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ドラゴンの守護者  作者: おとしんくるす


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10 治療の試み

 毒を食べさせられ、肺に水が溜まって息ができずに倒れているドラゴン。


 その巨体を前に。険しい表情を浮かべたルナールは、両手を頭上にかざして魔力を集中しはじめる。


「保護官長、なにを……」


 クオートの目の前で、ルナールの頭上にみるみるうちに巨大な岩の固まりが形成されていく。それはルナールの手の動きに従って高く上昇し、手が振り下ろされると同時に、勢いよくドラゴンの上に落下していった。


 ――すさまじい衝撃が地面を揺るがし、轟音と共に砕けた岩の破片が降り注ぐ。ドラゴンの体が波打つように跳ね、口から大量の水が吐き出された。


 土煙の中でクオートが見たルナールの表情は、とても悲しく。辛く苦しそうに歪んでいた……。



 ……大量の水を吐いたおかげで、ドラゴンの呼吸は少し大きくなる。


 一時は目を開けるまでに回復したが、それも束の間の事で。10分もするとまた元の弱々しい呼吸に戻ってしまう。

 ドラゴンの体に耳を当てていたルナールが、厳しい表情で一旦距離を取り。再び手を頭上にかざす……。



 二度目の衝撃が湖畔こはんに響き、ドラゴンはまた大量の水を吐いた。そしてまた一時的に呼吸が回復するが、やはり長くは持たず、呼吸は細く。弱くなっていく。


 ルナールが三度目に手をかざした時、クオートが後ろから羽交い締めにするように止めに入った。


「保護官長、無茶ですよ! こんな大きい魔法を連続で使ったら、保護官長の体が持ちません!」


 魔法を使うには、威力に合わせて体内にある魔力を消費する。魔力は体内で血液という形で蓄えられていて、魔力を消費するという事はつまり、血液を消費する事なのだ。


 すでに最大威力の土属性魔法を二度続けて使ったルナールは、少し顔色が悪くなりはじめている。


「お前に指図される事ではない、放せ!」


「落ちついてくださいよ、こんな事続けたら保護官長が死んじゃいます!」


「それがどうした、私の仕事はドラゴンの保護官だ!」


 ルナールが叫ぶのと同時に、クオートは自分の体がふわりと宙に浮くのを感じた。


 視界が一回転して背中に衝撃を感じ、自分が投げ飛ばされたのだと気付いた時には、ルナールはすでに三回目の魔法を発動させていた……。



 ……三度にわたるルナール決死の処置にも関わらず。ドラゴンはかろうじて目を開けただけで、手足は力なくぐったりとしたままだった。そして、また呼吸が弱くなっていく。


「保護官長、せめて氷属性魔法にしてください。それなら魔力消費が少なくて済みますから!」


 クオートは止めるのをあきらめて、頼み込むように言う。魔法は大別して五種類あり、火・水・氷・土・雷の順で高度になっていき、消費魔力も大きくなるのだ。

 しかしルナールは、ふらつく体で首を横に振る。


「氷では強度が足りん。体を覆ううろこで弾かれてお終いだ」


 言われてみれば、密猟者達が火属性魔法を撃ち込んでいたドラゴンの頭部には、わずかな焦げ痕もついていなかった。

 最高級の防具の素材ともなるドラゴンの鱗は、生半可な魔法では傷一つ付けられないのだ。苦しんでいたのは炎のせいで酸素が奪われ、呼吸が更に難しくなっていたからだろう。


 そもそも冷静に考えてみると、クオートが思いつくような事をルナールが考えていないはずがない。

 ……そうしているうちに、ルナールは四度目の土属性魔法を発動させた。



「保護官長!」


 砕けた岩の破片が降り注ぐ中、ルナールは崩れるようにひざをつき、地面に倒れた。クオートが駆け寄って抱き起こすと、びっくりするくらいに手が冷たくなっている。


「これ、大量失血のショック症状じゃないですか!」


「心配いらん、これしきの事……」


 そう言って体を起こすルナールの顔は青白く、くちびるも色を失っている。

 そんな状態で目にいっぱいの涙を溜めて、祈るようにドラゴンを見つめるルナール。


 ……しかし、その表情は次第に絶望に染まっていき、噛み締められた奥歯が『ギリッ』と音をたてる。


 視線を落としたルナールが、搾り出すように言葉を発した。


「すまん……これ以上はもう、処置をしてやる事ができん……」


「……しかたないですよ。これ以上やったら保護官長の方が死んじゃいます」


「違う、そうではない……あの翼を見てみろ、縮んだようにしわが寄っているだろう。あれは脱水による症状だ、これ以上は水を吐かせる事も命に関わる。かといって水を飲ませる訳にもいかん。もう手の打ちようがないのだ……」


 ルナールは拳を地面に叩きつけ、肩を震わせる。地面に一滴二滴と、涙が零れ落ちていた。


 それを見て、クオートはなんとかドラゴンが持ち直してくれるようにと祈るが、その呼吸はすでに弱くなっている。

 ルナールはあふれる涙を拭おうともせず、今まさに死を迎えようとしているドラゴンを、呆然と見つめていた……。


 その時。瀕死ひんしのはずのドラゴンが、不意に頭を動かした。もうほとんど呼吸も止まりかけているのに。彼方にそびえる高い山に向かって、吠えほえたけるように口を開く。


 ――すでに肺が水で満たされていて声は出ないが。わずかに頭を持ち上げ、なにかを呼ぶように大きく口を開ける。その瞳は悲しそうに、何百年にも渡って暮らしてきたのだろう山影を映していた……。



『ズシン……』と音がして、ドラゴンの頭が大地に落ちる。地面を這うようにして近づいたルナールがお腹に耳を当て、しばらくしてがっくりとうなだれてしまう。


「保護官長……」


 クオートはかける言葉も見つからず、ドラゴンの遺骸いがいにすがって泣くルナールを、ただ黙って見つめていた。


「アルティア……すまん。私に力がないばかりに……」


 ルナールが呼んだドラゴンの名は、クオートにも聞き覚えがあった。それはここにきて二日目、初めて出会ったあの巨大なドラゴンの名だ。


 いま目の前に横たわっているこのドラゴンが、あの時恐怖と共に仰ぎ見たあのドラゴンなのかと思うと。クオートの胸にも刺すような痛みが走り、もらい泣きをするように涙がほほを伝う。



 静寂せいじゃくに包まれ、鳥の声さえ聞こえない湖畔には、ただむせび泣くルナールの嗚咽おえつの声だけが、いつまでも響き続けるのだった……。

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