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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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13/44

13 覚悟

 警備隊と別れ、サルファ湖畔こはんを発って二時間ほど。

 クオート達はスタンレー山脈の最高峰、ミロン山を目指して馬を進めていた。


 エメリーは当初ルビング隊長と一緒に帰るように言われていたが、一緒にいくと言って断固譲らず。結局ついてくる事になったのだそうだ。

 今は嬉しそうに、ルナールと同じ馬に乗っている。


 いつもは素直で大人しい子なのだが。ここ一番での頑固さときたら、あのルナールさえ屈服させるほどなのだ。


 警備隊から新たに馬一頭を借り受け。テントや食料、各種必要な品も譲ってもらっての行程である。



 彼方に見えるミロン山は頂上付近が雲に覆われ、全体を見渡す事はできないが、容易に人を寄せ付けない、厳然げんぜんとした存在に見えた。


 ルナールの説明によると。これまで何度も探検隊が挑戦したが、ついぞ登頂に成功した者はなく。その苛酷な環境こそが、かって大陸に四種類棲息していたドラゴンの内、スノードラゴンだけが絶滅を免れた理由なのだという。


「心配するな。なにも山登りをしようという訳ではない」


 不安そうなクオートの様子を察してか、ルナールが言葉を発する。


「そうですか、ちょっと安心しました。で、なにをしにいくんですか?」


「ミロン山の中腹に、ドラゴンの営巣地えいそうちになっている谷がある。そこへいくのだ」


「……は?」


 ルナールの口から出た言葉は、山登りの方がまだマシだとさえ思わせるものだった。


「……そこって、やっぱりドラゴンがいっぱいいるんですよね?」


「そう多くはない。現在棲息している数の全てでも、20頭前後だからな」


 ――20頭はクオートにとって十分多い。アルティアの死に際には涙を流したが、クオートにとってのドラゴンはあくまでも、獰猛どうもうで恐ろしい巨獣なのだ。


「そんな所へいって、危なくないんですか?」


「先の大戦の末期。最後のドラゴンを求めて派遣された2000人の部隊が全滅したそうだ」


「ぜ、全滅って……」


「おそらく大人数で巣に近づき過ぎたのだろう。スノードラゴンは積極的な狩りこそしないが、目についた動物は捕食するし、棲家すみかに近づく者があれば当然攻撃するだろうからな」


「えっと……つまり、距離をとって見つからないようにしていれば大丈夫って事ですか?」


「危険は少なくなるだろうな」


「わかりました。ちょっと安心できましたよ」


「なにを言っているのだ? 我々はこれから、そのドラゴンの巣に潜入するのだぞ」


「……はい?」


 クオートの心の底から疑問の声が出る。


「え、だって今、そこは2000人が全滅したような危ない場所だって……」


「うむ」


「『うむ』って……そんな危ない所にエメリーを連れていくんですか?」


「わたしがどうしてもって、ルナールさんにお願いしたんです!」


 それまでルナールの前に大人しく座っていたエメリーが、元気な声をあげる。


 クオートにとっては命令されてもいきたくないような場所なのに、いくら今のルナールが心配だからって、頼み込んでついてくるなんて奇特きとくな子だ。

 できれば代わりに留守番をしていてあげたいと、本気で思う。


「エメリー、本当にいいの? 危ないんだよ?」


「はい。わたしも少しでいいからルナールさんのお役に立ちたいんです! 足手まといにはならないようにしますから」


「エメリーには私が魔法を教えている。お前より上の四星級だ、この子はそれだけの覚悟を持った上で言っているのだ」


 ルナールの言葉にクオートは驚き、目を見張った。


 魔力そのものは血液に宿っているので誰にでも存在するが、それを使って魔法を使えるようになるには、魔力刻印という儀式を受けなければならない。


 その儀式はとても過酷で、体内に流れる魔力の四割。つまり血液の四割を消費する上に、非常な苦痛を伴うのだ。


 クオートも士官学校時代に経験したが、血液の四割を失うだけでも意識が朦朧もうろうとして気分が悪くなるのに、加えて全身が内側から焼かれるような激痛が数時間も続く。


 それに耐え切ると左胸の上、鎖骨さこつの下辺りに小さな赤い星が現われて、晴れて一星級の魔法士となり。魔法が使えるようになるのである。


 もっとも、一星級の魔法士にできるのはせいぜいマッチくらいの火を出すだけで、大した役には立たない。そこで体力と魔力の回復を待ち、もう一度同じ事を繰り返す。


 今度は全身の体液が逆流し、暴れ回るような苦痛が半日も続く。


 そうして二星級の刻印を終えると、赤い星の隣に青い星が現われ、一星級の頃の数倍威力の火属性魔法と、水属性魔法が使えるようになる。


 三星級は寒さで、毛布を何枚重ねても止む事のない悪寒と震えに襲われ、歯の根が合わなくてしゃべる事さえできなくなる。寒さはやがて体中を刺すような痛みに変わり、それが丸一日も続くのだ。


