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列をなす無数の船の頭上を一隻の船が悠々と進んで行った。
「着いたようだ」詩波太
「開けます」優斗
船留口はやけに人気がない。ふたりは隠れながら進む。
「ご丁寧に案内図まであるぞ」詩波太
「罠ですね」優斗
「小細工は無駄かな」詩波太
「そのようです」優斗
「押し切るしかないな」詩波太
「邪魔する者は殺す。乃々や羅衣、囚われた皆を助け出しましょう」優斗
「それまで止まらない。行くぞ!」詩波太
ふたりは両開きの扉を開けて中に入った。
眩い光がふたりを包む。
「ウォーーー!!」観衆
「来たっーーー!!!皆さん、本日のメインイベントの開始です!!」アナウンス
「どういうことだ?」詩波太
「敵中に誘い込まれたようです」優斗
ふたりは大観衆に囲まれてフィールドに立っていた。
「ここに現れたふたりは、第6ポッドの生き残り!新しく政会会長となった詩波太!もうひとりは将来有望な青年、優斗!彼は先日行われた闘技会の無差別級でベスト8になった実力者です。しーかーしっ!詩波太は5大会前の優勝者です。さーてー、いったいどんな殺し合いを見せてくれるのでしょーか!?トイレには行きましたかー?」アナウンス
「ふざけている」優斗
「全員敵だ」詩波太
「ゼットでまとめて」優斗
「いきなり役に立つとはな。中弾かな」詩波太
「さーー!ゴングだぁああ!」アナウンス
大きな銅鑼が叩かれた。
ふたりは右腕に装着したゼットを前方に向けて構えた。
「お兄ちゃん!!」羅衣
「羅、、衣?乃々も」優斗
「あなたぁ!」季理
「季理?」詩波太
ふたりは腕を下げた。客席の3ヵ所に檻がある。中には第6ポッドの皆がいる。
「気がついたようですねー。そうです!今回は特別に、勝者には賞品があります!!詩波太が勝てば妻と娘、さらにお腹の中には第二子がいます。優斗が勝てば、婚約者と妹。負ければ、もちろん。皆さんの好きにしていいですよ!!」アナウンス
「ウォーー!!早くやれーー」観衆
「もうひとつ檻がありますが、こちらの檻には仕掛けがあります。ガラス張り、ということは?そうです、水を入れます。ふたりの決着がつくまでね。長引けば中の人はもちろん、死ぬでしょう。その苦しむ姿もお楽しみに!それではーー、入水開始!!」アナウンス
天源たちが入れられた檻に水が溜まっていく。
「仕方がない」詩波太
「はい」優斗
「急がなきゃならない」詩波太
「はい」優斗
「僕を信じられるか?」詩波太
「はい」優斗
「では、行くぞ!」詩波太
「はい!」優斗
ふたりは隠し持っていた斧を出して、激しい衝突を繰り返した。
観衆が沸き、空間が揺らめく。
詩波太も優斗も全く譲らない。
刃がぶつかる度に鋭い音波が生じる。
水は檻の半分まで溜まった。ふたりは睨み合ったまま、激しく動き回る。
「詩波太、優斗。全力をぶつけるんだ」天源
天源の声は誰にも届かない。その目に宿る光も、誰も知らない。
「いーぞ、いぃーーぞー!!こんなに素晴らしい殺し合いは初めてだああ!」アナウンス
ふたりの切り合いはなお激しさを増していく。
突然、距離をとったふたりは立ち止まった。
「どうした?おい!休まずにやれよ!?」アナウンス
ふたりは沈黙のうちに睨み合っている。
お互い、向き合ったまま右腕を前方に構えた。
「おぉー?新技かな?お楽しみはまだまだ続くぞおおーー!」アナウンス
両者から小弾が発射され、優斗の手前で衝突した。
更に一発、先程より中央よりで。
更に一発、更に中央よりで。
更に一発、中央でぶつかると、何発も同じ場所で小弾がぶつかった。
発射の間隔が狭くなり、テンポが速くなる。
詩波太は首をゆっくりと客席に向けていく。
それに合わせ、弾道を客席に移していく。
「ハッ!!!」詩波太
ふたりは中弾に切り替えた。弾の衝突点は、上部客席。
「うまくいったか?」詩波太
「詩波太さん!」優斗
「わかってる!」詩波太
大きな爆発に巻き込まれて混乱している客席に、ふたりは駆け込んだ。
その手には斧が、刃こぼれなく光っている。
「お兄ちゃん!!」羅衣
「離れろ!」優斗
檻は一振りで切り壊され、羅衣と乃々は優斗に抱きついた。
「怖かった」乃々
「無事か?無事か?よく頑張ったな。ありがとう」優斗
詩波太のほうも同様に抱き合っていた。
