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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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12 ルナールの孤独な闘い

 アルティアの解体作業は時間をかけると他のドラゴンに襲われる危険があるとの事で。大急ぎで進められていく。


 途中で更に100人規模の増援が加わって。陽が沈む頃には巨大なドラゴンは骨すら残さず、完全に解体されてしまっていた。


 満足な道がなく荷車は使えないので、多くはサルファ湖から流れ出すラム川を使って筏で運ばれる事になり。今はその為の木の切る斧音が、あちこちで響いている。

 雪解けの時期で水位が高いのが幸いだと、警備隊の士官の一人が言っていた。


 この巨大なドラゴン一匹の価値は立派なお城丸々一つよりも高いのだそうで、作業は急ぎつつも慎重に進められている。作業用のかがり火が、あちこちで地上の星のように輝いていた。


「保護官長……」


 もう跡形もなくなってしまった、かつてアルティアがいた場所をまだじっと見つめ続けているルナールに、クオートは恐る恐る声をかけてみる。


 何度かエメリーが食事を運んできてくれたが、ルナールはそれにも手をつけようとしなかった。

 もう丸一日以上も飲まず食わずで、睡眠もとっていないはずだ。クオートの呼びかけにも反応せず、じっと一点を見つめ続ける横顔は、ひどく憔悴しょうすいして見えた。


 ……ルナールの心の内などクオートには推し測る術もないが。深く傷つき、自分を責め続けているのは痛いほどわかる。

 為す術もなくたたずむクオートだったが、そこにエメリーが一つの包みを持ってやってくる。


「ルビングさんが、これをルナールさんにと……」


 エメリーがそっと包みを開けると。そこにはアルティアのうろこが一枚と、組織のサンプルが10点ほどまとめられていた。


 それを見たルナールは崩れるように膝をつき。鱗を抱きかかえてうずくまり、肩を震わせる……。


「……エメリー、テントから毛布をとってきてくれるかな」


 クオートが静かに言うと、エメリーは大きくうなずいて駆け出していく。

 毛布をそっと、アルティアの鱗ごとルナールの頭まですっぽり覆うようにかけてやると、まもなく、押し殺した泣き声が聞こえてきた。


 まだ周囲で作業をしている警備隊の兵士達から見えないようにと。そんな配慮をする事くらいしかできない自分を、クオートにはもどかしく思う。


 ルナールはいつまでも泣き続け、やがてそのまま力つきて眠ってしまったのか、泣き声が聞こえなくなる。


 ……クオートとエメリーはその傍らにテントの生地を敷き、毛布に包まって寝床をつくった。

 エメリーはじっと、心配そうにルナールを包む毛布を見つめていたが。クオートは昨日からの疲れで、すぐに深い眠りへと落ちていくのだった……。



「クオート三士……起きろ、クオート三士……」


 小声でなんども揺さぶられ、クオートは眠りから覚まされる。まだ辺りは真っ暗で、空いっぱいに明るい星が広がっていた。


「起きたか? 話がある、少し時間をくれ」


 声の主はルナールだった。目覚めの悪いクオートを小声で辛抱強く起こしたのは、隣で寝ているエメリーを気遣ってだろうか?

 ともかく、クオートは眠い目をこすりながら体を起こす。夜の冷たい空気が、ひやりと肌を撫でた。


 ……先を歩くルナールに続いて、星明かりを頼りに森の方へと歩いていく。

 湖畔こはんには警備隊の兵士達のテントが沢山並んでいたが、一部の見張り以外は眠っているようで、辺りはシンと静まり返っていた。


 森に踏み込んで少し進んだ所で、ルナールは立ち止まってクオートの方を振り返る。


「クオート三士、昨日はすまなかった!」


 そう言って突然頭を下げたルナールに、クオートは眠気も吹き飛ぶほどに面食らう。

 事態を飲み込めないクオートを他所よそに、ルナールは言葉を継いだ。


「感情に任せて人を殴るなど、人間として未熟の極みだ。まして、それが自分の無力さへの苛立ちの発露とあっては、言い訳のしようもない。許してくれとは言わないから、気がすむまで私を殴ってくれ」


