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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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29 公爵の圧力

 結局ルナール達は、夜明けまでクライゼン老人と話し込んでいたようだった。



 まだ外が暗い時間。本の隙間に挟まるようにして眠っていたクオートは、エメリーに起こされてそっと出立しゅったつの用意をする。


 台所へ行くと、クライゼン老人が揺り椅子に体を預けて眠っていた。


 ルナールはその上にそっと毛布をかけ、テーブルの上に置き手紙と重そうな皮袋を置くと、寂しそうな目でじっとクライゼン老人を見つめる。


 そして搾り出すように一言。『先生、かような無礼をお許しください……』と言って深々と頭を下げ、クオート達をうながして足早にクライゼン宅を後にした。



 ……朝もやが立ち込め、道行く人も殆どない早朝の街を馬車は走り続け、街を囲む城壁の門をくぐる。


 その間ルナールはじっと前方を見つめたまま、一言も言葉を発そうとはしなかった。



 ……周りの風景が畑や農家に変わり、朝日が明るく辺りを照らしだす頃。クオートは手綱を握るルナールの隣に行って、そっと話かけてみる。


「保護官長。クライゼンさん、いい人でしたね」


「ああ、私がこの世界で最も尊敬する人だ。どうせならあの人と結婚したいと思うほどにな」


「あはは、すごい歳の差夫婦ですね」


「互いを尊敬する気持ちさえあれば、歳の差など関係ないさ。……もっとも、私が先生から尊敬を得られているとは思えんがな」


「そうですか? すごく目をかけてくれてるみたいでしたけど?」


「あれはあくまで教え子としてだ。人間的には、私などまだまだあの人の足元にも及ばんよ」


「人間的には……ですか……」


(まあたしかに、保護官長は人間的には色々問題あるよなぁ……)


 そんな失礼な事を考えつつ、クオートはルナールの言葉を反芻はんすうする。


「クオート三士。帰りは行きと違って、移動中にも魔法の訓練をするからな」


「へ?」


 一瞬心を読まれて嫌がらせをされたのかと思ったが、考えてみればルナールの性格的にあたりまえの話だ。

 むしろ、ゆっくり寝かせてくれた行きが特別だったのである。


「エメリーも準備をしておけ。早く五星級の魔力を扱うのに馴れねばならんからな」


「はい!」


 この手の状況でクオートとエメリーの反応が180度違うのは、もはや定番になりつつある。


 途中の街で遅い朝食を摂ると。さっそくルナール教官指導による、鬼の魔法訓練が開始されるのであった……。




(あ、俺もうダメかも……)


 王都を発ってから18日目。懐かしいスタンレー山脈の山並みが見える宿で、クオートはベッドに突っ伏して生死の境をさまよっていた。


 遊んで欲しいのか、エルクが髪をくわえて軽く引っ張るが、死人のように身動き一つしない。


 魔力刻印儀式による魔力の消耗はまだ完全には回復していないので、ルナールの訓練は主に基礎体力と精神力。微量の魔力を使っての制御訓練が中心だった。


 狭い馬車の中では目を盗んでさぼる事もできず。朝から晩までの訓練に耐えかねて、何度走行中の馬車から飛び降りて逃亡しようとしたかしれない。


 だが逃亡した所で行く当てがある訳でもなく。道端で寝たまま飢え死にする未来しか見えなかったので、なんとか思い留まってここまでやってきたのだった。


(保護官長、俺が逃げたら追いかけてきてくれるのかな……)


 眠気でぼんやりした頭で、そんな事を考えてみる。


『逃げるような奴の事など放っておけ、先を急ぐぞ』


 すごく冷たい表情と声でそう言う光景が、容易に想像できた。エメリーは……やっぱり泣いちゃったりするのだろうか?


 ――と、首をかしげながらクオートの後頭部を突ついていたエルクが、突然頭を上げたかと思うと翼を広げてジャンプをし。エメリーの側で硬直のポーズをとる。


 最近は言われなくても、人の気配を感じただけで人形モードになるようになった。


 そしてエルクがそうしたという事は、人が来るという事でもある。

 ……果たせるかな、しばらくして扉がノックされ。大柄な人影が姿を現わした。


「ルビングさん!」


 姿を見せた人物に、エメリーが嬉しそうな声を上げる。


「エメリー、元気そうだな。その様子だと、魔力刻印は上手くいったか?」


「はい。見てください!」


 エメリーはシャツのボタンを二つほど外し、左肩をあらわにする。


「うむ、大したものだ」


「えへへ……これ全部ルナールさんにつけてもらったんです」


 エメリーは顔をほころばせながら、五つ並んだ星を指先ででる。


「そうか、よかったな。ところで、その保護官長殿に用があって来たのだが……」


 ルビング隊長の視線が、机に向かってなにかを書いていたルナールに向けられる。

 ルナールは厳しい表情を浮かべて、ルビング隊長を見つめていた。


「……エメリー、クオート三士。すまんが少し外してくれ」


「いや、二人にも関係がある話だ。同席してくれ」


 ルナールの言葉を、ルビング隊長がさえぎる。表情を一層厳しくしたルナールがペンを置き、椅子いすごと体を入口に向けると。向かい合うようにエメリーが置いた椅子に、ルビング隊長が腰を下ろす。


 クオートと、エルクを抱えたエメリーはベッドに並んで腰かけて、ルビング隊長の話を待つ。


「保護官長。大変言いにくいのだが、君達三人に逮捕状が出ている」


「え!?」


 隊長の言葉にクオートが驚きの声を上げるが、ルナールは予想の範疇はんちゅうだとでも言うかのように、眉一つ動かさなかった。


一昨日おととい王都から早馬がきてな。王都で騒乱を企てた罪で、発見次第捕らえて王都に護送せよとの事だ。なにか心当たりはあるかね?」


「罪状にはありませんが、逮捕状が出た事にはあります。キュビエ公爵の差し金でしょう」


「まぁ、そうだろうな。だが公式の手配書である以上、ワシは立場上君達を捕らえて王都に送らねばならん」


「……なにか取引を持ちかけてきましたか?」


「さすがに察しがいいな。あからさまな事に、手配書と同時に公爵から手紙がきてな。君が大人しく婚約を受け入れるなら、君はもちろん、クオート君とエメリーの罪も揉み消してやるから、ワシに仲立ちをせよと言ってきた」


「あの男、どこまで卑劣な真似を……」


 今度はさすがに、怒りで声が震えている。


「保護官長。ワシとしては、エメリーを犯罪者にしたくはない」


「ルビングさん、わたしは……」


 なにかを言いかけたエメリーを、隊長が手で制する。


「だが、娘の気持ちもそれなりにわかっているつもりだ。あの子は君をしたっている、それこそ、実の母親のようにな」


「…………」


「あの子は、君が自分のせいで不本意な選択をする事を善しとはしないだろう。それに君自身も、ワシに説得されたからといってこんなおどしに屈する気はあるまい?」


「はい」


「即答か。ははは、勇ましい事だ」



 ルビング隊長はそう言って、楽しそうに笑う。


 一方クオートは全く笑う気になれず。ただ黙って、不安いっぱいで二人のやりとりを見守るのだった……。

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