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ナギのミコ

作者: 金原 紅

なぎ、帰るぞ」

「ん……せき


 気が付いたらもうホームルームも終わり、放課後だった。水沢みずさわ なぎは突っ伏していた机からのそりと起き上がり、正面に立つ幼馴染を見上げる。

 涼やかな切れ長の瞳を呆れの色に染め、軽く腕を組んで凪を見下ろす泉宮いずみや せきは、確か今日は3年の先輩に呼び出されていたはずだ。だから今日は生真面目な幼馴染にせっつかれることなく、のんびり出来ると思っていたのだが。


 顔にかかる長い黒髪を背中に払いながら、小さく首を傾げる。


「今日は、確か、花……園? 先輩に呼び出されたんじゃないの?」

「花野先輩な。それはもう終わった。お前、寝すぎだろ」

「……また振ったんだ。汐は贅沢者だねぇ」


 にしゃり、と揶揄からかう気満々で笑えば、汐は嫌そうに顔をしかめる。

 この幼馴染の少年は、長身でサラサラな黒髪とすっとした目鼻が爽やかなのに、右目の下にある泣き黒子が色っぽいと大人気で、同級生だけでなく先輩、後輩からも告白が絶えない。高校2年になった今年だけでも、既に両手の数以上の回数は告白されているはずだが、全て断っているらしい。


「んふふ、やっぱり初恋の君が忘れられない? 一途だねぇ」

「うっさい、この残念美人が! いいから帰るぞ。早くしないと暗くなる」

「はぁい。おじさんたちを心配させたら悪いからね」


 椅子から立ち上がり、寝るには邪魔だからと脱いでいたブレザーを羽織る。既に教室に差し込む光はオレンジ色になっており、あっという間に日は暮れてしまうだろう。

 複雑な家庭事情で泉宮家に住んでいる凪は、同じ家路の汐と共に学校を出る。




 この片田舎の小さな町の東側には大きな河が流れており、自然も多い。泉宮家はその河の近くにあり、町の中心部から離れているため日が暮れると周囲はかなり暗くなってしまうのだ。

