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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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21 魔力刻印

 翌日。ルナールは王都への道を外れて、馬車を人気のない森の中へと進めた。


 魔力刻印は激しい苦痛を伴い。対象者はもがき叫ぶので、人の多い場所を避けたのだ。


 エメリーは迷惑をかけたくないので移動しながらでもいいと言ったそうだが、定着が終わって苦痛が和らぐまではと、そこはルナールが譲らなかった。


 ……適当な場所を選んで馬車を止め。いよいよエメリーへの五星級魔力刻印が開始される。



 毛布の上にエメリーを寝かせ、左鎖骨さこつの下。魔力刻印が刻まれる場所をあらわにする。


 すでに赤・青・白・緑と、四つの星が並んでいる場所にルナールが両手を重ねて当て、意識を集中する……。


「――いくぞ、エメリー」


「はい」


 最後の確認に力強くうなずくのを見て、ルナールが刻印の為の魔力を注ぎ込む。


「あぐぁぁぁぁ……!!!」


 ――悲痛な叫び声が響き渡り、エメリーの体が大きく跳ねた。


 だがルナールはエメリーの左肩に体重をかけて押さえ込むようにしながら、刻印の為の魔力注入を続ける。ここまできたら、迷う事は危険でしかないのだ。


「ぐうぅぅぅぅっ! ああああ!」


 エメリーののどからは絶叫と言ってもよいほどの声がしぼり出され。手足は痙攣けいれんしたようにばたついている。


 エメリーの体内では今。ルナールが注ぎ込んだ魔力が自身の魔力と干渉し、混ざり合って新たな魔力細胞を形成しているのだ。

 それに血液の半分が使われ、激しい苦痛が全身を襲う。


 ――エメリーの顔はみるみる色を失い、青白くなっていく。

 ルナールは額に汗を浮かべ、歯を食いしばって刻印を続けていた。


 横で見ているだけのクオートが思わず目を背け、耳を塞ぎたくなるほどの凄惨せいさんさだ。


 儀式がはじまっておよそ五分、ルナールがエメリーの肩から手を離す。魔力の打ち込みが終わったのだ。


「あぐっ! うがあぁぁっ……!」


 それと同時に、エメリーの苦しみ方も変わってくる。

 刻印が定着するまで、五星級だと丸二日。50時間近くも、雷の電流を体に流し続けられるような苦痛が続くのだ。


 それは大の男でさえ耐え抜くのは難しいと言われている過酷さで、最後には悲鳴やうめき声を出す事さえできないほどに消耗するのだという。


「うあああ……あくっっ……」


 エメリーが体を丸め、苦痛にのたうつ姿はとても正視に耐えなかった。

 ルナールは辛そうにそれを見ていたが、しばらくしてクオートを外へと誘う。


 心配そうにエメリーに寄り添うエルクを残し、クオートは馬車を降りた。しばらく歩いて馬車から離れる間、クオートはたまらずに口を開く。


「保護官長、エメリー大丈夫ですよね?」


「刻印自体は上手くいった。あとはあの子次第だ」


「…………」


 クオートは祈るような気持ちで馬車を振り返る。魔力刻印の成否は施す者の技量以上に、本人の意志の強さに大きく左右される。


 定着までの間に苦痛に耐えかね。刻印を拒否したり気を失ってしまったりしたら、その時点で失敗してしまうのだ。


 刻印を拒否すれば苦痛は治まるので、通常はそれで死んだり精神が壊れてしまったりする事はない。


 しかし儀式で失った血液は戻らないので、致死量とほぼ同量を要求される四星級と五星級では、一~二割の死者が出るといわれている。


 致死量の血液を失った体で長時間の苦痛に耐え、意識を保つのは並大抵の事ではなく。受ける者は皆相当の決意と覚悟をもって臨むのだが、それでも成功率は四星級で五割、五星級では二割以下でしかないと言われている。


 エメリーが強い子なのはクオートもよく知っているが、それでも12歳の女の子が耐えられるものなのだろうか。

 最悪刻印は失敗してもいいから死なないで欲しいと、クオートはそう祈らずにはいられなかった……。



 ……馬車から少し離れた所まで来ると、足を止めたルナールがやおら口を開く。


「クオート三士。昨日訊いたお前の四星級刻印はどうする?」


「え……」


 ついさっきまでエメリーが苦痛にのたうつ凄惨せいさんな光景を見ていたのに、今それを訊くかと思うくらい、最悪なタイミングでの質問だった。


 あれを見た直後に『はい、やります』なんて言える人間がいるだろうか?


 当然否の返事をしようとしたクオートだったが、声に出そうとした言葉が直前で止まる。


(待てよ。ここで断ったら、俺どうするんだ……?)


