23 ルナールの師匠
研究所を出発してから23日目。クオート達一行はガレノス王国の首都、アスマラに到着していた。
初めて王都に来たエメリーは、建ち並ぶ巨大な建物群と人の多さに圧倒され。ルナールやクオートの影に隠れるようにオドオドしている。
人口50万を数える王都にも100人といない五星級魔法士なのだから。もっと堂々としていてもいいのにとクオートは思うが、その辺りはやはり歳相応の少女なのだろう。
ルナールが操る馬車は、まっすぐにピアストル家の邸宅に向かう……かと思いきや。馬車が止まったのは住宅地の一角にある、小じんまりとした家の前だった。
杖をついて応対に出てきた老人の手を、ルナールは懐かしそうに強くにぎる。
「クライゼン先生、お久しぶりです!」
「おお、誰かと思ったらルナール君か! 二年振りだな、見違えたよ」
「御無沙汰して申し訳ありません」
「いやいや。スタンレーに行っていると聞いていたが、王都へはなにか用事かね?」
「はい。ちょっとした用件で、一時帰休です」
「そうか。うんうん……立派になったな……」
「先生の御指導のおかげです。先生もお元気そうでなによりです」
「いや、私ももう歳だからな。足も弱って杖がないとまともに歩けん始末だよ……」
……これほど友好的に人と接するルナールを初めて見て、クオートは少なからず驚いていた。
それと、一時帰休というのはルナールが言っているだけで。召還状にそんな事は書いていなかった気がする。
ルナールの紹介によると、老人は『デリス・クライゼン』といって、ルナールに動物学を教えてくれた先生らしい。それを聞くと、この懐きようも納得である。
「こんな所で立ち話もなんだ、汚い所だが上がりたまえ。お茶くらいは出そう」
そう言われて馬車を庭に入れさせてもらい、家の中に案内される。
クライゼン老人の家は三つある部屋のほとんどが本や資料で埋まっており。廊下にまで紙の束が積み上げられていて、紙の隙間に人間が暮らしているような状態だった。
(研究者の棲家って、みんなこうなのかな……)
クオートは、一度だけルナールの部屋に入った時の事を思い出してそう思う。
ルナールの部屋も本や紙束がうず高く積まれ、人一人が通るスペースがやっと空いているだけだった。
棚に大きなガラス瓶が三本並んでいるのを見て、『あれ、保護官長お酒飲むんですか?』と聞いたら『それはインク瓶だ』と言われてしまい。どれだけ文字を書くんだと驚愕した記憶がある。
「安物で悪いが、お茶を淹れよう」
「あ、わたしがやります」
「……そうか、すまんね」
足の悪いクライゼン老人に代わって、エメリーが手際よく準備にかかる。
書斎も客間も本でいっぱいで、三人と一匹の来客を迎えられる場所は台所しかなかった。
「彼女は研究所でまかないをしてくれているエメリー、こっちは研究所附きの軍人で、クオート三等士官です」
ルナールの紹介を聞いたクライゼン老人は、嬉しそうに目を細める。
「そうか、君に王都まで一緒に旅をしてくるような仲間ができるとはな。二人共よほど優秀で勤勉なのだろうね」
「そんな、とんでもありません。わたしなんて全然……」
(そんな、どんでもありません。俺なんて全然……)
エメリーは声に出して。クオートは心の中で同じ事を言う。
片方は謙遜だが、もう片方は本当の事だ。
「……それで、わざわざこんな老人の所へなんの用だね?」
「はい。実は先生にこれを見て頂きたいのです」
そう言ってルナールが指し示したのは、さっきまでエメリーが抱いていて、今は椅子の上に置かれているエルクだった。
忠実に人形のふりをしていて、ピクリとも動かない。
「これは……スノードラゴンの幼体の剥製かね?」
「いえ、生きた個体です。エメリー」
「はい。エルク、もう動いてもいいよ」
