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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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28 心に期するもの

 クオートとルナールがクライゼン宅に帰る頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。


 馬を庭先に繋ぎ、家に入る手前でルナールがふと足を止める。


「保護官長、どうしたんですか?」


 クオートの言葉にも答えず。しばらく庭を凝視ぎょうししていたルナールは、不愉快そうな表情を浮かべて玄関へと向かう。


「あ、ルナールさんクオートさん。おかえりなさい!」


 クライゼン老人となにか話をしていたエメリーが、嬉しそうに飛んできて迎えてくれた。


「お、帰ったか」


「クライゼン先生、私達の留守中に来客がありましたか?」


「ああ、よくわかったな。キュビエ公爵から使いがきてな、娘が世話になっていると挨拶あいさつをしていったよ」


「それだけですか?」


「……君が婚約を受け入れるよう、説得を頼まれた。はは、見返りにこの老いぼれを、王立科学院の総長に推挙してくれるとさ」


「──――」


 一瞬、ルナールの顔が青ざめる。そしてこぶしを固く握り、うつむきがちに言葉を発した。


「先生……私は……」


「言わずともよい。君がどんなに今の仕事に愛着を持っているか、私が一番わかっているつもりだ。幼い君にドラゴンの事を話して聞かせ、はるばる旅をして実際にドラゴンを見せたのも私なのだからな。そして、君が目標の為に努力する姿も近くで見てきた」


「先生……」


「そんな顔をするな。君は私の研究を継承してくれる、大切な後継者なのだ。学者にとって、高い地位と名声を得るだけが喜びではない。……実を言うとな、最初にピアストル家御令嬢の教育係という話がきた時には、たしかにそんな下心もあった。だが、結果として私はそれよりもずっと価値ある物を得たと思っているよ。自分の研究を受け継いでくれる有能な後継者は、学者にとってなにより得難えがたいものの一つだからな」


「クライゼン先生……」


「私はもう歳だ。こんな老いぼれの自尊心じそんしんなぞの為に、若くて優秀な才能が犠牲になるなど、あってはならん事だ。君は私の事など気にせず、自らの道を邁進まいしんしてくれたまえ。それが、今の私の唯一の望みだ。新しい論文を楽しみにしているよ」


「先生……父の無礼、代わってお詫び申し上げます!」


 ルナールはそう叫び、床にひざまずいて頭を下げる。


「やめてくれ。私はただ、自分の欲望に忠実なだけだよ。いつか君にもわかる日がくるさ。それに、せっかく優秀な三代目も育ちかけている事だしな」


 クライゼン老人はそう言って、エメリーへと視線を移す。


「この子は中々見所がある。ひたむきさと情熱は、幼い頃の君を見ているようだ。知識を他に伝える事も、学者の大切な仕事の一つだ。よく教え、導いてやるといい」


「そんな、わたしなんてルナールさんに比べたら全然……」


「そうでもないさ。数時間教えただけだが、それだけでわかる事もある。君はきっとルナール君の優秀な助手に、あるいは並び立つ存在にもなる事ができるよ」


「そんな恐れ多い事……」


「良き競争相手ほど、己の向上心を高めてくれる物はない。優れた後継者同様、得難いものの一つだ」


「…………」


「さて、遅いが夕食にするか。この子が腕を振るって、おいしい食事をつくってくれているぞ。料理をしながら勉強もできるなど大したものだ。魔法の修業をしながら勉強もしていたルナール君を思い出すな」


(保護官長、やっぱり昔からそんなだったんだ……)


 クライゼン老人が床にひざまずいたままのルナールをうながして、全員で夕食のテーブルにつく。


 エメリーの料理はパーティー会場に並んでいた豪華な料理に比べれば素朴だが、暖かみがあってすごく美味しかった。


 クライゼン老人に料理の腕をめられて、エメリーは恐悦至極きょうえつしごくといった感じで顔を赤くしている。


 それを穏やかな笑顔を浮かべて見守るルナールには、ピアストル邸で見せたような憎悪と軽蔑に溢れた、突き刺すような空気感は微塵みじんもない。


 特に、エルクに野菜や肉を食べさせている時などは、年頃の少女らしい純真な笑顔を浮かべていた。


(やっぱり保護官長の居場所はこっちだよなぁ……)


 クオートは心の中で、一人そう結論を出すのだった……。



「クライゼン先生、お願いがあるのですが」


 突然ルナールがそう切り出したのは、夕食も終わりに近付いた頃だった。


「今夜、私達をこちらに泊めて頂けませんか?」


 ルナールの申し出に、クライゼン老人は怪訝けげんな表情をする。


「もう王都での用は済んだのではないのかね? 君の性格からして、今は一刻も速くスタンレーに帰りたいのではないか? 悠久の時を生きるドラゴンに比べて、人間一人に与えられた時間はあまりにも短いからな」


「はい。ですが……もしかしたらこれが最後になるかもしれません。明日の朝には王都を発つつもりでいますが、それまで是非、エメリーにも講義をしてやってください」


 ルナールは、どこか思い詰めた表情をして頭を下げる。


「……わかった。かわいい教え子の頼みとあっては、無碍むげにもできんからな」


 なにかを感じ取ったように、クライゼン老人はそう返事をした。


「だが、この家は御覧の有様だ。君達とは起きて話をするとしても、そっちの君はどうする? 寝床を提供するようなスペースはないぞ」


「あ、俺の事ならお構いなく。どこでも寝られますから」


 クオートは胸を張ってそう返事をする。



 それを聞いたルナールは『お前が言うと説得力があるな……』と、感心したようにつぶやくのだった……。

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