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忘れじの二人

作者: 夜童

あら、こんな所にお客様とは珍しいわね。

そんなに怯えなくたって、別にとって食いやしないわよ。

それで? 一体何の御用かしら?

白の森の賢者に会いに来た?

そう、わざわざ王都から来たの。

確かに私は賢者と呼ばれていたけれど、今はただの薬師よ。そんな大層なものじゃあないわ。

まぁ、折角来たのだしお茶くらいはご馳走してあげるわ。ついてらっしゃい。


ここは葉も幹も枝も白い木ばかりでしょう?

これは聖樹と呼ばれていてね、この木から採れる果実はアンブロシアと言って、薬の材料になるの。……だからと言って、無闇に触れては駄目よ? しかるべき手順を踏まないと木ごと枯れてしまうの。

着いたわ。ここが私の家よ。

何もないけれど上がってちょうだい。



それで? なぜ賢者に会いに来たのかしら?

……そう、勇者が探しているの。

これで何度目かしらね。貴方のような人がここにやって来たのは。不思議そうな顔ね。あの人、自分では見つけられないから人に頼むのよ。そうしたら見つかるから。



◆◇◆◇◆



二十年前まで、この世界は魔王の脅威に晒されていた。ある日、それは終わりを告げた。魔王を倒す力を持った青年とその仲間たちによって。

世界に平和を齎した青年は勇者と讃えられ、世界中に名を轟かせる英雄である。

しかし、全てが無事に済んだわけではない。

魔王は自らの命が潰える刹那、呪いをかけたのだ。

呪いをかけられた者の一番大切なものを奪う、という呪い。

長い戦いが終わったことによる高揚と緊張が切れたことで、勇者は不意を突かれた。呪いを受ける刹那、勇者の前に最も付き合いの長い賢者が躍り出た。勇者を庇った賢者は呪いを受け、賢者は呪われた身を人から遠ざけるように姿を消した。

以来、勇者は賢者の姿を見ていない。

勇者は決意する。己を守ってくれた賢者のためにも、訪れた平和と安寧を守り続けることを。


そんな昔話が大好きだった私が、まさかその賢者様をこうしてお迎えに上がれるなんて!


賢者様を探して欲しい。

年老いてもなお、衰えることのないカリスマを持った勇者様は、私を呼び出してそう命じられた。

私はすぐに賢者様の情報を集めた。思いのほかあっさりと見つかった賢者様の居場所に肩透かしを食らいつつ、白の森へと足を踏み入れた。

そこにいたのは、葉を丸めたように尖った耳を持つ、浮世離れした美女であった。

その物憂げな緑の瞳が私を捉え、瑞々しい唇からは鈴を転がすような声が溢れた。


勇者様が探していると告げた時、賢者様は何処か懐かしそうに、一抹の寂しさを浮かべた目を細めた。


「あの人、元気にしている?

きっと、もうおじいちゃんになっているんでしょうね」


そう言った賢者様に、ここ数年の勇者様のご様子をお伝えすると、嬉しそうに頷いていらっしゃった。だが、それらは全て寂しさが混じっていたように思えた。


「あの、賢者様は、勇者様にお会いにならないのでしょか?」


私の問いに、賢者様は悲しそうに笑った。


「会えないわ、永遠に」



◆◇◆◇◆



ふふ、どうして、と聞きたそうね。

会いに行くこと自体はできるわ。ただ、私もあの人も、お互いのことが見えないの。

……えぇ、そうよ。呪い。魔王にかけられた、死の呪い。

大切なものを、失う呪い。

私は、種族柄アンブロシアをよく食べていたからあまり呪いは効かないの。でも、魔王の呪いは強過ぎた。私一人では、人柱になり得なかった。その結果、私たち二人に呪いがかかったの。

……物語の中では、私が庇ったなんて言ってるけれど、守れてなんかいないわ。そう言い伝えられているのなら、それはあの人が私に恥をかかせまいとしてくれたのよ。とても優しい人だから、あの人は。


あぁ、呪いの話だったわね。

ごめんなさい。人と話すのは久しぶりだから、つい色んなことを話してしまうわ。

……呪いは、二人にかかったことにより効果は薄まった。

私たちはね、お互いの姿も、名前も覚えていないの。旅をしたと言う記憶はあるわ。あの人が優しい人だということも、強い人だということも覚えている。でも、姿は思い出せない。私が呼んでいたはずの、あの人の名前も。

あの人も同じ。大切なお互いを奪われた。

それだけじゃないわ。私たちはお互いの姿や声を認識できないの。たとえ、目の前に立っていたとしても、私はあの人に気づけない。あの人は、私に気づけない。


……あぁ、分かったようね。

そう、貴方が思っている通りよ。だから、私たちは会えないの。時々、人を通じてお互いの様子を聞くだけ。


姿を消した理由?

そうね、私が臆病だったからよ。

あの人の姿を見られないことに耐えられなかった。

あの人の声が聞こえないことが許せなかった。

他の人にはあの人が見えるのに、私には分からないことを認められなかった。

でも、少し安心したわ。

どれだけ醜い感情でも、あの人に気づかれることはないんですもの。

そんな自分の思いを知った時、心底恐ろしかったわ。このままじゃ、あの人と過ごした記憶も、何か別の思いに変わってしまうと思った。

だから、逃げたの。

あの人から。

全てから。



◆◇◆◇◆



これで昔話はおしまい、と賢者様は微笑んだ。

その後はご自身の最近の出来事について話して下さった。

帰り際、賢者様は藍色の袋を私に差し出された。これは? と問う私に、賢者様は嬉しそうに言った。


「これは、アンブロシアを天日に干したものよ。あの人、もう歳でしょう? 体調を崩しやすいだろうから、予防にね」


私は、気になっていることを賢者様に質問した。


「賢者様、一つよろしいでしょうか?」






そうして、国に戻った私は勇者様に賢者様のお話をお聞かせした。

勇者様は賢者様から贈られた袋を膝に乗せ、じっと聞き入っていた。

その瞳には、賢者様と同じく懐かしさと寂しさが入り混じっていた。

全てを話した後、私は勇者様に質問した。

賢者様にしたのと同じ質問を。


「なぜ貴方は、姿や名前を忘れていてもなお、賢者様を気にかけるのですか?」

ーーなぜ貴方は、姿や名前を忘れていてもなお、勇者様を気にかけるのですか?


勇者様は笑って答えた。

賢者様は微笑んで答えた。


「それでも、彼女を愛しているからだ」

ーーそれでも、あの人を愛しているからよ。



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