30 それぞれの決意
「それで、どうする気だ? 警備隊ではすでに副隊長のユング士官長が、300人からの捕縛隊を揃えて待ち受けているぞ」
ルナールの父。キュビエ公爵の圧力はついに、力ずくと言える段階にまで達していた。
ルナールは少し考える様子を見せ、口を開く。
「ユング副長はたしか、五星級魔法士でしたね」
「うむ、そして公爵子飼いの部下でもある。本来なら、こんな辺境にいるような人材ではないだろうな」
「…………」
「他にも四星級魔法士が10人、剣士隊には一級練士の資格を持つ者が30人いる。他は三星級魔法士と二級練士だが、みな腕が立つ者ばかりだ」
「他ならぬ貴方が鍛えているのですから、そうでしょうね」
「……自慢する訳ではないが、いくら君が五星級魔法士で特級練士の腕前でも、まとめて相手をするのは到底無理な話だ」
「わたしも戦います!」
そう叫んで、エメリーが立ち上がる。
「……意気は買うが、五星級魔法士が一人加わってもどうにかなる戦力差ではない。そもそも仮に警備隊を制圧できたとしても、君達は一生追われる身になってしまう。そして、次はもっと強力な部隊が派遣されてくるだけだ。そうなってはもう、ドラゴンの研究どころではないぞ」
「……やはり、元凶を元から断たねばなりませんか」
ルナールの言葉に、ルビング隊長が表情を曇らせる。
「保護官長、君のしようとしている事はわかるつもりだ。だが、それはあまりにも危険な行為だぞ。しかも相手は実の父親だ」
「私は動物学者です。幼い頃に志し、夢に描いて努力もしてきました。私は自分の本分の為なら誰でも敵に回しますし、たとえ命を失う事になっても後悔はありません」
ルナールは決然とした表情で言う。声は静かだったが、それが逆に決意の固さを表しているようで、クオートの背中を冷たいものが伝う。
「……君は昔から、言い出したら聞かない子だったな」
厳しい表情でルナールを見ていたルビング隊長が、ふっと昔を懐かしむように表情を和らげた。
「あれ? 保護官長とルビング隊長って昔からの知り合いなんですか?」
それまで黙って話を聞いていたクオートが、急に驚きの声を上げる。
「ああ、隊長は私の剣の師匠だ」
「まだ保護官長が子供の頃の話だがな」
「へぇ……エメリー知ってた?」
「はい。わたしがまかないとして研究所に行く時に、お聞きしました」
エメリーの言葉を受けて、ルビング隊長が懐かしそうに昔話をしてくれる。
「あの頃の保護官長は、たしかまだ7・8歳だったと思うが、すでに身長ほどもある大人用の剣を振り回していてな。まるでなにかに取り憑かれたかのように、マメが潰れて皮が裂け。血が滲んだ手で、剣を握って向かってきたものだ」
(そういう所は変わってないんだな……)
「ワシは戦場にいた事もあるから、血に染まった剣ならいくらでも見てきた。だが、あんな風に柄だけが血に染まった剣は見た事がなかったよ。見かねて休憩しようと言うと、飢えた猛獣のような目でに睨まれてな。情けない話だが、子供相手に寒気を感じたものさ」
(ああ、わかりますわかります)
「あまりの気迫に押されて、つい本気を出してしまったりもしてな。毎日気を失う寸前まで鍛錬をして。剣を握れなくなってやっと終わったと思ったら、冷水をかぶって意識を戻し、今度は手にペンを縛りつけて勉強をしていた。あの幼さで、大した子供だと思ったよ」
(あ、なんか目に浮かぶように想像できる……)
「……その努力の甲斐あって叶えた夢だ、貫きたいという気持ちもわかる。それに、ワシは君の母上に恩がある身だ。あの方は君を産んですぐ亡くなってしまったが、君が自由に生きられるようにと望んでおられた。自分がそうできなかった分、余計にな……」
その言葉に、ルナールの眉がほんの少し。ピクリと動く。
「だからワシは、君がどうしてもと言うなら止める気はない。最後にもう一度確認する。ルナール保護官長、君が進もうとしているのは茨の道どころではない。遥かに険しいし、実の父親を敵に回す修羅の道だ。今までの努力も含めて、全てを失う事になるかもしれん。それでもその道を行く覚悟があるかね?」
「はい。自分で望んで選んだ道です、背を向ける気はありません」
ルナールはまっすぐにルビング隊長の目を見つめ、揺るぎのない声で返事をする。
「……そうか。わかった、ならばワシも手を貸そう。警備隊の方は任せておけ、こう見えても存外兵士達には信頼されておるのだ。ユングをなんとかして、君達が帰ってくる場所を守っておこう」
「ルビング隊長、恩にきます……」
「なに、愛弟子と恩人と、かわいい娘の望みだからな。それより、そもそも帰ってこられたらの話だぞ。あの公爵相手に勝算はあるのか?」
「…………」
(あれ? そこで黙り込むんだ……)
「……考えはあります。しかしあの男は周到で狡猾です、どこまで通じるかはやってみないとわかりません。ですが、いざとなったら喉笛を食い千切ってでも亡き者にしてやります」
ルナールは、真顔で恐ろしい事を口走る。
「む……そうか。まぁ、後悔しないのならそれでいい。エメリー、一応お前にも訊いておこう。お前はどうしたい?」
「わたしもルナールさんと一緒に行きます! なにがあっても、最期までお供します!」
「うむ、わかった。お前ももう一人前の立派な魔法士だ、保護官長の力になってやれ。クオート君、二人の事を頼むぞ」
「え、あ……はい」
(あれ? 俺にはどうするか訊いてくれないんだ……)
クオートは心の中でそう思うが。たとえ訊かれたとしても、ここで『俺は抜けます』とは言えない雰囲気だ。
なにやら大変な騒動の渦中へと、クオートは呆然としたまま飲み込まれていくのであった……。




