入らんか? なんなら私が側室でも構わんぞ。それとも、やはり私のような愛嬌のない女は嫌か……?」
ロウソクに照らされたルナールの表情は、少し不安気に見えた。
それを見て、クオートの動揺とプレッシャーはますます激しいものになっていく。
「いえ、嫌って事はないですが……でも俺なんかじゃ保護官長とはとても釣り合わないんじゃないかと……」
「前にも言ったが、私は身分や家柄などは気にしない。お前という人間を見込んで言っているのだから、あとはお前の気持ちだけだ」
「はあ……ええと……あの……」
「…………」
「えっと……なんと言いますか……その……」
……長いか短いかで言えば、ルナールは明らかに気が短いタイプである。
「ええい、はっきりせん男だな! 『はい』か『いいえ』か、どちらなのだ!」
「ひゃい!」
クオートがルナールの迫力に脅えてあげた悲鳴は、『はい』とも聞こえるものだった。
「おお、了承してくれるか。感謝するぞ。ではさっそく契りを交そう」
「……え?」
「なにを呆けた顔をしている。結婚する者同士がする事といったら決まっているだろう。既成事実があれば、公爵と対する際の武器にもなる」
ルナールはそう言うと、おもむろに。なんの躊躇もなく服を脱ぎはじめる。
柔らかく肌触りのよさそうな寝間着が、かすかに音をたてて床に落ちた。
「わわっ! ちょ、ちょっと待ってください保護官長! 婚約の契りって、キスとかじゃないんですか!?」
「子供かお前は。それに婚約ではなく結婚だ。この際、婚前交渉である事には目を瞑ろう」
そう言いながら、ルナールはためらう事なく下着も脱ぎ去り、裸になってしまう。
淡いロウソクの光の中に、大理石の彫刻のように美しい肢体が、ぼんやりと浮かびあがっていた。
「ちょちょ! 待って! ……ほ、保護官長こういうの経験あるんですか?」
「ある訳なかろう。だが、動物のものは何度も観察したぞ。メスの体にオスが後ろからこう、のしかかるようにして行為を行うのが最も一般的だな」
(そんな生々しい……)
クオートは顔が熱くなるのを感じながら、なんとか言葉を発する。
「あの……そのやり方は人間同士では必ずしも一般的ではないかと……」
「そうなのか? ではどうやるのだ?」
「いや、どうやるのだと訊かれましても……」
具体的な話になると、クオートも士官学校時代に先輩が話しているのをぼんやり聞いた事がある程度なので、あまり詳しい事はわからない。
「えっとたしか、こうお互いに向かい合うように……って! そうじゃなくてですね!」
「なんだ、違うのか?」
クオートの言葉のままにベッドに登り、向かい合うような姿勢をとりかけたルナールが動きを止める。
「いや、違わないですけど。違うってのはそういう意味じゃなくて……」
「……要領を得んな」
「と、とにかく保護官長。もっと自分を大事にしましょうよ!」
「私はこれ以上ないくらい、自分の信念と我侭を貫いていると自覚しているのだが?」
「そうじゃなくて、体の方をですよ」
「……調査研究は体が資本だから、その点には注意を払っているつもりだぞ。なぜ今そんな話をするのだ?」
クオートの体に乗りかかるような姿勢のルナールが首をかしげると、豊かな胸がわずかに揺れる。精神衛生上大変よろしくない。
「だからそうではなくて……」
「……クオート三士、私は時間を無駄に浪費するのを好まん。言いたい事があるなら、簡潔にはっきりと言え」
「ひっ……」
苛立つルナールに凄まれると、クオートはその迫力に脅えて縮こまってしまう。
とてもではないが、ルナールが言うような行為をするどころではない。
「む……すまん、夫になる人間に今の態度はなかったな。ついイラッとしてしまって、申し訳なかった。こんな時くらいは妻らしくする事にしよう」
ルナールは少し反省したように言うと、ベッドから降りて裸のまま床に片膝をつく。
「クオート殿。どうか私と夫婦の契りを交わして頂きたい。偽らざる所では、公爵に抗する為のカードの一つにしようと考えている。だが、誰でもよいという訳でもないのだ。お前だから……いや、貴方だからこそ、私の伴侶となるにふさわしいと見込んでお願いするのです。どうか、私の願いを叶えて頂きたい」
そう言って頭を下げると、金色の髪がさらりと流れ、ロウソクの灯かりを反射して美しく輝いて見える。
「保護官長……」
例によってクオートは場の空気に流されそうになるが、今度ばかりはそうはいかない。
意識を強く持ち、ない知恵を全力で絞って。クオートは必死にこの場を切り抜ける方法を考えるのだった……。




