24 王国宰相、キュビエ・ピアストル
「……保護官長。本当に俺なんかが一緒に行ってもいいんですか?」
ルナールの父であるキュビエ公爵の元へと向かう道中。沈黙に耐えかねて、クオートが口を開く。
「ああ。もし私が我を忘れて奴に斬りかかりそうになったら、殴ってでもいいから止めてくれ。帰りを待っていてくれるエメリーの為にもな」
「は、はあ……」
なにやらものすごく重大な責任を背負わされた気がして、クオートは一気に気が重くなる。
今までの経験からして、ルナールは冗談でこういう事を言うタイプではないのだ……。
……20分ほどで着いたピアストル家の本邸は、門の前に立ったら両側の敷地の端が見えないほどに広大だった。
入る前から気圧されてしまうクオートだったが、ルナールの後に続いて邸内に入り。応対に出てきたメイドさんに連れられて、キュビエ公爵の元へと案内される。
屋敷の奥に進むにつれてルナールの表情がどんどんと険しくなっていくのもまた、クオートの不安を徐々に高めていった。
(こんな状態の保護官長、俺じゃ止められないぞ……)
殴ってでも止めるどころか、軽く片手であしらわれて床に転がされる気がしてならない。
……そんな心配をよそに、メイドさんは二階の奥にある大きな扉の前で立ち止まった。
「御主人様、お嬢様をお連れいたしました」
その声に扉が開かれ、二人は部屋に足を踏み入れる。
ルナールの左手が無意識の内なのか。すでに腰に吊った剣の鞘を握っているのに気付いて、クオートの緊張は最高潮に達していた。
「……久しぶりだな、ルナール」
声の主は50歳くらいと思われる男性で。片眼鏡をかけた、いかにも厳格そうな人だった。
両脇には護衛だろうか? 体格のいい男が二人、腰に剣を吊って立っている。
……一方のルナールは、相手を射殺さんばかりの視線で睨んだまま返事もしない。最初から険悪度全開な雰囲気だ。
あまりの緊張感に、クオートの胃がキリキリと痛みを訴える。
「お前を呼んだのは他でもない。そろそろ婚約相手でも決めてやろうと思ってな」
キュビエ公爵はルナールの視線に動じる様子もなく、淡々と用件を口にする。クオートなら恐怖のあまり気を失っているだろう視線を受けながらだ。
「その件は手紙で何度もお断わりしたはずです。今の私には、他のなにを置いてもやりたい事がありますので」
極めて無機質に。一切の感情を排除した声でルナールが言う。
「研究所長の役職を解任されたというのに、今更なにをやると言うのだ?」
「──っ!」
ルナールの髪が怒りのあまりざわつき、腰の剣に右手が伸びる。その気配を察して。護衛の二人も身構え、わずかに腰を落とす……。
(保護官長、保護官長!)
クオートはありったけの勇気をふりしぼって、ルナールの服の裾を引っ張った。
……おそらく軽い刺激だっただろうが、我に返ったようにルナールの手が止まる。
「――たとえ身分が一民間人であっても、私のやる事は変わりません!」
なんとか踏み留まり、言葉での反論を返すが。公爵は淡々と言葉を続ける。
「民間人が許可なく王立保護区に立ち入ればどうなるか。それが分からんほどお前は馬鹿なのか?」
「…………」
ルナールの奥歯が『ギリッ』と音を立てるのが隣にいても聞こえ。公爵に向かって足を踏み出すのを、クオートは全力で袖を掴んで引き止める。
その効果があったのか。ルナールの足は一歩で止まり。そんな娘をキュビエ公爵はしばらく不機嫌そうに眺めていたが、小さくため息をついて言葉を重ねる。
「今夜これからパーティーを準備してあるから、それに出席してその中から婚約者を選べ。そうすればとりあえず、あと一年は今まで通り自由にさせてやろう」
「──わかりました、では失礼します!」
キュビエ公爵の一方的な話に、ルナールは拳を震わせて荒々しく返事をすると、踵を返して扉を蹴破らんばかりの勢いで部屋を出ていく。
もう一秒でもこんな所にいたくないと、そんな気持ちがありありと伝わってきた。
「あ、保護官長。待ってくださいよ!」
「――待ちたまえ、君にも話がある」
「へ? 俺……じゃなくて自分にですか?」
ルナールを追おうとした所を呼び止められ、クオートはキョトンとして公爵を見る。
少し余裕が出てきたのか、クオートの視界には部屋の内装も映るようになっていた。
公爵が使っている机は、高級そうで重厚な素材に彫刻がほどこしてあって、クオートが一生働いても買えなさそうな雰囲気を醸し出している。
他にも、同じく一生働いても買えないであろう石像や絵画。壁には豪華な装飾が施された剣や槍、弓矢が飾ってあった。
クオートは美術品の目利きなどさっぱりなので。なんとなくそんな感じがするというだけなのだが、とにかくそんな印象を持たせる、威圧感漂う部屋だった。
そんな部屋に。ルナールはさっさと出て行ってしまったので一人残されて、不安でいっぱいのクオートは恐る恐る公爵の言葉を待つ。
「そう脅えなくともよい。君の事は聞いているよ、クオート・タルク三等士官だったね。いつも娘が世話になっている」
「え……あ、はい。いえ、お世話なんて全然できていませんが……」
緊張し、しどろもどろになって返答するクオートに。公爵はどこか穏やかにさえ見える表情で言葉を続ける。
「娘と一緒にいたのなら知っていると思うが、あれはなかなか強情でね。私の言う事を聞かないので困っているのだよ。婚約の件にしても、『私は自分より強くて頭のいい相手でないと結婚しません』などと手紙を送ってくる始末だ」
「それはまた……」
ルナールより強くて頭のいい男など、そもそも存在するのかどうかさえ疑わしい。早い話が、体のいい拒絶なのだろう。
「そこで、君には娘の説得に協力を頼みたいのだ。成功の暁には、軍で望みの役職を与えてやろう。中央高原南部の警備隊長などはどうだ? 気候もいいし、ここ数十年なんの事件も発生していない平和な所だ。隊長なら誰に気兼ねする事もないし、身の回りの世話をする使用人もつけようではないか」
「え……」
どうやら、クオートの性格まですっかり把握されているらしい。クオートにとってこれ以上ない、夢のような条件が提示される。
「え、ええと……」
「返事は今でなくても構わん。了解する気になったら連絡をくれたまえ。ああ、もし仮に連絡がなくとも、話が上手く運んだ時には君の貢献もあったものとして、先程の人事を発令させよう。研究所でまかないをしているという少女にも、彼女の望む人生を約束する」
公爵はエミリーの事まで知っていて、その強大な権力を躊躇なく行使し。人の心を動かそうとする。
「話は以上だ。おい、彼を娘の所へ送ってやってくれ」
「はい、かしこまりました」
クオートは傍らに控えていたメイドさんに連れられて、別室へと案内される。
……キュビエ公爵に対する第一印象は、多少強権的な感じはしたが、そう悪くも感じなかった。
「どうぞ、こちらへ」
メイドさんに案内された部屋には沢山の服がずらりと並んでいて。クオートはそこで、軍人が式典で着る最上級の礼服に着替えさせられる。
三等士官の身の上では、通常袖を通す事などない代物だ。鏡で自分の姿を見てみるが、似合っていない事はなはだしい。
……着替えがすむと、また別の部屋へ案内された。
案内のメイドさんから、今度はルナールの所へ行くのだと言われ。公爵に言われた事への整理がまだついていないクオートは、なんとなく顔を合わせるのを気まずく感じながら、広い廊下を歩くのだった……。




