対抗サロメ
16の少女は舞う。真っ赤なヴェールは彼女の周りで豊かに風を孕む。義父が自分を娘ではなく1人の女として見ていることはとうの昔に知っていた。まだきめ細やかな肌を、幼くもすらりとした体つきを、唇を義父ヘロデの視線がなぞる。彼女の踊りはその視線すら纏わせながら妖艶さを増す。時にヘロデにすら近づきながら。
「素晴らしい踊りだったぞ、サロメ。褒美はなんでもやろう」
「それでは、ヨカナーンの首を!」
華麗な王宮に無垢とすら思える声色が響く。怖気づく義父と高らかに笑う母。周りの従者が騒めく喧噪の中、サロメは一縷の迷いもなくそこに立っていた。
ほどなくして従者がヨカナーンの首を運んできた。銀の盆に乗せられた愛する人の顔は、今までで見たどんな表情より美しかった。サロメはヨカナーンの頬に手を添える。それはまだうっすらと温かく柔らかでサロメは満足げに微笑んだ。
「あぁ、ヨカナーン。よくも私にキスをさせなかったわね」
いくら抱いてほしいと言っても、キスを欲しがっても貴方はこちらを見てはくれなかった。汚い血だからかしら。いえ、今はそんなことはどうでもいいの。やっと、やっと手に入ったのだから。
「ねぇ、ヨカナーン。私は今から貴方にキスをするわ」
銀の盆から首を持ち上げるとサロメの白い指に、血が伝った。サロメはそれを小さな舌で舐めとるとヨカナーンに口づけをした。口紅と血が混ざってむせ返るような香りの中、サロメは何度も堪らなく幸せそうに唇を重ねる。王宮はとても静かで、窓から覗く夜空は星々で満たされていた。
「ねぇ、知ってる? ヨカナーン」
少女は恋人に話しかけるように優しい声で言う。
「愛の秘密は死の秘密より大きいのよ」
悪戯っぽく笑う彼女の瞳は、愛する人に向けられたものに他ならなかった。