 それに耐えて白い星が刻まれると、また使える魔力量が数倍になり、氷属性魔法も使えるようになる。ちなみにクオートはこの三星級だ。


 命を落とす事こそないが、大変な苦痛を伴うので多くの人はやりたがらず。好奇心で一星級に挑戦する若者は多いが、ほとんどは途中で断念してしまう。

 魔力刻印は苦痛に耐えて意識を保ち、本人が望み続けないと成功しないのだ。


 だから、普通は軍人や特定の職業の人達だけが習得するもので、一般に使える人は多くない。


 事実上戦闘に役立つのは三星級からであると言われていて、士官学校でも三星級までの取得が卒業条件だったが、これに耐えられずに脱落していった同級生が何人もいた。


 クオートが酷い成績ながらなんとか卒業できたのも、この試練に耐えられたからに他ならない。


 もっとも本人は卒業ではなく。刻印の儀式後は病室で一ヶ月間の休養が与えられるので、それを目当てに頑張ったのであるが……。



 しかし、そんな休み大好きのクオートでも。四星級、土属性魔法の刻印は受けなかった。


 なぜなら三星級を更に上回る苦痛に加え、四星級以上は儀式に必要となる血液量が体内の五割。人間の致死量とほぼ同じになり、挑戦した者の一~二割は命を落とすと言われているからだ。

 いくら寝るのが好きなクオートでも、永久に眠ってしまうのはさすがに困る。


 だが、エメリーはこの四星級を習得しているという。魔力刻印を施せるのはその級以上の魔法士。それも修練を積んだ、魔力の扱いに長けた者に限られる。

 この場合可能性が高いのは、先日五星級の雷属性魔法を使って見せたルナールだ。


「……刻印、保護官長がやったんですか?」


「ああ、そうだ」


 少し批判めいたクオートの問いに、ルナールは厳しい表情で答える。

 エメリーは確かまだ12歳だと言っていた。そんな小さい子に、命の危険がある刻印を施すなんて……。


「わたしがお願いした事なんです」


 クオートの表情を察して、エメリーが口を開く。


「わたしがどうしてもってお願いして、ルナールさんにやって頂いたんです。少しでもお役に立てるようになりたくて……」


 ルナールをかばうように、エメリーが言葉を重ねる。

 大きな目に強い意志を宿したその瞳は、少女の覚悟の強さを物語っていた。


 ……クオートはこの時、ルナールがエメリーに甘い気がしていた本当の理由がわかった気がした。


 ルナールはエメリーに甘いのではなく、エメリーを立派な一人前の人間として評価しているのだ。

 クオートなどとは比較にならない。強い覚悟と固い意志を持った、自分と同類の人間として……。


「でも、それでもやっぱりこんな小さい子に……」


「ルナールさんが五星級の刻印を受けたのは、10歳の時だったそうですよ」


 エメリーの言葉に、クオートは完全に言葉を失ってしまう。昨夜ルナールは、幼い頃にドラゴンに魅了され、動物学者を志したと言っていた。


 その動物学者というのは、研究室にこもって書物とにらめっこをする類のものではなく。実際に現地でドラゴンと接し、それを守る為にあらゆる事をする。そんな学者だったのだろう。


 幼くして命がけで魔法を習得したのも。密猟者と渡り合った剣の腕や身体能力も、たった一つの目的の為に全力で努力をした結果なのだ。

 エメリーはそんなルナールと価値観を共有できる、数少ない仲間なのかもしれない。


 ルナールが研究員や護衛達に厳しく当たっていたのも。そんな純粋さゆえに、有力者の娘との繋がりという打算に惹かれてやってくる者達に、我慢がならなかったのかもしれない。


(……いや、保護官長がやたら厳しいのは間違いなく元からだな)


 そこまで考えを巡らせて、圧倒的な覚悟の違いを見せつけられたクオートは、もはや言うべき言葉を一言も持ち合せてはいなかった。



 ルナールとエメリーは自分とは違う世界の人間なのだと。そんな風に考えながら、黙って馬を進めていく……。

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