「――へっ?」


 ルナールは目を閉じ、歯を食いしばって手を後ろで組む。あまりの事に、クオートは呆然ぼうぜんとその場に立ちつくすだけだった。


「どうした? まさか女は殴れないなどと、甘い事を言うのではあるまいな?」


「いや、そういう訳じゃないですけど……」


「ならばやれ。遠慮はいらん」


「…………」


 クオートのとってのルナールは恐怖の対象でありこそすれ、第一印象以降女性として意識した事はなかった。むしろ、自分なんかよりもずっと男らしいと思っていたくらいである。

 ……だが、それと殴れるかどうかは別の話だ。


 クオートは元々荒事が好みではないし、別段殴られた事に腹を立ててもいなかった。

 そもそもルナールの恐ろしさを身に染みて知っているので。殴っていいと言われても、とてもそんな気にはなれないのだ。


 調教された猛獣は主人を襲わなくなるそうだが、猛獣どころか元々子犬程度であるクオートが、命令されたからといってルナールを殴れるはずもない。

 殴る方が殴られる方に怯えるなど珍しい話だが、それでも怖いものは怖いのだ。


 ……クオートはしばらく考えて、別の提案を口にする。


「えっと、殴るのはいいですから。代わりに今度俺がなにか失敗した時に、怒るのを加減してもらえると嬉しいかな……なんて思うんですけど……」


「それとこれとは別の話だ。信賞必罰しんしょうひつばつは厳正に行なわれねばならん」


(ですよね。そう言うと思いましたよ……)


 とっさに思いついた代案は、案の定却下されてしまう。この融通ゆうずうの効かなさもまた、ルナールの特長だ。


「……じゃあ代わりに、この間の手紙の事を聞かせてください。話せる範囲で構いませんから」


「む……」


 ルナールは少し眉をひそめたが、しばし逡巡しゅんじゅんした後、意を決したように口を開く。


「わかった。今回の件は完全に私に非があるからな、その条件を飲もう。今回の事とも無関係ではないしな……」


 そう言ってルナールが話してくれた内容は、要約すると以下の通りだった。


 まず前提として、ルナールの父であるキュビエ公爵はドラゴンを商品と見なしており、その独占取り扱いを目論もくろんでいる。


 研究所は名前こそ王立となっているが、実際には保護区の設置そのものがキュビエ公爵の発案であり。公爵の主導の下研究所が設置され、運営資金も全て公爵が出している。

 警備隊もほとんど全ての士官が、公爵の影響下にある人物で占められているのだそうだ。


 一方ルナール自身はそれとは別に、幼い頃からドラゴンに憧れ、動物学者を志していた。

 父はそんな娘を利用し、所長として研究所に送り込んだ上で、ドラゴンを商品として定期的に安定供給できる体制の構築を命じたのだという。


 先日の手紙はそれに関するもので。進捗状況の報告と、ドラゴン一頭の『出荷』を命じるものだったのだそうだ。


 その指示自体は一年ほど前から来ていて。ルナールはその度ごとに拒否し続けていたが、圧力は次第に強くなり。そして今回ドラゴン一頭を失うに当たって、その体を提供せざるを得なかったとの事だった。


「エメリーには言うなよ、不要な心配をさせたくない」


 最後にそう釘を刺されたが、なるほどこれならルナールが父親を嫌っているのも当然だし。

 手紙を見て機嫌が悪くなったのも、泣きながらアルティアを解体させたのも、全て納得がいく。


 クオートはルナールが背負っている大きな苦悩を垣間かいま見て、重苦しい気持ちに沈んでしまう。


 話を終えて寝床に戻ったクオートは、しばし感傷に浸った後。難しい事は起きてから考えようと決めて、再び夢の世界へと帰っていくのだった……。



 翌朝は早くから解体したドラゴンを運ぶ作業が進められ。クオートが起きたお昼過ぎにはほとんどの作業が終了して、警備隊の人達は撤収作業にかかっていた。


 昼まで寝かせてくれたのは、ルナールなりに気を使ってくれたのかなと思いつつ。朝昼兼用の食事を食べていると、突然ルナールがやって来ていつもの調子で予定を告げる。


「クオート三士、我々はこれからミロン山へ向かう。そのつもりで準備をしておけ」



 事情を尋ねる暇もなく、一方的にそれだけ伝えると、ルナールは足早に去っていってしまう。クオートはパンを咥えたまま、唖然あぜんとしてその後姿を見送るのだった……。

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