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3 研究所の謎

「クオートさん。起きてください、クオートさん」


 エメリーに揺さぶられてクオートが目を覚ました時。辺りはすっかり暗くなっていた。


「お目覚めですか? 夕食の時間ですので食堂にいらしてください。ルナールさんもお待ちですから」


 笑顔でそう伝え、エメリーは火のついたロウソクを一本置いて、忙しそうに一階へと戻っていく。


(ああ、寝ちゃったんだ……って、『ルナールさんも待ってますから』だと!?)


 その言葉の意味に気付き、クオートはベッドから飛び起きて階段を駆け下り、転がるように食堂へ入る。

 壁の時計を見ると、6時55分。エメリーが起こしてくれたおかげで、ギリギリ間に合っていた。命の恩人と言ってもいい。



 ……食堂には大きな長テーブルが置いてあって、その短い面にルナールが座っている。それを挟むように両脇に二組、合計三人分の食器が並べられていた。十人は座れそうなテーブルなのに、端の三席しか使われていないのは少し寂しい光景だ。


 ルナールはお風呂に入ったらしく、服装は身軽そうなシャツに変わっていて、束ねていた髪もほどかれ、腰まである金色の髪はしっとりと濡れていた。男の視線を問答無用で吸い寄せるほどの色香がある。


 ……だが、クオートが感じるのはトラウマからの恐怖だけで。ルナールの方もクオートには目もくれず、黙ってミルクティーのようなものを飲んでいた。

 そこへ、シチューの良い香りと共に鍋を持ったエメリーが入ってくる。


「クオートさん、どちらでもお好きな方にお座りください。今料理を持ってきますから」


 個人的にはルナールから四~五人分離れた席が良かったが、残念ながら右斜め前と左斜め前の二択しかない。好きな方なんてないなと思いつつ、恐る恐る左の席に着くと、間もなくサラダやパイなどの料理が次々と運ばれてきた。

 決して豪華ではないが、手が込んでいて実においしそうだ。


 そして、テーブルには花瓶に花まで飾ってある。地味な花だが、それでも十分食卓に色取りを添えてくれていた。これで右斜め前にいる人の愛想がもう少し良ければ文句のつけようがないのになと、クオートはルナールを横目でうかがいながら思うのだった……。



 エメリーが最後に焼きたてのパンが盛られたかごを持ってきて、今度は料理を取り分けてくれる。本当によくできた子だなと、クオートは感心せずにはいられなかった。


 夕食の準備が整い、エメリーが席に着くと同時に時計が7時を指す。

 ルナールの影響か、それともエメリー本来の性格なのか不明だが、恐ろしい事である。


 ルナールが『いただきます』と言うと、エメリーも元気に『いただきます!』と言って食事がはじまり。上品にシチューを口へ運ぶルナールを見ながら、クオートも同じ言葉を口にして食事に手をつける。


 エメリーがつくってくれた食事は見た目と香りにたがわず、味も上々だった。


「ルナールさん。研究所の裏の広場に、もうウイハリの花が咲いていたんですよ」


 エメリーがそう言って、テーブルに飾られた花を見る。


「そうか。この辺りもようやく春らしくなってくるな」


「はい。そうだクオートさん、この花びらパイにも混ぜてあるんですけど、お口に合いますか?」


「あ……うん。味も香りも良くておいしいよ。エメリーは料理が上手なんだね」


「本当ですか、ありがとうございます!」


 どうやら、エメリーは感情がそのまま表に出る子のようだ。無邪気に喜ぶ様子がとてもかわいらしい。


 ……主にエメリーが愛想を振りまきながら食事が進んでいくが、しばらく経ってもクオートとルナールの間には一言の会話もない。というか、ルナールはたまにエメリーに笑顔を見せる以外は基本機嫌が悪そうな無表情で、クオートの方など見ようともしなかった。


(……遅刻の事、まだ怒っているのかな?)


 正直話しかけるのは怖かったが、エメリーも気にしているようなので、クオートは思い切ってコミュニケーションを試みてみる事にする。


「あの、ピアストル保護官長殿……」


 言葉を発した瞬間。サラダを口に運ぼうとしていたルナールの眉がピクリと動く。


「その名で呼ばれるのは好きではない」


 不機嫌ここに極まれりといった調子で言い放つ。


 クオートはちょっと怯んだが、(親と仲でも悪いのかな……)などと漠然ばくぜんと考え、今度は違う名前で呼びかけてみる。


「えーと、ルナール保護官長殿?」


「お前に名前で呼ばれるほど親しくなった覚えはない」


「…………」


(なんなんだコイツ、俺の事嫌いなのか?)


 はやくも心が折れそうになるが、クオートは持ち前のポジティブさを発揮して。引きつった笑顔を浮かべながら、なおも会話を試みる。


「じゃあ役職名だけにして、『保護官長殿』でどうでしょう?」


「『殿』はいらない。言葉は簡潔かんけつなほど良いからな」


(オマエの会話は簡潔過ぎるけどな……)


 と言いかけたのを、クオートはギリギリで飲み込んで。意思の疎通そつうを試みる作業を続行する。


「では保護官長。ええと、ここには他の保護官の方はいないのですか?」


「ああ、今は私だけだ。お前のような護衛も含めて、みなすぐに辞めてしまうのでな」


(それはオマエのその性格のせいなんじゃ……)


 とまた口に出そうになるが、それに耐えて考えてみても。やはりそれだけでは弱い気がする。


「えっと……なんで皆さん辞めちゃうんでしょうか?」


「そんな事は当人達に訊いてみろ」


「で、ですよね~ははは……」


 ルナールの表情自体は変わらず無表情だが、視線から感じる温度がマイナス20度から30度くらいに下がってきた。危険を感じたクオートは、話の転換を試みる。


「……そうだ、この研究所はどんな事をしてるんですか?」


「保護区に棲息する野生生物の調査と研究だ。特に、大陸全体でもここにしか残っていないドラゴンの生態と、繁殖方法の研究をしている」


(そんな事も知らずにきたのか)と言いたげな口調で、ルナールが説明をしてくれる。


 ……言われてみれば、クオートも士官学校で習ったような気がする。たしかスノードラゴンとかいうのがいるのだ。

 ふもとの警備隊が辺境のわりに大規模だったのはそのせいか……。


 そんな事を考えていると、クオートのペースは全く無視して、食事を終えたルナールが口を開いた。


「明日はサルファ湖周辺の調査に行く。出発は3時、帰還は17時の予定だ。エメリー、すまんが朝食と携行食の用意を頼む。クオート三等士官も同行できるよう準備をしておけ。質問がなければ以上で解散。エメリー、ごちそうさま。あとを頼むよ」


「はい!」


(……はい?)



 元気よく返事をするエメリーに釣られて一瞬流しかけたが。今の発言、明らかにおかしな所があったよな……?

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