 少し急ぎ足で家へと向かっていた二人だが、ある公園の側に差し掛かった途端、ピタリと足を止めた。


「……汐」

「分かってる」


 眠たげな垂れ目を鋭くし、公園の奥へと視線を向けた凪に、汐は短く頷いた。そしてパン、と音高らかに両手を合わせ、左手から何かを引き出すように右手を振るう。

 すると、汐の右手には一振りの日本刀が現れていた。


 冴え冴えと輝くやいばを持ったその刀は、汐のみが使える唯一無二の宝刀だ。その刀を横目に、凪は満足気に笑む。

 そして二人は静かに公園へと入っていく。


 人気ひとけのない夕方の公園は、奥に進むにつれてどんよりと空気がよどんでいる。普通の人がこの場に立ち入れば、きっと気分を悪くするだろう。

 しかし二人は一切歩みを緩めることもなく、淀みの中心へ進む。


『ぅぐるぅぅぅぁぁぁぁ……! グぅ、グわせ……るぅぉおぉぉぉ!!』

「……醜悪だな」

「祟りもの、かな。発生したばかりみたい」


 淀みの中心には、ドロリとしたヘドロで出来た人型のようなものがうごめいていた。ひび割れた不快な声を上げるソレは、不気味で、おぞましい。

 しかし顔を顰めてそのヘドロを見るせきとは対照的に、なぎは小さく首を傾げつつも楽し気に呟く。そして汐の横からそのヘドロに半歩近付いた時だった。


 目など見当たらないはずなのに、ヘドロから強い視線を感じた。

 そして――。


『ぐ、う! 人間ニンゲン、うま、ウマい、人間ニンゲン!!』

「凪っ!!」


 ぐわり、と急激に伸びあがったヘドロが凪へと殺到する。慌てて汐が刀を振るうが、間に合わない。

 あっという間に凪がヘドロに飲み込まれる。

 そう思われた瞬間。


 ぶわり、と清涼な空気が弾け、青白い光が溢れた。


「愚かなこと」

「……凪様」


 バシュっ、とヘドロは弾かれ、その場には変わらず凪が悠然と立っている。しかしその姿は一変していた。

 腰辺りまでだった黒髪は足首程まで伸び、色も美しい白色になっている。そして冷ややかにヘドロを見下ろす瞳は神々しい金色で、瞳孔は縦に割れていた。

 不思議に渦巻く清涼な風に長い白髪を揺らすその姿は凄艶で、明らかに人間のものではない。


 凪は、この町を流れる河を司る龍神なのだ。

 そして汐は凪から力を与えられた、凪の神子みこであった。


 つい、と汐の刀に凪は白い美しい指先を辿らせ、艶やかに微笑む。


「さっさと滅ぼしてしまいなさいな、私の神子みこ

「仰せのままに」


 凪が触れた刃は青白く輝き、より一層鋭い光を放っていた。汐はその刀を握り直し、一つ息を吐く。

 そして凪に弾かれてから地面をのたうつばかりだったヘドロに向けて、鋭く横薙ぎに払う。


『ぅぐぉぉおおぁぁああああ!!!!』


 刀からほとばしる青白い光に焼かれ、断末魔の悲鳴を上げながらヘドロは蒸発していく。そして光が収まった時には、その場にはもう何もなくなっていた。


「うふふ、ご苦労様」

「凪様……。お手数をお掛けしました」


 刀を左手に収めながら目を伏せる汐に、凪は艶然と微笑む。するり、と頬を撫で、視線を自身へと向けさせる。


「汐。それなら、対価を貰おうかしら?」

「っ、対価……」

「ええ。人ならざる者の力を借りたのなら、それに相応しい対価は必要。私の汐が払うべき対価は、ただ一つ」


 そう囁いて、凪はふわりと汐を引き寄せる。そして有無を言わせず、唇を奪う。

 汐は、凪にとってたった一人の神子だ。唯一無二の宝であり、出来ることならば、伴侶としてしまいたい。しかし、人の子にそこまで望むのは酷なことであることは、龍神である凪にも分かっていた。

 だからそんな望みを口にすることはせず、理不尽に汐を奪うのだ。


 一瞬身を固くした汐も、抵抗は一切しない。

 汐は、凪に仕える神子だ。抵抗など出来るわけもないだろう。


 凪は唇の端で自嘲の笑みを浮かべつつも、本能の赴くままに深く、濃厚に汐を味わい尽くす。

 そして存分に堪能し、満足して解放してやると、汐はふらりと足元をふらつかせた。顔を真っ赤に染め上げ、口元を片手で覆った彼は、初めてではないというのに、いつまでも初々しい。


 ペロリ、と赤い唇を舐めた凪は、あえて汐に抱き着いた。そして汐の顔を見上げながら、にんまりと笑む。


「本当に、私の神子は可愛らしく、愛おしい」

「っ……」


 より一層目元を赤く染めた汐を見つめ、凪は人間の姿へと戻す。そして背伸びをすると、ちゅっと触れるだけのキスを贈って体を離す。


「っ、凪!」

「んふふ、汐は、初心うぶね」

「違っ、いや。そう、だけど……」


 いつもは涼し気な顔を真っ赤にし、汐は頭を抱えてしゃがみ込む。

 隠された表情はどんなだろうか。嫌悪に顰められてなければいいのだが。


 凪も汐の側にしゃがみ込み、顔を覗き込もうとした。

 しかしそれよりも早く汐が顔を上げ、凪の手首を掴む。そして真っ直ぐに凪を見つめる。


「……凪、分かってなさそうだから言うけど、俺は凪のことが、好きだから」

「え……」


 急な告白に凪は目を見開いた。

 汐は、真剣な表情で凪見つめ、そっと頬に手を伸ばす。


「俺は、凪が好き。だから、そんな不安そうな顔すんな」

「っ……、うそ」

「嘘じゃない。龍神だから抵抗しないんじゃない。凪、お前だから」


 汐は、ぐいと凪を引き寄せ、抱き締める。強く、強く抱き締めるその腕の力は、凪を逃がさないと言っているようだ。

 近くで聞こえる汐の心臓の音は、とても速かった。


「俺は、凪の伴侶になりたい。俺以外を、望まないで欲しい」

「汐……」

「俺を、望んでくれないか……?」


 視線を合わせた汐の瞳には、切実な光が宿っていた。その瞳に、魅入られる。

 そっと手を伸ばし、汐の頬に触れる。そして一つ、触れるだけのキスをした。


「本当に、良いの? 龍は、執着心がとても強いの。一度、手に入れたら、もう絶対に手放さないよ?」

「望むところだ」


 間近で見つめ合い、微笑む。そしてどちらともなく、もう一度唇を重ね合わせた。




ちなみに、汐の初恋は、龍神姿の凪。

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