「ピーッ」
エメリーの言葉と合図で、今までじっとしていたエルクは解放されたように翼を広げ、鳴き声をあげる。
「なんと……本物の生きたドラゴンか!」
「はい、実は……」
ルナールは密猟者達と戦った所からの話を、順を追って説明する。
クライゼン老人はエメリーが淹れてくれたお茶を飲むのも忘れ、食い入るように聞き入っていた。
「……そんな訳で、今は私が預かって育てているのです。色々わかった事もあるので、先生にも見て頂こうと思って資料をまとめてきました」
ルナールはそう言って、話の最後にぶ厚い紙の束を渡す。
「そうか、実に興味深い。私もあと10年若ければなぁ……」
クライゼン老人は残念そうに、遠い目をしてエルクを見る。エルクはその丸い目で、じっとクライゼン老人を見つめていた……。
……話の切れ目を察して、クオートが口を挟む。
「クライゼン先生はドラゴンに詳しいんですか?」
「――失礼な事を言うな! この方はこの国におけるドラゴン研究の第一人者だぞ!」
ルナールに一喝されて、クオートはたちまち縮こまってしまう。
「そんな事はないさ、今では君が第一人者だろう。君の論文は全て読ませてもらっているが、実に素晴らしい内容だ」
「いえ、私などまだまだです。賞を与えられたのも私の力ではなく、家名の影響でしょう……」
「そうでもないさ。たしかに科学院の連中は権威に弱いが、むしろそれで正しく評価されたくらいだと思っておるよ。連中は頭でっかちで中々新しい学説を認めようとせんからな」
「──申し訳ありません、先生はそれで……」
「なに、かまわんさ。学者の本分はあくまで真実の探求だからな。本に埋もれ、過去の学説ばかりにしがみついている無能共の事など放っておけばいい。実際に自分の目で見た事と本の内容に相違があれば、信じるべきは自分の目で見た事の方なのだ。君がスタンレーで見た事、もっと話して聞かせてくれ」
「先生……」
それからルナールとクライゼン老人との話は尽きる事がなく、互いに目を輝かせて、いつ果てるともなく続くのであった……。
……ルナール達が話込んでいる間、クオートとエメリーは街に出て夕食の買い物をする事にした。
エメリーは多くの人が行き交う活気溢れた市場の喧騒に途惑い、怯えたようにクオートの袖を掴んで離さなかったが。それでも食材を前にすると眼光鋭く、店主を唸らせるほどの目利きで四人と一匹分の食材を買い込んで帰路につく。
クライゼン宅前まで戻って来た時。前に立派な馬車が停まっていて、家から出てきたきちんとした身なりの男が乗り込むのを見て、クオートとエメリーは一瞬顔を見合わせる。
いぶかりながら家に入ると、そこには出かける前の楽しそうな様子とは一転して。体中にすさまじい不機嫌オーラを漂わせたルナールの姿があった。
「保護官長、今の人だれですか?」
「……キュビエ公爵の手の者だ。王都に入る前から監視されていたからな。クオート三士、今から奴の所へ行く、ついてこい」
「え? あ、はい」
ルナールは基本的に、キュビエ公爵の事を父とは呼ばない。むしろ他人のように、敵意さえ含んだ呼び方をするのだった。
「エメリー、すまんがエルクと一緒にここで待っていてくれ。先生、申し訳ありませんがよろしくお願いします」
「うむ、任せておけ」
「ルナールさん、わたし……」
「心配するな、必ず帰ってくる。エルクの事を頼んだぞ」
「……はい、必ず帰ってきてくださいね。晩御飯を用意して待っていますから!」
「ああ、大丈夫だ。心配するな」
ルナールはそう言って、涙目で見送るエメリーの頭を撫でてやる。
クオートとルナールは馬車から外した馬に乗り。ルナールの父であり王国宰相。
そして今回の召喚状の黒幕でもある、キュビエ公爵の元へと向かうのだった……。