天源たちも、爆風でガラスが割れて、脱出していた。
「詩波太、優斗!!」天源
ふたりは一目交わして走り出した。まだ終わっていない。
客席を駆けあがり、特別席まで跳び上がっていく。
高みの見物をしていた豪勢な身なりの者たちが慌てふためく。
その中でひとり、動じない壮健な男がいた。
「お前が出不刀か!?」詩波太
「ここまで来るとはさすがだな。いかにも、私が出不刀だ」出不刀
「死ね」優斗
無駄の無い鋭い太刀筋だったが、優斗の刃は出不刀の眼前で止まった。
「どうしてですか?」優斗
「ひっかかる」詩波太
「さぁ、殺したまえ」出不刀
「なぜだ?なぜこんなことをした?」詩波太
「娯楽だよ」出不刀
優斗の拳が出不刀の右腕をへし折った。
「ぐぅぅ。効かんぞ。へっへっ」出不刀
出不刀は全くの無防備だ。
「ちょっとー、なーにしてるんですかぁ?」円土
円土が入ってきた。刀をかざして、優斗に飛びかかる。
「このおっさんは、俺の獲物なんですよぉ。傷つけたら許しませんよぉ。もう手遅れですかぁ。じゃぁ、あなたで遊びますぅ」円土
「邪魔だ」優斗
「ハァ!??」円土
背を見せた円土を詩波太が切り捨てた。
「そうだ。こやつのように私も切り捨てよ」出不刀
「お前は逃げなかった。目的があってここに残ったんだろ?」詩波太
「話しても意味は無い」出不刀
「苦痛を味わいたくなければ吐け!」詩波太
「苦痛?そんなもの全然怖くない」出不刀
「お前はただでは殺さない」優斗
「仕方がないことだ。好きにしろ」出不刀
「目的はなんだ?」詩波太
「娯楽だよ」出不刀
「ばればれの嘘をつくなよ。俺たちが現れたときから、お前は一度も笑っていない」詩波太
「さすがは天源の後を継ぐ者だな。そこまで優秀だとは、さすがに思っていなかったよ」出不刀
「質問に答えろ」詩波太
「答えたら、殺してくれるかい?」出不刀
「もちろん」詩波太
「わかった。目的は、、、終わらせたかったんだ」出不刀
「意味が分からん」優斗
「君たちも見ただろう?あの愚かな者どもを?人が殺し合う姿を楽しむ。他人を物同然に扱い、要らなくなったらゴミと一緒に捨てる。怠惰を貪り、快楽に支配された人間を。我々の祖先が地球を離れたのは、こんなことをするためにではない!我が子を想う気持ちが、技術革新を生み、太陽とともに滅びることを拒んだ。そして新たな宿場を目指した。進むべき明日を見失い、どこでもない所で我々は何をしているんだ?いい加減にしろ!目を覚ませ!叫んでも、叫んでも、相手にされない。ほとんどの人間が忘れているのだからな。だが、希望はあったんだ。僅かだが希望が。私は若い頃に雑用係として大会議に連れて行かれたことがあった。そこで見たんだ。天源の父親が大衆の前で演説しているのを。私の思いそのものだった。そのころからだ。この計画をずっと温めてきたのだ。それがもうすぐで完結する。私の死と、第2ポッドの壊滅とでな。もう十分だろう。殺せ」出不刀
「まだだ。その後のことも想像しているんじゃないのか?」優斗
「私は一人じゃない。今、第3ポッドでは私の意志を継ぐ洋狗という男が動いている。彼も一人じゃない。君たちがいる。私のすべきことはここまでだ」出不刀
再び扉が開いた。血まみれの男が入ってきた。
「やっと、ハァハァ、見つけた!」家奈
脇目も振らず、家奈は立ち上がった出不刀にゼットを向けた。
「あぃ、あぃ、ゲフッ」家奈
腹に一撃、出不刀の左拳がはいった。倒れた家奈は、吐血して動かなくなった。
「くそっ」優斗
優斗の斧をまたしても詩波太が止めた。
「正気ですか?」優斗
「あぁ、正気だ。冷静さを失うな」詩波太
出不刀は静かに席に戻った。
「その男はよくやってくれた。気が狂わなければ殺さなかった」出不刀
「どういうことだ?」優斗
「その男に娘はいない。研究が上手くいかなくなって現実逃避した。それだけだ」出不刀
「お前はまだ殺さない」詩波太
「詩波太さん!」優斗
「優斗、これは命令だ」詩波太
数時間後、第2ポッドは崩壊した。
以上が神話の最終章である。
神話、それは後の世の者が治世のために作るものである。
しかし、もしそれが事実ならば、神話の続きを作らなければならない。
今が神話に、己の人生が神話に、、、
それを意図せず懸命に生きる者が斧と出会ったとき、新たな神話が生まれる。
詩波太と優斗のように。