 これから二日間は、エメリーの刻印定着を待ってここに留まる事になる。

 エメリーが必死で苦痛に耐えている間、自分は隣でのうのうと昼寝をしていられるのだろうかと、人間性の根幹に関わる疑問が湧き上がってきたのだ。


 ……正直。寝れる寝れないで言えば、確実に寝られる自信はある。


 だが、本当にそれで良いのだろうか? あんな小さい子が命がけで、必死に頑張っている横でだ……。


「……やります」


 ほとんど無意識のうちに、口から承諾の返事が出た。

 自分で口にしておいて、一秒後には(あれ、俺今なんて言った?)と思ったくらいである。


「わかった。では今から行なおう」


「え? 保護官長、ちょっと待って……」


「心配するな。刻印は施す方も消耗するが、続けて二回くらいは問題ない」


「いやそうじゃなくて……あ、ちょ、待っ……」


 発言を撤回する暇もないまま、クオートはなし崩し的に刻印を受ける事になってしまった。自分でも恐ろしくなるほどの主体性のなさである。


 ……しかし、馬車に戻って苦しみにもがくエメリーを見ると。やはり自分だけ逃げてはいけないような気がして、乗りかかった船だと覚悟を決めた。


「無事に済んだら、王都までの行程の間は十分に休むといい」


 そう言ってルナールがクオートの肩に手を当て、意識を集中する……。


「うぐあぁぁぁ!」


 過去三回を上回る激しい苦痛が、クオートの全身に襲いかかってくる。


 ……魔力の打ち込みに続いて、四星級刻印の定着までおよそ一日半。地獄のような時間が始まったのだ。



 ――全身の筋肉が硬直し。細胞が破壊されていくようなすさまじい痛み。

 途中でクオートは何度も心が折れそうに。気を失いそうになる。


 だが隣で自分以上の苦痛に耐えているエメリーの姿と、ルナール公認で十分に休める事への魅力が、クオートの意識をかろうじて繋ぎ留めてくれていた。


 ルナールが時折ときおり、汗を拭いたり水を飲ませたりしてくれる。

 カラカラに乾いた口に流し込まれる水はなんとも言えないほどおいしく、まさに命の水だった。


 それを頼りに、朦朧もうろうとする意識の中で。ギリギリの一線で意識を保ち続ける……。




「はあっ……はあっ……」


 ……刻印の儀式から36時間。ようやく痛みが引き、クオートは馬車の床にぐったりと横たわって荒い息をついていた。


 しかし、隣ではエメリーの苦しみがまだ続いている。五星級の定着には、丸二日ももかかるのだ。


「クオート三士、よく耐えたな。汗を拭いてやるから、楽にしていろ」


 そう言って、ルナールが冷たい水で濡らしたタオルで体を拭いてくれる。

 ひやりとしたタオルの感覚は、疲れきった体になんとも言えない心地良さを与えてくれた。


「エメリーは……どうですか?」


「気丈によく耐えているよ。あと半日ほどだ……」


「そうですか……」


 床に寝たままそんなやりとりをし、エメリーの方へ首を動かしたクオートは、目を見開いてギョッとする。


 さっきまでは自分も必死で気付かなかったが。エメリーの左手の指先に、血に染まった包帯が巻かれているのだ。


「保護官長、あれ……」


「おそらく気を失いそうだったのだろうな。一応止血はしたが、ただでさえ致死量と同等の血液を失っているのに、これ以上の出血はよくないのだが……」


「……五星級の刻印って、そんなにきついんですか?」


「ああ。私の時もああして自ら爪を噛み割って、その刺激で意識を保ったものだ。以前、私が話したのを覚えていたのだろう……」


 眉根を寄せて言うルナールの言葉に、クオートはルナールの手へと視線を移す。

 白くて奇麗きれいな指先にはつややかな爪が生え揃っていて、その時の痕跡は残っていなかった。


「……エメリー、大丈夫ですよね?」


「あの子は強い子だ。信じてやれ」


「はい……」


 歯を食いしばるエメリーのひたいには脂汗が浮き、何度ももう一枚爪を噛み割ろうとしては、直前で思い留まっている。


 ルナールはクオートにもしてくれたように。汗を拭ってやったり、水を飲ませてやったりしていた。

 おそらくルナール自身も、あれから眠っていないのだろう。


 ……クオートも一緒に見守ってやりたかったが、体力が消耗している上に血液も足りず。もう40時間も眠っていない事もあって、これ以上意識を保つのは不可能だった。



 視界が暗転する直前、ルナールが優しい顔で『御苦労だったな、今はゆっくり休め』と言ってくれたのが、この日最後の記憶だった……。

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